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警部・葉山隆志の追跡

一日一話

 その日の二十時三十分、夜。葉山隆志は一之瀬市の中心地で部下を連れて繁華街の見回りをしていた。葉山隆志は一之瀬市所轄の刑事である。階級は警部。近年では犯罪件数が減ってきたものの、西の新宿と呼ばれるだけあって、まだまだ治安がいい方とは言えない。

二〇九のビルの角を曲がり、人通りが多い一番街の通りに出た。行きかう学生、社会人に店舗前で看板を手にしたアルバイター。まだまだ人は多いが特に異常はない。


 「そういえば葉山さんのところのお嬢さんはいくつになりました?」


 嶋大介巡査長は葉山の部下である。所々、足元がおぼつかない酔っ払いが目に入るが平和そのものなので歩きながら世間話を続ける。


 「高校二年に上がったばかりだ」

 「いいっすね。ぴちぴちのJKじゃないですか。うらやましい」

 「何がJKだ。女は年頃になると父親を汚物を見るような目で見るんだ。その視線に耐えてから言え」

 「いや、それはそれで一度経験してみたいっすね」

 「ブタ箱にぶち込むぞこの変態野郎」


 葉山と嶋は家系ラーメン屋店舗の前を通り過ぎ、その隣のゲームセンターの前で立ち止まった。未成年のゲームセンターの立ち寄りは十八時以降は禁止されているので、店の外から遠巻きに店内をチェックする。


 「特に異常なーし。出発進行」と、嶋巡査長が駅員の物まねをしながら指差し確認のチェックを終えたところで、二人は再び巡回を再開した。


 「ああ、私も結婚したいっす。かわいい子供が欲しい」

 「すればいいだろこのクサレイケメン野郎。署内一モテてるんだから相手は腐るほどいるだろ」

 「といってもですねぇ。難しいっすねぇ。署内でやらかしたらどこの田舎に飛ばされるか分らないし」


 二年ほど前、嶋巡査長は社内恋愛のいざこざで危うく地方に飛ばされるところだったが、葉山は上司に掛け合い、何とか収めて庇った経緯がある。そのことを嶋巡査長自身は知らない。ひょうひょうとしている嶋巡査長を見ていい気なもんだと思った。


 「真面目に付き合うなら誰にも文句言われないだろうが。遠峯警部補とかどうだ?」


 遠峯あずさ警部補は葉山のもう一人の部下だ。女性警官でそこそこの美人ではあるが、真面目が過ぎて融通が効かないところが玉に傷である。今日は葉山と嶋巡査長の巡回には同行せず、署内で事務仕事をしているはずだ。


 「あの子は可愛いけど、ないわー。あの子、キャリア採用だからいつか我々の上司に昇進する逸材ですよ?しかも私からしてみれば既に彼女の方が階級上ですし」

 「養ってもらえばいいじゃないか。能力的に判断して、彼女を残してお前に引いてもらった方のがオレとしては助かる」

 「ひっ、ひどい!それにですねぇ、あの子、絶対葉山さんに気がありますよ。そんな状態でどうしろと。葉山さんの方こそ、今独り身ですし遠峯警部補のこと考えてみてはどうですか?」

 「バカ野郎。十五も年下の部下にホレたハレたもあるか。もっとも遠峯にそんな気があると思えんがな。こんなヨレヨレの服を着た中年のおっさんだぞ。オレは年頃の自分の娘の扱いを考えるだけで精一杯だ」


 遠峯警部補が自分に気があると聞いて一瞬動揺したが、葉山は仮にいい仲になれそうな相手がいたとしても再婚するつもりはない。葉山はこの先も独身を貫き、亡くした妻と同じ墓に入るつもりでいる。


 「父親を汚物を見るような目で見る娘さんねぇ。まぁ、そういう目で娘さんから見られてしまうのは仕方がないような気がしますね」

 「ああ?どういうことだよこのイカメシ野郎」

 「というかそのイカメシってどういう文脈で出てきたんですか?葉山警部殿は男の目から見ても背も高くて筋肉もあって、渋くてかっこいいと思うのですが、ウホッ。なんかその身なりというか雰囲気は少々清潔感に欠けます。それを改善しないことにはJKの娘さんを振り向かせるのは難しいんじゃないかと思われますね」

 「うるせーぞボケ!」


 嶋巡査長の脇腹を小突くと、嶋巡査長はパワハラ、パワハラと言いながらオーバーアクションでよろけた。気に食わないが嶋巡査長が言っていることは少なからず当たっている部分もあるのだろう。娘である京子との間の家庭環境の問題はそんな表層的な変化で片付くようなものではないが、そういう地道なところから改善を試みるのも一つの手のように思えた。


 「なんなら次の休み、一緒に服買いに行ってみますか?葉山さんは元のスタイルが超絶いいですからね。変身すると多分、私など比べ物にならないイケメンダンディーなおじさんになれますよ」

 「うるさい。今さらお前みたいなちゃらちゃらとしたオシャレなんてできるか」


 まぁ、この歳になると今さら生き方というか生活パタンを変えるには大きなエネルギーが必要となる。嶋巡査長と歩きながら冗談を交えた世間話を続け、中古本屋のビル前に差し掛かった時に突如無線が入った。


〈110番通報がありました。一之瀬仲見世商店街にて喧嘩の事案入電中。付近のPMは急行お願いします〉


 「すぐそこじゃねーか。行くぞ嶋!」

 「了解」


 葉山と嶋巡査長が一分とかからず仲見世商店街に辿り着いたところで、入り口には人だかりが出来ていた。喧嘩の騒ぎを聞きつけてやじ馬が集まって来ている。仲見世商店街内部の道は人が四人ほど横に並べば埋まるほど通路が狭く、走ってきたそのままの勢いを維持したまま入り口には突入出来ない。


 「警察だ!どけ!道を開けろ!」


 葉山と嶋巡査長は人だかりをかきわけながら商店街の奥へと走る。三十メートルほど進んだタイ料理の店の前辺りで、二人の男が一人の青年に対し、一方的に暴行を加えている様子がうかがえる。

青年の顔からは大量の鼻血が出ており、顔が半分程度赤色に染まっていた。暴行を加えている方は坊主頭と金髪の二人。いかにもなチンピラ風。無抵抗な青年に対し、キレた様子で殴る蹴るの暴行を加え続けている。


 「何やってるんだお前ら!」


 葉山は暴行を続けている金髪の方に掴みかかり、柔道の背負い投げで相手を無力化した。金髪が声を上げる間もなくそのまま後ろ手にして手錠を掛ける。目にも止まらぬスピードと手際の良さ。ここまで掛かった時間は三秒と掛かっていない。金髪は地に転がりながらも「なんだてめーわ!」だの虚勢を張っているが、後ろ手に手錠が掛かっているためうまく起き上がれない。金髪に「やかましい」と脇腹に蹴りを入れながら嶋巡査長の方を見た。

――坊主頭に逆襲され、てこずっている。


 「お前も何やってるんだよ……」


 葉山はもつれあっている嶋巡査長と坊主頭の横から割り込み、坊主頭の頭を鷲掴みにした。「おとなしくしろ小僧」と言いながら、坊主頭の腕をひねり上げて足を掛けて倒す。そのまま足で坊主頭の背中を踏みながら地面に押さえつけた。


 「嶋、さっさとこいつにも手錠を掛けろよ」

 「助かりました!葉山さん」


 しばらくすると最寄りの駐在所の警察官が駆け付けて来たが、二名のチンピラの制圧は既に完了していた。その旨を無線で伝えるよう葉山は指示を出す。この場では警部である葉山に指揮権がある。


 「お疲れ様です、警部殿」

 「我々が到着する前にもう片付いているなんてさすがですね。面目ない」

 「いや、別にいいんだ」


 一仕事終えた感があるが、まだまだ仕事は残っている。


 「嶋と駐在所の三名は暴行の容疑者二人を署に連行。オレは被害者の対応をする」

 

 「了解」と嶋巡査長と三名の警察官は葉山に敬礼をして答えた。手錠を掛けたチンピラ二名を立たせて連行する。先ほどまでよりもやじ馬が増えており、嶋巡査長が先陣を切ってどけどけと言いながら仲見世商店街の外へと出ていく。それを見届けた後、顔が血だらけになっている被害者の青年の方に目をやった。青年はタイ料理店の壁にもたれ掛かり、ぐったりとしている。

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