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27:記憶の欠片

「うっ……!」


(あけ)さん、大丈夫ですか……!?」


 紫黒(しこく)さんの猛攻撃によって、それを防ぐことで精一杯になった私たち。

 大きな怪我には至っていないように見えたけれど、耳飾りを壊された朱さんは、どうしてだか頭を押さえながらその場に(うずくま)った。


 よく見れば、仮面にもヒビが入っていたらしい。崩れ落ちた仮面の下から、朱色の瞳が覗いている。


 錫杖(しゃくじょう)を杖代わりにして、立ち上がった朱さんの顔は真っ青だ。明らかに様子がおかしい。

 だというのに、駆け寄ろうとした私のことを、朱さんは片手を持ち上げて制する。


「……紫黒、あなたは思い違いをしている」


「思い違いだと? ふざけるな、白花(しらはな)が門を開けたことは紛れもない事実だろう!?」


「そうではない、オレの話を……!!」


 何かを伝えようとしている朱さんに対して、激昂した紫黒さんは聞く耳を持とうとしない。再び嵐のような風が巻き起こり、彼が攻撃に転じようとしているのがわかる。


 他と比べてまだ余力のある紫土(しど)くんが先行して、隙を突こうとする。けれど、鎖鎌では風圧に負けてしまい、紫黒さんのもとまで届かない。


 それは淡紅(あわべに)藍白(あいしろ)の炎でも同じようで、むしろその炎を巻き込んだ風が、新たな脅威となって私たちに襲い掛かる。

 燃え移る炎が周囲の木々を燃やしていく。このままでは、森が焼き尽くされてしまう。


「チッ、破壊することしか考えられなくなったか」


白緑(びゃくろく)……!」


 広がっていく炎の外周を、白い炎が取り囲んでいく。それは燃え広がる炎を阻んでいるのに、他の草木に燃え移る様子はない。

 藍白から守ってくれた炎と同じ。白緑の炎は、守りの炎でもあるのだ。


「あやかしの情は、厄介なものだ。何より大切に扱われるが、それゆえに負に転じた情はより強力になる」


「恋人への強い愛情が、大きな憎しみに変わってしまってるってこと?」


「ああ。もはや紫黒は、己の感情をコントロールできなくなっているんだ。友人や、弟までもを平気で傷つけてしまえるほどに」


 生まれた情を大切にする。それはとても尊いものだと思っていた。けれど、その情が一人のあやかしをこんな風に暴走させてしまうなんて。

 そんな中、紫黒さんの前に朱さんが進み出るのが目に入る。


「朱、なにをしている……!?」


「忘れているというのは、罪深いことだ。ですが……恩人の顔に泥を塗ろうとしている友人は、止めなければいけない」


 真っ向からの戦闘には不向きな朱さんは、こんな状況では後方にいるべきだというのに。


「自殺志願か? 貴様では俺を止めることなどできはしない」


「残念ながら、あなたに殺されるつもりはありません。真実を”()せて”やるだけですよ」


「なにを……ッ!?」


 朱さんの錫杖が地面を強く叩いた。そこから広がる朱色の波紋が、この場にいる全員を飲み込んでいく。

 一瞬視界が反転したかと思うと、次に瞬きをした私の前に現れたのは、見知らぬ光景だった。


「え、これ……どうなってるの……?」


「これは、オレの記憶です。オレが目にして、体験した記憶」


「朱さんの……記憶……?」


 私の目の前には、真っ白な炎を纏う一人の女性が立っていた。

 長い白銀の髪に気の強そうな目元。知らないひとなのに、五本ある尻尾はよく見覚えがある。


(白緑の、お母さん……?)


 彼女よりも高く、周囲が少し薄暗い視点。これは、朱さんの視界なのだろう。

 その足元には、二人の子どもが駆け回っている。それが白緑と藍白だと、すぐに察しがついた。


 流れ込んでくる記憶は、私の意思とは無関係に進んでいく。まるで、自分自身の記憶を見ているかのように。


 当時の朱さんは、王であった白花さんの付き人として仕えていた。

 いずれ彼女が寿命を迎えれば、必然的に子どもたちが次の王となる。妖都(ようと)では、そうして悲しみの連鎖が繰り返されてきたのだ。


「白花様は、その連鎖を断ち切ろうと試行錯誤を繰り返していました。次代へ引き継がれる前に、二つの世界を分断する方法を見つけようと」


「二つの世界を分断する方法……? そんな話、俺は聞いていない」


「わたしも、父様も母様もそんなことを言っていた記憶はないわ」


「当然です。知らぬまま分断することができればそれでいいと、白花様のお考えでしたから」


 実子である白緑も藍白も、知らされていない話だったらしい。困惑する二人の声が、すぐ傍で聞こえてくる。


「人間の想像から生み出されたこの世界が、完全に一つの世界として存在できる。そんなことを、オレたちは考えすらしませんでした」


「当然だ、人間がいなければ妖都は成り立たない。それを分断するなど……」


「できるんですよ。その方法を、白花様は見つけだしていた。それを実行するつもりだったんです」


「そんな、馬鹿な話が……」


 映像は切り替わり、白花さんと一人の男性があの大樹のある湖に立っている。黒髪のこの人は、白緑たちのお父さんなのだろう。


 白花さんが大樹に向かって両手をかざすと、しっかりと巻き付けられていたはずの注連縄(しめなわ)が、液体のように溶け落ちていく。

 太い幹の中心が割れて空間ができたかと思うと、その向こうに人間の世界が広がっていた。――これが、彼らの言う”門”なのだ。


「ですが、決行の日。思わぬトラブルが起こったんです」


「トラブル……?」


 開かれた門から外へ出た白花さんたちは、あの神社へと降り立つ。けれど、その後を追うようにしてもう一人、別の女性が門の中から姿を現したのだ。

 ふわふわとした髪質の、茶色いショートヘアーの女性。不思議そうに周囲を見回している。


「っ、奈々(なな)……!?」


 その姿に、いち早く反応を示したのは紫黒さんだった。恐らく彼女は、紫黒さんが大切に想っていた女性なのだろう。

 その彼女の後ろに、妖魔が迫っているのが見える。奈々さんを襲おうとしているのだ。地に足をつけた彼女は、危険に気がついていない。


『危ない……!!』


『きゃっ!?』


 真っ先に危険を察知したのは、白花さんの夫だ。咄嗟に奈々さんを庇ったものの、妖魔の攻撃を受けた二人は倒れ込んでしまう。


『白花様! こちらはオレが引き受けます、二人を……!』


 すぐに駆け出した朱さんが、妖魔と対峙する。白花さんはひどく動揺している様子だったけれど、二人のもとへ駆け寄った。

 遠目にはどちらも重傷に見えるのだけど、まずは奈々さんの傷を塞ごうとしている。破れた衣服の下から覗く傷が、みるみるうちに消えていく。


 次に男性の方へ手をかざしたところで、白花さんの胸元から派手に血が噴き出した。

 彼女の身体を貫く不気味な腕。妖魔が、もう一匹潜んでいたのだ。


 不意を突かれた白花さんは、妖魔に向き直って緑色の鉄扇に白い炎を纏わせる。

 その強さは圧倒的で、妖魔は反撃することすらできずにその存在を消滅させられていた。


『白花様……!!』


 少し遅れて妖魔を倒した朱さんは、異変に気がついて白花さんのところへと駆け寄る。

 彼女は夫の傷を治そうとしていたけれど、奈々さんにしたように、すぐには傷が塞がらない。そうしているうちに、男性が息を引き取ったのがわかった。


『ッ……白花様、このままではあなたも危険です。今すぐ妖都へ……!』


『……朱、おまえは一人で戻りなさい』


『なにを言っているのですか……!? 今ならまだ……!』


 動揺する朱さんの頬に触れた白花さんの手は、そのまま彼の耳元へと滑る。

 そうして手が離れると、朱さんの耳には先ほどまで存在していなかった耳飾りが揺れていた。


『わたしはもう手遅れです。人間がきっかけで、王が命を落としたなど、あってはならない。……それに、目的を果たす手段も失いました』


『白花、さま……』


 ノイズがかかったみたいに、視界がぶれる。白花さんの力によって、記憶が封じられようとしているのだ。


『ごめんなさい、朱……あの子たちを、頼みます』


 映像はそこで途切れてしまい、次に瞬きをした私は、現実の世界へと引き戻されていた。

 同じ映像を観ていたのであろう、白緑たちや……紫黒さんも呆然としている。


「白花様は、身勝手な理由で門を開いたわけではありません。最期まで王として、役割を全うされたんです」


「そんな……父様、母様……」


「…………」


 白緑たちの両親は、二人とこの世界を捨てたわけではなかった。

 さらに、両親が命懸けで救った女性は、紫黒さんの恋人だったのだ。彼が憎むべきだと思っていた相手は、恩人だった。


 そのことを知った紫黒さんにはもう、戦う理由が無くなってしまったのだろう。

 その場に崩れ落ちるように膝をついて、途方に暮れていた。


Next→「28:世界の仕組み」

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