102 決着
次で倒す、と言ったルーの希望は叶えられなかった。
オーガの体力がどのぐらい残っているのかわからない中、二体のオーガの体力を均等に削って行くのは、ほとんど不可能に近かった。倒れる度に強くなって復活するので、もう一撃で倒れるか、という辺りまで削ったつもりが、実はまだまだであったり。そんな戦闘の中、アイリの戦いを見ていたカイは、唖然としていた。
アイリは四精霊を駆使して戦っている。本来、精霊は契約者の魔力を糧に魔法を行使する。しかし、アイリの精霊たちは、自らの力を使っていた。アイリはアイリで独自に魔法を放っている。
「どうなっている?」
思わず声に出ていた様で、それを耳にしたミルナスが苦笑いを浮かべた。
「ねーちゃんの戦い、カイ兄見るの初めてだろ。」
せっせと鳥居の欠片に火の魔力を込めていたシルキスが眉間に皺を寄せて説明してくれる。
「ねーちゃんとねーちゃんの精霊達のカンケーって、普通じゃないから。火のテスと風のウィンとはもう契約してるみたいだけど、土のクレイと水のディディは仮契約みたいなものらしいよ。で、どうも四体ともねーちゃんの魔力じゃなく、自前の魔力を使うみたい。勿論、ねーちゃんの魔力も使うことはあるらしいけど、基本は独立。」
「そんな事、可能なのかい?」
「俺にやれ、って言われたら無理。でも、ねーちゃんには出来るし、やってる。」
「あれ、無意識なんですよ。」
次々、援護射撃を繰り出しながら、ミルナスも続ける。
「姉さん、戦い方を母さんに習ってて。大雑把って言うか・・・。精霊達にこうして欲しいってお願いすれば良い、って感じで・・・。」
魔力は持っているだけでは普通は使うことができない。使うためには精霊が付く事が必要だ。何故なら、付いた精霊が、人の魔力を魔法に変換するから。しかし、アイリは自身の魔力が少ない為に、精霊が変換しようとしてもそれだけでは魔法の構成材料としての魔力が足りなかったのだ。よって、魔法を発動しようとすると、精霊自身も魔力を出さないといけない。そんなこんなで精霊達の方が、はなから自分の魔力だけで魔法を使う様になってしまった。それは、十分に魔力が増えた現状でも変わらず、結果、精霊は精霊の、アイリはアイリの魔力を魔法に変えて戦っている。
「あれで、戦うのは好きじゃないって言うんだぜ。まあ、それはホントなんだろうけど
。」
やれやれとラモン。「基本、味方の強化とか、敵の弱体化とかで直接攻撃はあんまりしねぇしな。よし、ミル、こっちも使ってみてくれ。」
そう言って、ラモンが差し出したのは、卵大の小さな布包。訝しがるミルナスにニヤリと笑ったラモンは、「そいつを射る場所は顔面な。」と射掛ける場所まで指定した。
ミルナスの射た矢は、的確にオーガの顔面に向かって飛んだが、正面から向かってくるそれを、オーガは無造作に腕で払った。しかし、その瞬間、物凄い爆発が起こり、矢を受けた上腕が吹き飛んだ。
あまりの威力に近接戦をしていたブラフの一人も爆風に巻き込まれ、ごろごろと転がる。
《ラモン!何かするなら、先に警告しろ!》
ルーの罵声に、手を振って謝意を表すが、ラモンの顔も少し引き気味だ。
「こりゃ、予想以上だ。」
「何これ、ラモンさん。さっき、俺が火の魔力込めた粉だよね。」
「おう。まず、ミル、もう片方にも同じの食らわせとけ。」
ミルナスの射撃は正確だ。今度は五体満足なオーガに狙いをつける。アイリがクレイに願って、足を地面に固定し身動きを封じた為、顔面を狙った矢は防ぐために交差された両腕に命中した。しっかり防御された為に、腕を吹き飛ばすには至らなかったが、しかし、両腕の動きはかなり鈍った。
《よし、今のうちに、こっちを削る。アイリ、もう少し足止め出来るか。腕なしの方は牽制程度で良い。今度こそ・・・、決める!》
《了解!》
「ミル、トドメ用にもう一発、準備しておくぞ。」「はい。」
ラモンが先ほどからミルナスに渡していた小袋の中身は、鳥居の欠片を粉末にした物に源石の粉末を混ぜたものだ。着弾の衝撃で源石が着火・爆発し、火の魔力の籠った欠片が威力そのままに四散する。予想以上に高火力に仕上がったが、これがあれば、仮に回復が始まったとしても上手くいけば、削り切ることが出来そうだ。
そうして、決着が着いた。
二体の巨大オーガが共に動かなくなり、光となって消え去った後、二つの大きな魔石がその場に残り、そして、二体が守っていた扉が、音を立てて左右に分かれた。扉の先には、小さな祭壇が一つ。その上に不思議な形の魔石が飾られていた。
恐ろしい程の緊張感を持ったまま、誰もが息を顰め、様子を伺う。永遠に時が止まってしまった様な時間の後、
《ふふ、は、ふはっ。やった。倒したぞ。》
ルーの口から抑えきれない笑い声が漏れた。そうして、仰向けに地面に倒れ込みながら、高々と拳を突き上げ、《五重塔ダンジョン攻略完了!》と勝利宣言を叫んだ。
《おー!》
それは、次々、攻略者たちの間に伝わって行き、皆、ぞれぞれの場所で拳を突き上げ、隣の者と勝利を喜びあい、やがて、爆発するような歓喜の叫びとなった。
「俺、もう、魔力残ってねー。」
へなへなと座り込むシルキスにミルナスも凭れかかって息を吐いた。
武器に残る魔力はわずか、ラモンの元に持ち込まれた充填待ちの魔石も山のようだ。
ラモンはルーの元に駆け寄り、突き上げた拳を握り締めると、そのまま妻を抱き起こした。
「ヴィシュ、大丈夫か?すげーよ、お前。おら、水だ。飲めるか?」
《やったぞ、ラモン。全員の勝利だ。勿論、お前も。あの凄い兵器は何だ?》
【皆、ありがとう。ゆっくり休んで。】
アイリは精霊達に感謝を伝えると、彼らは魔石に帰っていった。
「リン?」
ここ数日で聞き慣れてしまった声に、閉じていた目を開けると、いつもの柔らかい笑顔はそこになく、何とも言えない困ったような表情を浮かべた吟遊詩人がそこにいた。
「あ、カイさん。お疲れ様。怪我してませんか?」
「いや、僕は、何もしていないから。それより、今、君の精霊達は、君の中に消えた、の?」
あれ、カイさんは知らなかったっけ?と思いつつ、アイリは胸元から魔石を入れた袋を取り出す。それは、この三回目の生が始まって間も無く、母テラが自らの髪を使って作ってくれた魔石を入れるための袋。そして、そこから取り出された血の色をした魔石。
カイは息を呑んでそれらを見つめた。
『何故?それが、ここにある?』
カイの戸惑いを他所に、勝利に沸き立つ興奮そのままに、ルーはラモンの手を借りて立ち上がると、祭壇の前に進んだ。一度そこで、振り返り、全員の顔をゆっくりを見る。
大きく頷いて、改めて祭壇に向かい、両手でその上の不思議な形の魔石を持ち上げた。
「勾玉型ですね。」
置かれていた祭壇を調べていたシモンが、そう呟いた後、ひっ、と言う短い警告音を上げた。
「逃げるぞ、ヴィシュ!」
瞬時にラモンにとって変わると、彼は、ルーの腕を掴んで走り出した。
《どうした、ラモン?》
答えは、地面の下から伝わってきた低音が持ってきた。
魔石が置かれていた所から、勢いよく水が噴き上がり、それは瞬く間に地下空間を満たし始めた。
連戦で疲れ果てた体であっても、このままここで水の底に沈むのを良しとする者は誰もおらず、それぞれが、得物を抱え、必死に階段に向かって走った。
不穏な空気を纏っていたカイもアイリを抱え上げると、ルー達の後を追った。
噴き上げる水の勢いは止まることなく、見る間に水位が上がって行く。もつれる足を叱咤し、何とか全員が抜けた‘舞台‘の底から生還を果たした後、水はそれ以上上がって来ることは無かった。
今度こそ油断はしまい、最大限に警戒したまま、ルーはダンジョンの出入り口の扉を開いた。その先の光景は一変していた。
《祭壇の魔石を取った事で池の水が地下に流れ込んだ、のか?》
そこに池はなく、ぬかるんだ大地が広がっていた。その向こう、東の空から、太陽が登って来ようとしていた。今日は、この土地には珍しく、朝から晴天になりそうだった。
五重塔ダンジョンはこの日をもって、閉じられた。