101 巨大オーガ像
《全員、散開!カイ、下がれ!》
「何だよこれ。こいつら倒さないと扉開かないの?」
「シル、ぼーっとしない!来るよ!」
アイリはウィンディラの風魔法で呆然と立ちすくむシルキスを攻撃範囲外にまで避難させた。同時にカイもラモンの元に連れて行く。
「ねーちゃん、俺戦える!」
「なら、しゃんとしなさい。周りをよく見て!みんなの邪魔にならない様に動く!」
そう叫ぶと、アイリも下がった。非戦闘員であるラモンとカイを無防備にしてはおけない。下がると同時に土の精霊アスクレイトスに頼み、防御壁を立てた。
「二人とも、ごめん。皆の援護をしないといけないから、ここに居て。」
護衛無しに二人だけで上階に帰すことは出来ない。魔物が出ないとは絶対に言い切れないのだ。
二人を背に庇う様に立ち、アイリはボウガンを構えた。
【テセウス、ウィンディラ、二人は独自に戦って。アスクレイトスは皆に幻影をかけた後、ここの防御を中心に。オンディットは全員の治癒と回復をお願い。】
【承知】【行くわよー】【【・・・】】
火と風の精霊はそれぞれ同属性のアイリの弟達が戦っているオーガに向かっていき、土の精霊が、その黄金色の尾を大地に打ち付けると地面から金色の光が舞って、戦士達の体を包んだ。水の精霊は空中に泳ぎ出した。
アイリは破魔の鉄の鏃の矢を構え、オーガの胸めがけて放った。
二体の巨大オーガに対し、11名が分散して戦っている。彼らに向かってラモンは叫んだ。
「お前ら!魔石は山の様にある。無くなったらこの俺様自らすぐ付け替えてやるから、魔力出し惜しみするなよ!」
《おー!》
ブラフ海賊は武器に魔力を乗せて戦う。その為、各自、得意な武器に魔石を嵌め込んでいるのだが、ルーとラモンが出会った後、その魔石の大きさを統一した。それまでは、一度武器に組み込んだ魔石の魔力を使い切ってしまうと、再充填するまでは普通の武器と同じになる為、威力が大幅に落ちていた。しかし、今や、魔力切れの魔石を交換するだけで、威力を落とすことなく戦いが続けられるようになった。しかも、どの武器にも同じ大きさの魔石が使えるので、交換時の煩わしさも無い。
今回、鳥居の検証で手持ちの魔石には全て魔力は充填済みだ。すぐに補充も可能な事から、ラモンは惜しげもなく魔石を消費することにした。そして、もう一つ。
「おう、愛し子ちゃん、これ使えるか?」
そう言ってラモンは荷物から見覚えのある白い棒状のものを取り出した。
「霊山で回収した鳥居の欠片だ。こいつを作った時の削りカスもある。」
なんでそんな物まで持ち歩いているのか、その疑問は飲み込んで、アイリはとりあえず、鳥居の欠片に火の魔力を込めボウガンにセットし、放った。
アイリの放った矢は、風の精霊の魔力を乗せて、速度を増し、業火を纏いながら、巨大オーガに突き刺さった。立て続けに二の矢、三の矢を放つ。
破魔の鏃で防御力の低下していたオーガは、多数の攻撃を受け、遂に大きく体勢を崩した。その機を逃さず、畳み掛ける。膝を付き、首が狙える高さに下がった瞬間、シルキスの炎を纏った拳がオーガの顔面に綺麗に入った。
「よっしゃー!」
地響きを立てて、一体が倒れた。
《おおーっ。》
あちこちから歓声が上がったのも束の間、もう一体のオーガから、霧状の何かが倒れたオーガに流れ込み、傷がみるみる塞がっていった。
「回復したー!ずりぃ!」
自分もアイリの水の精霊から回復を受けているにも関わらず、そう叫んだシルキスの言葉に、つい、同意してしまう。
《クソッ、回復する奴から倒すぞ!》
そう叫んだのは誰だったか。武器を握り直した攻略者達は、再び、巨大オーガに向かって行った。そしてしばらくの攻防の後、
《これで、どうだっ!》
振り下ろされた腕を掻い潜って、一閃した斧が、オーガの脇腹に深く食い込んだ時、またしてもそれは起こった。
もう一体のオーガから先ほどと同じ様に霧状に流れ出たものが、倒れたオーガに触れた途端、それは息を吹き返した。
《・・・これは、二体同時に倒さないといけない、のか?》
ルーの呟きに、全員がオーガから距離を置いた。疑惑を心に見守る中、ノロノロと立ち上がったオーガが、復活の雄叫びを上げた。空気を震わせるそれは、その場にいた者達を威圧し、一瞬、体が硬直する。
【ディディ!癒しの雨!】
すぐさまアイリが命じ、細かな霧雨がその場に満ちる。硬直は解けたが、未熟なミルナス、シルキスの二人は、立っていることが出来ず崩れ落ちた。近くにいたブラフが二人を抱えて、アイリの元に連れて来る。
「ミル!シル!大丈夫?」
アイリの手が、顔色を失っている弟達の頬に置かれる。じわじわとそこから、暖かさが全身に広がっていく感覚に、二人の口から、止まっていた息が漏れた。
「何あれ、なんか強くなってない?」
ブラフが囲む二体のオーガを睨んで、シルキスが悔しさを噛み締めるように呟いた。
「最初の破魔の矢の効果が切れたんだと思う。一度、死にかけて、基本能力が上昇してるみたい。」
「それって、倒す度に強くなって生き返る、って事?」
「ダンジョンの魔物がいなくならない訳。攻撃に使った魔力も取り込んで、ダンジョン主は強くなる、ってこう言う事なのかも。」
アイリの答えにギョッとしてミルナス、シルキスはもとより、ラモンやカイ、その場の近くのブラフは息を飲んだ。
《検証している余裕はないな。お前達!》
ルーが皆を鼓舞する。
《チンタラやってる余裕はないらしい。二体同時に倒さないと、こいつらは、何度でもお互いを回復してやってくる。次で決めるぞ!アイリ、前線に出てくれ。ミルナス、シルキスはそのまま後衛で援護。》
「そんな、僕達まだ、戦えます!」「そうだ、やれるよ。」
「ミルナス、シルキス。」
ルーの命令に異を唱えた二人をアイリが静かに、しかし、キッパリと制した。
「頭領の命令に従えないなら、ブラフには必要ない。」
「「!?」」
それは、平時はどんなに仲良く過ごしていても、超えてはいけない一線。戦場において、頭領の命令は絶対。それが守れぬ者はブラフ海賊には不要。ミルナスもシルキスもほとんど生まれた時から、身に染みていた筈の鉄則だ。
ルーはラモンに頷くと、再びオーガに向かっていった。アイリは一つ大きく息をつき、
武器をボウガンから槍に持ち替えて、弟たちに向き直った。
「後衛には後衛の戦いがある。ルーはあなた達を戦いから外した訳じゃない。その意味を考えて。・・・じゃあ、行ってくる。」
きつく唇を噛み締めたまま、自分を見つめ返す二人にちょっと微笑みかけて、アイリも小走りで戦いの場に飛び込んだ。
「敵の威圧で動けなくなった前衛を庇いながら戦うことは出来ない。ましてやお前達みたいな子供を放置するような戦士はブラフにはいねぇ。今の、お前達は後衛にいるだけで皆の役に立ってるよ。おら、シル。これに火の魔力を込めろ。そしたら、ミル、お前はそれで射ろ。さっきまで、愛し子ちゃんがボウガンで援護射撃をしてただろ。お前ら二人で同じことをするんだよ。」
ラモンが元気付けるように、二人に仕事を振った。