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103 急展開

かつての池の畔で、攻略組の帰りを胃を痛くしながら待っていたシュミ達に、挨拶もそこそこにアイリは泥の様に眠った。空腹に目を覚ました時、日は西に傾きかけており、半日以上眠っていた事に、愕然とする。身支度を整えていると、彼女が起きた気配に気がついたのか、ルーが顔を覗かせた。

《体調は大丈夫か?アイリ。》

いつもと変わらぬ様子の彼女は、数時間眠っただけで、武器、防具の手入れを既に済ませたそうだ。


自分もこんなに長く眠っているつもりは無かったのだが、思っていたより、魔力の消費が多かったようだ。四精霊も皆、まだ、魔石の中で眠りについている。

『そう言えば、カイさん、この魔石のことがすごく気になっていたみたいだけど・・・。』

落ち着いたら聞いてみよう、そう思ってルーについていくと、机の上に昨日五重塔ダンジョンで回収した魔石が並べられていた。


ダンジョン主の部屋から得た不思議な形の魔石は乳白色の表面に虹色の光沢を持つ、ルーの掌ほどの大きさだった。

「球形じゃない魔石って初めて見たかも。それに、この魔石・・・、全属性?」

「ええーっと、詳しくは調べて見なければ断言できませんが、多分?」

シモンが手袋越しに魔石を調べている。欠けて歪になった訳ではなく、こういう形に成形されているらしい。

「こう言う形の玉石を‘勾玉‘と呼びます。かつてのロフェンケト皇帝の装身具にのみ用いられていた形です。まあこの大きさなので、実際に装身具に使われた訳ではないでしょう。ちょうどこの丸く色の変わっている部分をくり抜いて紐を通すんです。」

そう解説をするシモンにルーも頷いた。

《霊山とロフェンケト皇国を結びつける証拠になるな。》


一方、巨大オーガ像から得られた魔石は共に土属性だった。こちらは普通に拳大の球形をしており、かなりの魔力を含んでいると期待された。

《流石、長年、未踏破だったダンジョンだな。大聖女の試練の候補に上がるわけだ。》


その言葉に苦々しいものを感じ、魔石に見惚れていたアイリは顔を上げた。ここにはシモンとルー、アイリの他には誰もいない。外で魔導車の周囲を警護しているブラフにも微かな緊張の気配が感じられる。その状況に、アイリの表情が強張った。

《何かあったの?ルー。》

《具体的にはまだ何も。ただ、悪い知らせだ。》

ルーの表情にやるせなさに近いものが隠されている。

《先ほど、シャナーンの部下から魔鳩で連絡があった。我々が魔石不足を解決する驚くべきものを手に入れた、と聖徒教会に知られたらしい。》


シャナーン王国王太子アルブレヒトの側近の一人、カール。主に裏方の仕事を取り仕切っている昔から王太子の信頼篤い青年だ。その彼が、ルーがアルブレヒトとダイアナに送った滅びた王国の霊山と魔力を保持している鳥居の事を聖徒教会に売り渡したらしい。対価はシャナーン王国からの聖徒教会本部の退去。アルブレヒト王太子即位後、シャナーンから教会の影響を排除する為の策だ。


《実際問題、南の大森林を抜けて、霊山まで到達し、鳥居を独占するだけの武力は今の聖徒教会には無い、と見越しての交渉だったんだろうが、自国のことしか考えていない下策だ。》

苦々しく語るルーにアイリも鼓動が速くなるのを感じた。


「そうとも言えないぜ。鳥居の魔力が公になれば、聖徒教会だけで独占する力が無い以上、各国の争奪戦になる。その間、世界中の目は霊山に向く。シャナーンには源石を使う先行技術があり、国の方針としても魔石は必要ない。世界が鳥居をめぐって争い、魔石確保に現をぬかしている内に、シャナーン王国は源石技術を進める。争っている各国の国力は低下し、おまけに鳥居の魔力は自然放出されている訳だから、放っておいてもその価値は年々下がっていく。アルブレヒトが国王の地位を固める頃には、他国は疲弊し、鳥居もすっからかん、て訳だ。」

ラモンが感心した様に語る未来予想に、アイリはゾッとした。

「でも、それじゃあ、ここは、」

《血みどろの戦場になる。》

「!?」


「冷静に感情を排して考えたなら、上手い手だと思うぜ。何しろ、自分達は手を汚さない。そこに美味い飯がある、と指差しただけだ。」

「そんな・・・。」

「まあ、自分達がそれ程、優位にいると思ってるのが、青いって言うか、誤算だがな。」

けっと吐き捨てるようにラモンが言い、理解が追いつかないアイリの頭をポンポンと撫でた。

《だから、下策、と言うんだ。アイリ、一緒にイーウィニーに帰ろう。ヨシュアにもシャナーンからの退去を勧めた。残っても良いが、もう、ラファイアット商会に商品が卸りることは無い、と伝えてある。源石の技術提供も終わりだ。ブラフはコルドー大陸から手をひく。》

『アル様・・・、どうして・・・?』


自分達の優位を疑わなかったシャナーン王国。失ったものは盟友。その損失の大きさに気付くのはそう遠い未来では無い。


シャナーン王国の裏切りを知ったその夜、アイリ達は霊山に向けて出立した。ダンジョン攻略で失った魔力を補充次第、最短距離で西へ向かう予定だ。こちらと合流しようとしているインディー達には、急ぎヴィエイラ共和国に戻り船の手配をするよう命じたいが、ダンジョンで魔石を使い果たし、手持ちの源石も乏しい。遠話の魔導具は魔力消費量が大きく、霊山で補給後に連絡を取ることにし、取るものも取り敢えず、彼女達はダンジョンを後にした。


しかし、数日ぶりに戻った霊山でアイリ達が見たものは、血まみれで倒れる聖徒教会の信徒と、霊山に立てられたダマルカント公国第二公子の紋章付きの旗だった。


ダマルカント公国第二公子アルコー。個人的には面識はない。が、彼の親衛隊とアイリには因縁があった。

ヴィエイラ共和国傭兵ギルドの最後の依頼である、南の大森林までのカイの護衛。それに同行する形で元ギルド長ミケーラとアイリ達姉弟がダマルカント公国を横断していた時、ラファイアット商会の最新魔導車を強奪しようと絡んできたのが、第二公子の親衛隊だ。確実に第二公子の意を汲んで行動していた彼らを、酒の飲み比べ、と言う意外な方法で撃退したのち、アイリは戦利品の親衛隊の紋章を第三公子サンスーに売り渡した。その後、ラファイアット商会との交易の道も次兄の手で閉ざされていた事を知った第三公子は、第二公子の失脚に動き、見事、アルコーは後継者争いから脱落していた。


その事実をアイリはルーから聞かされていた。二回目の人生で、シャナーン王国の革命

を後押しし、自分の死に間接的に関わっていたかもしれない第二公子の失脚は、今世で彼が行ったオピムで死を恐れない兵士を作る実験と合わせて、アイリに安寧をもたらした。少なくとも、権力の座から下された以上、その影響力は低下せざる得ないだろう、と。


しかし、彼は諦めてはいなかった。政治で失った立場を取り戻すには軍事だけでは不足と感じたアルコーは宗教を味方につけるべく、シャナーンで勢力を失いつつあった聖徒教会に接触を図った。

奇しくも、その時、聖徒教会はアルブレヒト王太子の腹心から、無限に近い魔力がある土地の情報をちらつかされ、その対価にシャナーン王国からの撤去を迫られていた。自分達に、食いついた餌を取るための武力が不足していることを今回の聖戦で身に染みていた聖徒教会は、自分が公主の座につけば、聖徒教会の本部をダマルカント公都においてやろう、武力も貸してやろう、と言うアルコー第二公子と手を組むことを選んだ。


そうして、二者は、ダマルカント公国側から滅びた王国に入り、情報に従い東進する。魔力をふんだんに蓄えた不思議な構造物に気がついたのは聖徒教会の神官達だ。シェラ砂漠のオベリスク周辺と類似した、魔力酔いの症状が現れたのだ。情報通り、近くの広場には何名もが野営していた跡があり、そこにダマルカントでは決して手に入らないラファイアット商会の魔導車が止まっていた。そこを使っていた連中は姿を消していたが、第二公子は、嬉々として魔導車を没収し、その場を占拠した。


第二公子と聖徒教会の共闘はうまくいっているように見えた。ただし、それは上辺に過ぎない。潤沢な魔力を前にどうしたら相手を出し抜けるか、お互いに様子を伺っていたのだから。


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