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氷川兄妹と葉山隆志(2)

 『金髪とボウズの聴取終りました。あいつら、半グレ集団のミッドナイツの一員のようです。商店街を歩いていた矢先に被害者の方が肩をぶつけてきたからイラっとしてボコったとのこと。とりあえず明日の午前中までは檻にぶち込んでおきますよ┐(´д`)┌ヤレヤレ』


 葉山は嶋巡査長のメールに対して返信を打った。


 『肩をぶつけられたと言ってるのは金髪と坊主、どっちの方だ?どっちの肩をぶつけられたと言っている?』


 嶋巡査長からすぐに返信が帰ってきた。


 『坊主の方みたいっすね。ぶつけられたというのは左肩。まったく、最近の若者はどういう了見なのだか ( ノД`)』


 葉山は更に返信を返す。


 『わかった。あといちいち顔文字をつけてメールを送るのをやめろ。ウザい』


 嶋巡査部長

 

 『了解っす(`・ω・´ゞ』


 葉山はここで嶋巡査長に返すメールをやめた。スマートフォンを再び内ポケットにしまったところで、兄妹の方を見る。妹は大変満足した顔をしているが、氷川の顔が湿布だらけになって残念なイケメンになっていた。


 「話を続けていいか?」


 「いいっすよ」 という氷川の返答があったところで綾乃からも申し出があった。綾乃はそこはかとなくそわそわとしている。兄のことが心配なのであろう。


 「あの……私は席を外した方がいいでしょうか?」

 「いや、君もこのままお兄さんの隣にいてもらってもかまわない」


 そう返すと綾乃は少し嬉しそうにして正座に座りなおした。このまま妹を同席させておいた方のが氷川がボロを出すかもしれない。


 「じゃあ、始めるぞ。どうしてお前はあのチンピラどもの暴行を受けたんだ?」

 「それ、現場でも同じことを聞きましたよね?体がぶつかったとかいきなり因縁を着けてきて急に殴りかかって来たんですよ」

 

 その話は概ね、被害者と加害者とで一致している。葉山は質問を続ける。


 「金髪と坊主頭の二人がお前に殴りかかってきたわけだが、どちらが先に因縁をつけてきた?」

 「ん~?あんまよく覚えていないんすけど金髪の方ですかね?」

 「お前は体がぶつかったと言ってるけど、具体的にどこがぶつかった?」

 「右肩っすかね。これもよく覚えてないんすけど」


 加害者と被害者とで証言がずれ始めている。①どちらかが嘘を言っているのか、あるいは②どちらも嘘を言っているのかの二択。だが、答えは高確率で②どちらも嘘を言っている、だ。

 氷川の証言はおそらく、あのチンピラどもが答えそうな証言を予想してそれに合わせた証言をしようとしている。この抜け目のなさそうなこのイケメンが最初から曖昧な答え方をしている次点で怪しいと思っていた。なので、事件の真相は何の前触れもなくあのチンピラどもは氷川を襲撃したという可能性が高い。だったらなぜ?チンピラどもは他の誰かから命令されて氷川を襲撃した?


 「チンピラの方はぶつかったのは坊主頭の方で、左肩がぶつかったと証言しているようだが、なぜお前と証言が食い違う?」

 「ああ、だからあんまよく覚えてないけどって前置きしてるじゃないっすか。大体、そんなことを覚えているくらい注意して歩いてたらあんな怖そうなお兄さんたちと接触することなんてありませんて」


 氷川はひょうひょうと答えているが、綾乃の方はだんだん表情が険しくなってきた。


 「質問を変えよう。なんでお前はあの時間にあんな狭い仲見世商店街にいたんだ?」

 「たまにあそこのタイ料理店のタイカレーが食いたくなるんですよ。あの店美味いんですよ。知ってます?」

 「世界一かわいい妹が晩飯用意して待ってるのにか?」

 「いやいやそれはそれとして、そういうのどうしても食べたくなる衝動に駆られること、たまにあるじゃないですか。ここでこう白状するのもなんですけど、オレはカレーも妹の晩御飯も両方食べるつもりでいましたよ?」

 「その言い訳はちょっと苦しくないか?」


 葉山は猟犬のような目つきで氷川を見た。さりげなく顎を親指でなぞっている氷川を見てもう少し追及してみるかと思った矢先、綾乃がテーブルの上をバンッと叩いた。テーブルの上に置かれていたテレビのリモコンが衝撃でカタカタと揺れる


 「いい加減にしてくださいよ刑事さん!さっきから私の兄に対する質問がまるで犯罪者を追及するような言い方になってるじゃないですか!兄の方が被害者なんでしょう?どうしてそんな兄を疑うような聴き方をするんですか?兄が何かしたんですか?」


 綾乃の突然な癇癪に、葉山も氷川もぽかんと口を開けて固まってしまった。正直、こんな可愛らしい少女が鬼のような表情を作って怒り出すとは想像だにしていなかった。


 「あ、いやこれはあくまで形式的な手続きで……」

 「私のお兄ちゃんはですね!私が子供のころから優しくてですね!両親が他界してからも男手一つで私に何不自由なく育ててくれて、学校も行かせてくれてですね!そんな優しいお兄ちゃんがなんで!……お兄ちゃんは世界一かっこよくてですね!お兄ちゃんは……」


 綾乃のその後はもう言葉にならず、嗚咽に変わってしまった。自分の娘と同じ歳のJKを泣かせてしまったことに葉山は後悔し始めた。


 「ああ、刑事さん、すんません。妹はこう多感な時期でして。後日オレの方から一之瀬警察署の方に伺いますんで、話の続きはまたその時でお願いできませんでしょうかね」


 氷川は大泣きしてしまった妹の背中をさすりながら言った。妹の方に関しては裏表のない、兄思いの優しい女の子だ。刑事の勘がそれは正しいと告げている。だが兄の方は何か底知れない腹に一物を持った食わせ者の匂いがぷんぷんとする。だがこれ以上の追及はもう止しておいた方がいいだろう。


 「とりあえず話はもうこれで終わりだ。署に来る必要もない。オレが悪かった」

 「いえいえこちらの方こそ。みっともないところをお見せして」

 「ではこれでお暇する」


 葉山は席を立ち、氷川の部屋を出る準備をした。その間に氷川は綾乃の肩を優しく抱いて部屋に送り届ける。

玄関先で靴を履こうとしたときに氷川が見送りに来た。




 「今日は本当に悪かった。後で妹さんに謝っておいてくれ」

 「いやいや、仕事だから仕方ないと思いますよ。一之瀬市の治安維持に手を抜くことは出来ないと思いますしね。刑事さんの仕事としては当然のことだと思いますよ」

 「そうだ。一応連絡先を交換しておこう。署の番号じゃなくてオレ個人の番号を教えておく。何かあったら電話してくれ」

 「こんな腕っぷしの強い刑事さんの番号を教えてもらえるなんてめっちゃ心強いですね。うれしいですわ」


 葉山と氷川は互いのスマートフォンを重ねて電話番号の交換をした。その後、葉山は氷川の部屋を出る。エレベーターの方へ向かうとき、玄関のドアから氷川がひょっこり顔を出していたので、葉山は声を掛けた。


 「お前、妹に愛されてるな。正直男としてうらやましいと思ったよ」

 「うちの妹は世界一かわいいっすからねぇ。そういえば聞いてなかったけど、刑事さんとこの娘さんとうちの妹、どっちの方がかわいいですか?」

 「そりゃお前……うちの娘が世界一に決まっているだろう」


 葉山は少し照れくさそうにしてそう答えた。娘の京子が世界一かわいい。噓偽りなく正直そう思っている。だが逆に自分自身は娘から愛されているという自信がない。その点で葉山は氷川に負けていると思った。自分の息子と言っても支障のない年下の男に。


 「じゃあ、何かあったら直接電話させてもらうんでまたよろしくお願いしますね!」

 「またはないだろ。このスマホにコールが掛かってこないことを祈るよ」


 葉山は振りむかないまま手を上げてそう答えた。







 エントランスを出た後、葉山は車に乗り込む前に嶋巡査長に電話を掛けた。


 『被害者と加害者の証言が一致しない。多分どちらも嘘を言っている。おそらくミッドナイツではない別の組織があのチンピラどもを差し向けた可能性もある。だから、こってり絞っておけ』


 葉山は車に乗り込み、エンジンをスタートすると、USBポートにケーブルを繋げて、カーステレオとスマートフォンを接続した。 

Am→F→G→C Am→F→G→C ……YAMAHA DX7で合成されたエレクトリックピアノとシンセパッドのイントロが流れてくる。


 「一人では解けない愛のパズルを抱いて……か」


 中学生の頃からこの曲だけはずっと聴き続けている。娘が出来た今となっても、この曲の世界観が今の自分と京子の現状とマッチしてぐっと引き込まれるのだ。

葉山はアクセルを踏んで夜の一之瀬市に車を走らせた。

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