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作者: 藍乃そら

「拝啓  14歳の貴方へ


お元気ですか。なんてありきたりな挨拶で始めるのは、君は好きじゃない。僕は、18歳の貴方。ちょっとだけ、貴方を救おうと思ってこの手紙を書いてる。自分のことは、自分が一番わかってあげたいから。

『ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン』なんて台詞、くそくらえって思ってるでしょう。そんな安い言葉で、自分のことなんか救うことはできない。誰かを元気にしてあげたいという意図が透けてる言葉に救われるほど自分は低俗ではないと、そう思っているはず。僕もそうだった。僕の苦しみなんか誰にも分かってほしくない分かってくれるほど単純じゃないと盲信していた。

僕は苦しかった。中学受験を経て進学校に入学し、勉強もできて順風満帆だと、おそらく世間は僕をそう評価する。僕の内面なんか、誰も知ろうとしないから、そう評価しておけばいいと世界を単純にする。まぁ、分かってもらいたくもないんだけど。

中学生のときは、控えめに言って地獄だった。まず、なんと言っても寮生活。中学生になると同時に、地獄みたいな寮に入った。そもそも僕は他人と暮らすのが耐えられない上に、他人と関わろうともしなかったから、僕は浮いた。孤独だった。部活も続けられない性質だった。僕は陸上部に入った。楽しくないわけじゃない。1人でスポーツをするのはすごく好きだ。だけど、他人と一緒に、他人と同じことをできなかった。精神的に部活に行けなくなって、大会にも出られなかった。でも、それでもいいと思っていた。精神を蝕んでまで活動をする気力は無かった。学校にも寮にも部内にも僕の居場所はなく、放課後は図書室の一番奥の隅で寝てた。なんで自分は普通の中学生みたいなことができないんだろう、どれだけの時間を無駄にしているのだろうかと真剣に考えた。でも、当時の精神状態で、あと一歩で転落してしまうようなユラユラしたところにいて何か新しいことができるはずなかった。ついでに僕は、周りの賢い人達と違って努力すればした分だけ成長するタイプではなかったので、当然成績も良くはなかった。勉強も部活動も課外活動もしてない、ただ生きながらえてるだけの自分に何か意味はあるのか、死んだ方がマシなんじゃないかって、何回も考えた。

それから、僕の深刻な悩みを形成するもうひとつの要因。それは僕が女の人を好きになれなかったこと。僕はいわゆる同性愛者だった。世間の大半の男性のように、女の人をすきになれるんじゃないかって、自分の勘違いなんじゃないかって、何度も思った。それでも女性はどうしても好きにはなれない。クラスメイトが好きなアイドルの話で盛り上がる休み時間や、好きな女子をランキング付けする修学旅行の夜に、僕は透明人間になった。あたかもそこに存在していないふりをした。そうするしか、生き長らえる方法など無かったから。『彼女とかほしい?』『この前彼氏がヤリたいってせがんできて鬱陶しかった〜』『彼女が冷たくて』とか、全部何?って思った。あいつらたぶん、どの人間も異性しか好きにならない、自分がそうだから周りもそうなんだろうと勝手に信じてるんだろうな、そんなことで悩めていいな、そもそもその状況にすら到達できない、スタートラインにすら立てない自分のことなんか気にも留めてないんだろうな、と常日頃から思っていた。男と女が子作りして子供ができるということは、同性愛者は進化の過程で淘汰されるはずなのに、未だに僕みたいな存在が生きているのは生物学的におかしいと、自分が生きている意味を真剣に考えた。でも分からなかった。自分が同性愛者なんだと、周りに相談することすら出来なかった。寮内では、ゲイビデオを保存して見てたのがバレた先輩が寮生全員に酷くからかわれていた。そんなの見たら、同性愛者を肯定する人がいくら声を上げたところで、自分がそうなのだと言うことなんかするわけない。そもそもなんで自分の性的志向を周りに肯定とか否定されないといけないんだ。異性愛者が最上だと思い込んでるんじゃないか。彼らは性的マイノリティを受け入れているようで、実は高みの見物をしてるだけじゃないのかって、何回も思った。それでも、男性的な声や身体、そして男性器に興奮する自分が腹立たしかった。

中学時代をあえて名付けるなら、暗黒時代がふさわしい。まさしく暗黒。希望もなければ夢もなく、輝いた記憶もない。ただ地を這うミミズみたいに生きながらえていた。クソ田舎の進学校で、どこにも行けず逃げ場もなくただ苦しさが襲ってきたから、なんとしてでも東京に行きたかった。東京に行けば何かが変わるんじゃないかって夢を見た。

僕は18歳。東京の大学に進学して、1年が経とうとしている。もうすぐ、大人になる。でも、何歳になっても、貴方の思いを分かってあげたい。貴方があの時感じた苦しみや絶望を、一生忘れたくない。貴方の頭をそっと撫でてあげたい。貴方を抱きしめてあげたい。いくら大人ぶって周りをはねつけても、美味しいものを食べたり、褒められたり抱きしめられたり共感されたり、そんなことで貴方は少しは楽になるんだよって、そう教えてあげたい。貴方は今、誰がなんと言おうと確実に苦しい。死のうとしたことだって何度もあった。貴方が過ごしている日常を、同じように僕も過ごして、そして大人になった。もしかしたら、貴方のためになるかもと思って、現状報告だけさせてほしい。




僕は今、生きてます。


敬具」

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