11 精霊と精霊付き
高熱から回復し、西への移動の初日に、アイリは家族に、「何故か」精霊付きになってしまった事、聖徒教会には知られたく無いので黙っていて欲しい事、意図せず魔力を使ってしまった時には、誤魔化して欲しい事などを頼んだ。真実をほぼ確信している様な母は勿論、父も何も言わずに了解してくれた。意外な事に姉も何も言わなかった。それどころか、「納得。」と頷く始末だった。余程、これまでのアイリとは違っていたのだろうか。
アイリにとって、2代目アイリは巻き戻った直後に聖徒教会に拉致された為、家族には会えていなかった。初代が15歳で死に別れてから、ほぼ10年振りの再会で、更に生きてきた長さで言うなら、28歳になるのだから、今更5歳児がどう振る舞うのが普通なのか、覚えていようはずがなかった。
そうしてその旅の中で、アイリは母テラと、聖徒教会に見つからない様にするには何をすべきか、何に気をつけるべきかを話し合った。
2回目の人生で、聖徒教会のあり方に疑問を抱いていたアイリは、母と話し合う内に、聖女教育で教わった事と母の話が、根本からかなり食い違っている事に気がついた。
「精霊はねぇ、前にも言ったと思うけど、その人が好きだから、近くにいるによぉ。それを「付いている」と呼んでるのねぇ。でぇ、大好きな人には力を貸したいじゃない?だから、精霊が付いている人はその人が持ってる魔力を魔法に変えて使う事が出来るのよぉ。でもねぇ、精霊が付いているのは魔力があるものに限らないのよぉ。」
「!?そうなの?だって聖堂では、!」
そう言いかけてハッとアイリは口をつぐんで、恐る恐る母を見上げた。
わかっているわよ、と言うように母テラは微笑んでそれには触れず、精霊に関する話を続けた。
「魔力の無い人でも精霊が気にいる事は多いのよぉ。だって、アイリだってその人が何かを持っているから、好きになる訳じゃあ無いでしょおぅ。」
大きく頷くアイリの表情に満足して、母は問うた。
「じゃあ、精霊契約ってどうやって成立すると思う?」
「精霊は好きなものに付く。じゃあ、嫌いなものに無理に付かせること?」
知らないうちに、自分はそんな不誠実な方法で魔力を使う為に精霊を手に入れたのだろうか。間違いであって欲しいと、恐々、そう尋ねた時、母の顔はほんの一瞬、苦しそうに歪んだ。
「違うわぁ、精霊に何かを強制する事はとても危険な事なの。・・・大好きな人とする契約、と言うと、アイリは一番に何が思い浮かぶ?」
「大好きな人との契約?結婚?」
「そうね、精霊契約とは人間の結婚の様なもの。この人間とどんな大変な時も一緒に過ごす、見捨てたりせずに、力を貸す、って事を、精霊が人間に誓うことを言うのよ。それは、あくまで精霊から申し出るものであって、人間が無理矢理結ばせることはできないのよ。精霊契約をしてもらう、って事は、とても愛されてるって事。自信を持って良いのよ。」
「今日はここまでねぇ。あんまり、いっぱいだと、又、熱を出すわぁ。」
時々、父や姉も加わって、魔力や精霊の話は旅の間、毎日続いた。アイリ達はキャラバンで小さいながらも家族だけの馬車を持っていたけれど、それでも家族だけでこれだけ長い時間を過ごした事は、前の人生を含めても無かった。父は知り合った時に母が精霊付きである事を知らされていたが、姉のユーリはこの旅の中でそれを知らされた。が、この時も姉は「納得」の一言で頷いた。姉曰く、以前から自分には母の精霊が見えており、似た様なものが自分の周囲にもいるのを知っていた。それが精霊と呼ばれるものであるらしく、母にも自分にも精霊が「付いて」いるのなら、魔力があるのだろうと思っていた、らしい。
「でも、別に、精霊付きだからって、何も変わらないでしょ。」と言うのが、このやや天然系美少女の言であった。
興味を引いた事に、アイリにはぼんやり綿毛の様に見える精霊が、ユーリには、属性によって形が違って見える事だった。そして、母の精霊は大きく、ミルナスの精霊は小さく見える。つまり、精霊の強さが大きさで判断できるらしいのだ。これは母も思ってもみなかった事らしく、しばらく色々とあれはどう見える、これはどう見える、と二人で言いあっていた。ただ、ユーリにはアイリに付いている精霊は見えていないので、精霊の個性(?)なのかもしれない。
もっと詳しく聞きたい話もあったが、よく見えないアイリにはまだ早い、と断られる事もあり、モヤモヤした気分になる時もあったが、そんな時は上手く身体を動かす様に誘導されるので、いつの間にか不満は消えてしまっていた。
それは魔力の実践であったり、武器の使い方であったり、秘密にしたままであったなら、決して叶わない楽しい時間だった。
「キャラバンのみんなと合流してからも訓練は出来るのよぉ。一番は狩りねぇ。弓も投げナイフも短剣も狩りで使うし、川ならモリを使う魚取りは槍術の練習になるわぁ。精霊も森や川、自然の中には多いから、魔力操作に慣れるにはうってつけよぉ。」
2代目アイリがクィンから槍を習った経験から多少使える今のアイリは、弓から教わる事にした。非力な子供でもバネの力を応用したボウガンならそこそこの威力が出せると思ったからだ。
「打ち出す瞬間に風の精霊の力を借りると、速さが増して、より強力よぉ。」
何気に恐ろしい事を言いながら、お手本にと、打ってくれた母の鏃は的に見立てた木の板を貫通し、立てかけていた岩を粉砕した。
ウフフ、と笑う母テラに子供達の顔は引き攣ったのだが、「流石は母さんだ。」ととても満足気に頷いていた父には、遠い目をするしか無かった。ちなみに精霊付きではなかった父だったが、母と結婚してから、風の精霊付きになっている。実家のナザレクト伯爵家に内緒なのは勿論である。
シャナーン王国からヴィエイラ共和国に行くには、最短距離の砂漠越えルートと多少時間はかかるが北の砂岩地帯を通る北回り、南の大森林を抜ける南周りがある。乳幼児のいるアイリ達は、北回りルートを来たため、砂漠越えより一週間程時間がかかった。ようやく、明日にはヴィエイラ入りすると言う前夜、母はアイリ達にお守りを作ると言い、自分の髪を一房切った。
「私と契約してくれてる火の精霊はねぇ、私の髪をとても気に入ってくれているのぉ。だから、あなた達にもこの子の仲間が助けてくれる様にお願いするわぁ。」
そう言って紅蓮の炎を思わせる髪の毛を編み、ユーリにはアンクレットを、ミルナスにはヘアバンドを、そしてアイリには一本の組紐を作った。
組紐の中央には袋が編み込まれており、アイリがそれを疑問に思っていると、
「そこに、あなたの持っている魔石を入れるのよぉ。あの魔石は地の魔力を帯びているから、私の火の魔力と反発してアイリの自身の魔力を見えにくくしてくれるはずよぉ。」
「!お母さんはどこまで、知ってるの?」
「アイリが知って欲しい事だけよぉ。」
驚くアイリに母は微笑み、「でもね、」と続けた。
「それは、あくまで見えにくくするだけだからぁ、力のある精霊付きには、ばれてしまうと思うわぁ。自分の魔力を隠す訓練を欠かしちゃ駄目よぉ。それにその魔石はとても貴重なの。これ一つで私達家族が一年は遊んで暮らせるわぁ。」
3度目の人生に目覚めた時、何故か手に握っていた見覚えの無い赤い石。不思議な暖かみを感じるそれを、母は魔石と言う。聖徒教会で慣れ親しんだ魔石とは、全く印象が異なる。母の祈りの籠った組紐に結ばれたそれを、アイリはその夜から、肌身離さず持つようにしたのだった。