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ギャル・葉山京子の日常

一日一話

 私立海鳴高等学校は一之瀬市内にある進学校の一つである。全国規模で見てトップクラスに優秀というわけではないが、市内の二番手、三番手の高校として、有名大学への進学を考えている生徒の滑り止め高校として機能している。

 葉山京子は海鳴高校の校門を通り抜けた。遅刻ぎりぎりの時間。京子はいわゆるギャルと呼称される風貌をしているが、品行方正の校風をうたうこの高校ではやはり浮いた存在であり、当然友達もいない。どうしてこんな高校に入学してしまったのかというと、死別した母親の出身校だったからだ。

京子は決して頭がいい方ではないが、人生で何の目標も持たない中で、せめて母親が過去に目にしていたであろう風景をこの目に収めておきたいと思った。大学に進学するつもりはないが、この海鳴高校に入学するためにはそれなりに勉強をして、ぎりぎり合格することができた。ちなみに父親の隆志もこの海鳴高校出身で母親と同じクラスだった同級生。そんな馴れ初めで父と母は出会ったらしいが、京子にとってそちらの話はどうでもよかった。


 校舎前の銅像の横を過ぎ、下駄箱のある出入り口に差し掛かったところ、自転車の駐輪場の方でなにやら二人の少年がもめている様子が目に入った。

 

 「結城君さぁ、今月も申し訳ないんだけど一万円ほど貸してくんないかな?」

 「いや……でも」


 ゆすってる方が奈倉清史、若干髪の毛が茶色くて眉が細い絶滅危惧種のヤンキー。

 ゆすられている方は結城奏人、黒い淵の眼鏡を掛けた、いかにもな風貌のオタク。

 彼らとは一度も言葉を交わしたことはないが、同じクラスで席も近いので名前くらいは覚えている。


 「お前の母ちゃん、有名なメイクアップアーティストなんだろ?知ってるぜ?うちなんて生活ぎりぎりの共働き家庭でさぁ、親に苦労を掛けたくないこの気持ち、君にわかる?」

 「あ……、いや、うちは母さん一人だし気持は分かるけど……」

 「ああ、ダメダメ。そうやって言い返してくるってことは全然わかってないじゃん、オレの気持ち」


 親を引き合いに出して相手をゆする奈倉にはイラっと来たが、口を挟むことも学校に報告することもしない。未来永劫関わり合いたくない人種だ。

暴力を振るわれたわけではないが結城奏人はとうとう押し負けた。すごすごと財布から紙幣を取り出す。奈倉は結城奏人の財布から差し出された一万円札をわしづかみにすると、うきうきした声で遅刻遅刻とわめきながら京子のとなりを過ぎて走って行った。

 駐輪場にはカモられた結城奏人が呆然と一人残されている。一部始終を見ていたこちらに気が付いたのか、ふと目が合ってしまった。


 「いや、その……、あああの、何というか……」


 金をゆすっていた奈倉よりも、なすがままに金を差し出してヘラヘラと引きつった笑顔を浮かべている結城奏人の方にむしろより強い嫌悪感を感じた。苛立ちを通り越して、心底気持ちが悪い。

京子は自分の父親に向けているものと同じ侮蔑のまなざしを結城奏人に送り、その後すぐに目を逸らす。

世界が滅びて最後の二人きりになろうと決して関わり合いたくない人種。降りかかる不幸に抗えず、無情に過ぎていく毎日に流され自分をあきらめている。シチュエーションは違えど、結城奏人のそれは自分の父親である葉山隆志のそれと本質は同じだと京子は思った。


 ああ、心底気持ち悪い――




 京子は教室に入り、窓際の自分の席についた。始業時間が始まるまであと三分もない。ほとんどの生徒が揃っており、教室の中はにぎやかではあるが、クラスメートの中で仲の良い友達もおらず自分に声を掛けて来る生徒は誰もいない。真面目な生徒が多い中でギャルの風貌をしているのは京子だけだ。クラスでも全校の中でも浮いている京子に声を掛けようとする者はいない。

京子が派手なギャルの風貌をしているのは何かを主張したいからではない。あの結城奏人のように周りに舐められたくないからだ。派手な化粧は鎧。京子は世間から自分を遠ざけるためにギャルを演じている。


 しばらくしてから、おどおどとした様子で結城奏人が教室に入ってきた。結城奏人は申し訳なさそうな顔をしながら他生徒の間を潜り抜けて歩いてくると自分の席についた。京子の右斜め前の席である。今度は目を合わせるつもりはない。

すると今度は柏木春雄がずかずかと結城奏人の前にやってきた。柏木春雄は奈倉ほど見た目に分かりやすい不良ではない。クラス内ヒエラルキーを熟知した上、誰にでも調子よく合わせて世間をうまく渡り歩いている。退屈な高校生活にスリルを求めて奈倉とさえも交流がある。


 「結城君さぁ、次の数IIの授業で出された課題やってきた?オレ、昨日忙しくて手を着けられなくてさあ。申し訳ないんだけどプリント写させてくれない?」

 

 「あ、いや……でも」と、またどもった口調で答える結城奏人。

 またカモられている。結城奏人は救いのない生徒だ。柏木は当然、結城奏人を下に見ていて、逆らって来ないことを知っている。

柏木はクラス内ヒエラルキー最低ランクの相手には相応の横柄な対応で接し、ランク上位には媚びへつらう。一言で言えばクズ。


 「結城君はさ、成績も一、二を争うトップクラスだし、頼りになるじゃん?オレなんてこれ以上点数落としたら今度こそ留年するかもしんねぇ。頼む!人助けだと思って!」

 「えっ……その、なんというか、その……」

 「自分が原因でクラスメートが留年したとなったら多分、この先ずっと引きずるだろうなぁ」


 朝から柏木の強い押しに圧倒され、結城奏人は眼鏡の奥で目が泳いでいる。誰にでも調子のいい柏木は一見、下からお願いしている体裁をとっているが、最終的に結城奏人が自分の言うがままになるとは分かっている。案の定、結城奏人は自分の鞄から課題のプリントを出す羽目になった。


 「サンキュな!結城君、今度なんかおごるぜ!」


 柏木は結城奏人の手からピッと人差し指と中指で挟んでプリントを奪うと、さっと自分の席に戻って行った。


 「ああ、その……後で返して……くれると」


 返す分けがないだろう。柏木はプリントの名前の部分だけを書き換えてそのまま課題を提出するつもりだ。柏木は結城奏人のことを完全になめくさっている。

 京子はこの一部始終を目に入れていなかったが、席が近いだけに音声だけは耳に入ってくる。いくら成績が良かったとしてもこうはなりたくない。品行方正をうたうこの高校にも、全学年で千人の生徒がいれば二、三人くらいの異分子はいるものだ。京子は自分のことを棚に上げながらそう思った。あと一分で始業のチャイムが鳴る。京子は真面目に授業を受けるつもりはないのでそのまま机につっぷして眠ることにした。

家庭でも学校でも何も楽しいことがない。なすがままに流され生きているのは自分も同じだ。

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