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氷川徹也の疑惑と葉山隆志

一日一話

 「おい。大丈夫かお前?」 葉山は青年の前で腰を下ろし、青年の肩を少し揺さぶった。反応はある。


 「痛ってぇ……」


 青年に意識はある。派手に流血はしているが、鼻からの出血は大げさに見えるものである。他に大きな外傷は見られないが、頭を強打している可能性があるので大事を取って救急車を呼んだ方がいいだろう。


 「今救急車を呼ぶからじっとしていろ」そう言ってスマートフォンを胸の内ポケットを取り出したが青年はゆらっと手を伸ばして葉山のスパートフォンを持つ手を押さえた。


 「オレが病院送りになったって聞いたら妹が卒倒するんで、やめてもらえませんかね」

 「頭を強打されている可能性がある。このまま放っておくと後で取り返しのつかないことになるぞ?」

 「お願いしますよ刑事さん。あいつには心配を掛けさせたくないんです」


 青年がしつこく食い下がるので、葉山はとりあえずスマートフォンを内ポケットに仕舞った。だが、顔を真っ赤に染めている青年をそのままにしておくわけにもいかないので、葉山はタイ料理店の店主に声を掛ける。店主は暴行事件が発生してからずっとおそるおそる店内から一部始終を見ていた。店主にとってはとんだとばっちりである。


 「すまないが濡れたタオルを持って来てくれないか?後で署の方から店先での乱闘のお詫びも兼ねて弁償させてもらう」


 店主はそれを聞くとカウンターの奥まで戻り、タオルウオーマーからおしぼりを取り出し持ってきてくれた。業務用のおしぼりなら殺菌もされているのでちょうど良いだろう。葉山はそれを店主から受け取ると、袋をやぶってから「ほらよ」と青年におしぼりを差し出した。


 「熱っ……でも気持いいっすわ」


 青年は受け取ったおしぼりでごしごしと顔を拭いた。みるみる内におしぼりは赤く染まっていくが、その代わりに青年の顔が露わになっていく。


 「やれやれ、こんなところにもイケメンがいたか」


 青年は端正な顔をした正統派イケメンだった。どこかのアイドルグループにでも所属していそうな切れ目のシュッとした今風の顔。


 「ありがとうございました」青年は礼を言うとおしぼりを葉山に返した。いや、返されても困るんだがなと思いながらもそれをつまんで店主に返す。店主も嫌そうな顔をしてそれを受け取った。一息ついたところで青年に対し、簡単な尋問を始める。


 「お前、名前と年齢職業は?」

 「氷川徹也、二十三歳 、明鏡の大学院生です」

 「で、その有名な大学に通う優秀でイケメンなお前がどうしてこんな事件に巻き込まれてた?」

 「体がぶつかったとかいきなり因縁を着けられて急に殴りかかって来たんですよ、あいつら。一之瀬市の治安、いったいどうなってるんですか?刑事さん?」


 そう答える氷川が一瞬、顎を親指で掻いたことを葉山は見逃さなかった。人はウソをつく時に顔の一部を触る仕草をする。 これは表情などから嘘がばれてしまうのを恐れるための無意識の反応だ。氷川というこの青年は被害者ではあるが、刑事である葉山には言えない何か後ろめたい何かを隠していると葉山の直感が働いた。


 「そうか。災難だったな。とりあえず病院まで送っていくから立て。というか立てるか?」そう言って葉山は氷川に手を差し出した。


 「全然大丈夫っす。いや、だから病院送りだけはマジでやめてくださいって。明日自分で行きますから」


 と、氷川はまた顎を親指でこすりながら答えている。その後、すっと勢いよく立ち上がって見せたが、「いてて」と言いながら脇腹を押さえている。


 「無理するなよ。とりあえず病院送りは勘弁してやる。その代わり自宅まではオレが送って行く」

 「それも出来れば勘弁してほしいんすけど。オレ全然大丈夫なんで」

 「いや、ダメだ。一応、もう少し詳しく事情聴取しないといけないしな。それが嫌ならあの金髪と坊主頭と同じようにお前にも署まで来てもらう。後で妹さんに警察署まで迎えに来てもらうなんてざま、見せたくないだろう?」


 「うええ……」と言いながら氷川はしぶしぶ了承した。



 葉山は氷川を連れて五分ほど歩き、パーキングに停めてあった車に乗せた。白黒のパトロールカーではなく、セダン型の覆面パトカーである。


 「別にこちらが犯罪をしたわけじゃないのに警察車両に乗せられるのはなんかあまりいい気分になれないっすね」

 「オレは何の感慨もないがな。帰りの電車賃が浮いた程度に思っておけ」


 葉山は軽口を叩きながら車両を走らせた。氷川の自宅はそう遠くないとはいえ、一之瀬街道を通る必要がある。一之瀬街道は夜二十一時を過ぎても交通量が多く、少しの距離でも時間を要する。


 

 氷川の自宅は最近、一之瀬市の計画で都市開発が進められている南一之瀬区域にある。駅前には大型のショッピングモールが建設され、その周りを取り囲むようにして高層マンションが建ち始めている。南一之瀬は花園都市線が通っているため、都内へのアクセスもよく、近年では倍々ゲームで地価が上がり続けている。氷川の自宅はその高層マンションの一角。建設中のマンションの前を通り過ぎた後、葉山は目的地であった氷川のマンションの前で車を停めた。


 「刑事さん、ありがとうございました。じゃあ、オレはこれで」


 氷川がドアに手を掛けてそそくさと車を降りようとしたところで葉山は氷川を制止する。


 「待てこら。お前の部屋まで上がらせてもらう。嫌ならこのまま署に連行してもいいんだぞ?」

 「いや、それだけはホント勘弁してくださいよ」


 氷川は最後まで渋ったが、念のため氷川の部屋を見ておく必要がある。氷川は警察には言えない何かを隠している。


 「ここで話をするのはどうです?接客用のブースもありますし」オートロックの扉を開け、エントランスに入ったところで氷川がそう提案した。氷川が指をさした先にはパーテーションで区切られた接客用のソファーが置かれている。


 「ダメだ。部屋まで連れていけ。お前も警察官に尋問されてるところをご近所様の目には入れたくないだろう」


 氷川はとうとう観念してエレベーターの前まで葉山を連れて歩いた。


 「何階だ?」

 「二十七階っす」


 随分いいところに住んでるな。葉山のマンションは八階建ての六階。三十階はあるこの高層マンションの二十七階といえば葉山のマンションと比べて倍の価格はするだろう。


 葉山と氷川を乗せたエレベーターが二十七階に到着し、ドアが開く。そこには建物の中央に廊下を配したコア型の内廊下がずらっと続いており、足音が響きにくい静粛性のあるカーペットが敷かれていた。氷川の部屋まで歩きながら周りを見回し、まるでホテルだなと思った。

 部屋の前に到着すると氷川は玄関のインターホンを押した。二、三秒するとインターホン越しにガチャッと音がし、かわいらしい声が聞こえて来た。


 『お兄ちゃんお帰り!今日は遅かったね。今開けるからね』


 氷川の妹らしき声が聞こえた後、ロックが外れる音がした。氷川はドアを開けて玄関に上がり、葉山もそれに続く。部屋の間取りは4LDKで奇麗な廊下からはまだ新築の匂いが漂っている。

氷川がリビングのドアを開けたすぐの場所に妹は帰宅した兄を迎えるようにして立っていた。

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