104 惑乱
太極殿跡がダマルカント第二公子の親衛隊に占拠され、その手前に広がる惨状を目にしてから、三日。ルーは相手を過剰に刺激しないよう、視界に入るギリギリの所に魔導車を停め、負傷者の手当てをし、連れ帰ることのできた死者を埋葬した。生き残った者たちの話から、彼らが副教主に率いられた聖徒教会信者とその護衛に雇われた傭兵である事がわかった。目的は、言わずと知れた“新しい魔力の源“を手に入れる事。聖徒教会の本部の移転先として名乗りを上げたダマルカント公国とは、この聖なる使命の為に共にこの異教徒の地に足を踏み入れたはずだった。共闘関係にあった彼らに何が起こって、この様な事態になってしまったのかは、当事者達にも不明だった。不意を突かれて訳もわからぬ内に、切り付けられ、追われていたらしい。生き残った信者の祈りの声が、小雨に混じって死者の眠る大地に染み込んでいく。
ルーが拠点に残してきたはずのブラフの姿も見えない。
「あんた、」
助けた人々の中、蹲っていた一人の傭兵がアイリに声をかけた。
「あんた、ダブリスの傭兵ギルドで暴れた女だろう。」
片目を包帯で多い、右腕を吊った男は、水の精霊オンディットを連れ、怪我人の手当てをしているアイリを気味悪そうに見た。
「あん時、火と風の精霊を出したよな。俺は、あの場にいたんだ。あんたの精霊の炎と竜巻をしっかり見た。なんで水の精霊まで付いてるんだ?バケモノか?」
「え?」
アイリは一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「なあ、俺たちはどうしてこんな目にあってるんだ?あんたが、あん時、ギルドで暴れなきゃ、俺たちは今も普通に依頼をこなしていたんじゃあないのか?」
傭兵は何かに憑かれたように、ぶつぶつと話し続ける。
「あんたが暴れたせいで、ギルドは無くなった。俺たちも陰で悪い事をしていたんじゃ無いかって噂されて。ギルド長は、禊をしてやり直すから、と言ってたけど、最後の仕事から帰ってきてから、魂が抜けたみたいになって。今回の、聖徒教会の護衛の話はやっとありつけたまともな仕事だって、皆、喜んでたのに。なのに、なんで、一緒に旅してきた連中に殺されなきゃならないんだ。なんで、あいつは殺されたんだ?」
そう言うと、傭兵はフラフラと立ち上がり、虚な眼を彷徨わせ、行ってしまった。
アイリと一緒に怪我人の世話をしていた聖徒教会の信徒が、放心してしまったアイリから距離をとる。
「三属性の精霊付き?そんな、普通はありえない・・・。」
「姉さん!ちょっと熱が酷い人がいて、って、姉さん?どうしたの?」
替えの包帯を持ってかけ寄ってきたミルナスと入れ違うように信徒は走り去った。
「わ、た、し、の、せ、い?」
「アイリ姉さん!」
目の前に倒れていた何十という人間のうめき声。冷えた骸。彼らの命を奪ったのは、自分?自分のした事が、目の前に広がっていた虐殺に繋がっている?
ぐっと吐き気が込み上げてくる。体が震える。アイリはその場に膝をついた。
《アイリ!どうしたんだ?》
ミルナスの叫び声にルーが、シルキスがカイが集まってくる。
【どうもこうもないわよ!助けてもらったって言うのに、馬鹿な人間がこの子を責めたの。】
未だ顕現する事が叶わない風の精霊ウィンディラが魔石の中から抗議の声を上げたが、聞き取れる人間はいない。水の精霊オンディットもアイリから魔力を分けてもらってやっと顕現してまで治療をして回っていたのだ。アイリの集中が途切れたと同時に魔石の中に戻っている。
「私が暴走したから、ダブリスの傭兵ギルドが私のせいで閉鎖したから、あの人達は、仕事がなくなってこんな所に来なくちゃいけなかったんだって。」
《は?何を言っている?傭兵の依頼にアイリは全く関わりないだろう!》
「でも、でも。あの時、第三公子に紋章を渡さなければ、第二公子は失脚しなかった?滅びた王国に行きたいなんて言わなければ、霊山も鳥居も発見されることは無かった?」
五重塔ダンジョン攻略からずっと、アイリは魔力を使いっぱなしだった。まともに眠ったのは、攻略直後の一日のみ。その後は、自然回復以外の魔力の補給もないまま、精霊達に魔力を渡し、怪我人の治療や死者の埋葬を行なってきた。彼女にしか出来無い事も多く、疲労は蓄積していく。
あたりに漂う血の匂い、聖徒神殿の信者の衣は、二度目の死の現場、大神殿に累々と横たわる同僚の聖女達を思い出させた。
「クィンちゃん?どこ?私、また、失敗しちゃったのかな?」
取り乱し、小さく呟きながら、頭を抱えてうずくまるアイリに、ルーも弟達もどうしたら良いのか、オロオロするばかりだ。
そんな彼女の腕を引き、カイは強引にアイリを自分に向き合わせた。そのまま乱暴に顎を掴み視線を合わせる。
「リン、僕の目を見て。君が何に怯えているのかはわからない。だけど、僕の目を見て。僕の声を聞いて。」
「・・・誰?・・・魔人?・・・?・・・カイ、さん?」
「そう、僕はカイだ。第三公子との交渉の場には僕もいた。傭兵ギルドでは僕も殺されかけた証言をした。滅びた国へ行くと最初に言ったのは僕だ。なら、あの虐殺は僕のせいだ。」
「そんな、違う!」
「僕の、せいだ。」
もう一度、念を押すようにカイはこれまでの彼とは全く異なる強い口調でアイリに告げる。
「僕のせいじゃない、と言うのなら、リンのせいでもない。」
「でも、」
「でもじゃない。いい?わかった?・・・返事は?」
「・・・はい。」「良い子だ。」
カイはそのままアイリの頭を抱き込むように自分の胸に押し当てた。
「全ての事に因果がある。たった一人に全ての責任がある、なんて事は無いんだよ。」
囁く声は誰にも届かない。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、アイリにこれ以上の無理はさせられないとルーは思う。拠点に残してきた仲間の安否が掴めるまで、と考えていたが、これ以上留まっても、アルコー第二公子の神経を逆撫でするだけだろう。魔石に魔力を充填できないのは痛いが、アイリの精神状態には変えられない。
「なぁ、ミル。ねーちゃんとカイ兄いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
「僕が知る訳ないでしょ。ルーさん?」
《アタシだってお前達とずっと一緒にダンジョンにいただろ。》
「ダンジョン、ダンジョンかぁ。そう言えば、あの時のねーちゃんとカイさんって、なんか近かったよなー。」
《からかったつもりだったんだが、藪蛇だったのか?》
「あー、前から距離感おかしかったぞ、あの二人。」
「「《え!?》」」
「お前らみんなニブニブ。」
通りがかったラモンが、あいつらまたやってるのか?と言う表情で通り過ぎていった。