プロローグ
或部屋の中には、酷く凍えた少女が、凍るように冷たくなった足を縮こまらせ、両腕をきつく抱えるように掴み、目の前で少女を蔑みの目で見下ろす女性を見上げるような格好で座っていた。その部屋は、とても殺風景で、これといった家具すらもなく、まるで牢屋のように少女を閉じ込めていた。女性はため息をついた。
「このまま、死んでしまえばいいのに」
少女はきつく左手で右腕にすがり付いた。右腕に、爪の痕が痛々しく残る。
女性はゆっくりとボロボロの二つのスリッパを回転させ、部屋から出ることのできる唯一のドアへ手を伸ばした。
少女は声を上げないまま、その様子を見つめる。ドアは開き、部屋に吊るされた白い光を発する球体照明が黒い廊下を照らした。
女性は、なにも言わずに、振り向きもせず、乱雑にドアを閉めた。
窓の外から、引っ越しの業者が男性と話している声が聞こえた。男性はどこか苛立たしそうに、業者を急かしていた。
少女は顔を腕に埋める。女性が出ていったときに消された球体の照明が、黒々と少女の身体に影を落とす。少女は泣いていなかった。先程より冷えた暗い部屋の中で、暖を取るために顔を埋めたのだ。少女は考える。私は、生きたいのだろうか。それとも、死にたいのだろうか。
どこにも焦点の合わない少女の瞳が、ぼんやりと女性が出ていったドアの方へ向く。
「……ごめんな、さ…」
その声が、最後まで虚しく響くことはなかった。
部屋に射し込む青い光が陰る。
ゆっくりと、黒く紅い影が少女の元へとうねり渦巻く。
影は問うた。
「逝きたいか」
少女は目を見開く。金色の、よく輝いている両目を溢れんばかりに見開き、その質問の真意を考える。
「……わたしは…」
少女は、カサカサに乾いた唇を強く噛み締める。ふと、その唇が三日月形に歪む。
ゆっくり、ゆっくりと彼女は立ち上がる。
「…あなたと、一緒にいきたいです」
痩せ細った右手を差しだす彼女を、影は包み込んだ。
カーテンから射し込む月光が、影を照らす。
密閉された部屋の中に、一陣の風が吹いた。月明かりは、もうなにも照らしていなかった。