二人の少年(2)
一日一話投稿目標
「だけどな、オレとキミでは同じ能力でも到達しているステージが違う」
銀髪の少年は不敵な笑みを浮かべて再び発砲した。発射された弾丸は三発。眼鏡の少年は先ほどまでと同じように身体を斜めにして一発目をかわし、二発目は警棒で叩き落とすが、迫り来る三発目の弾道に対してはどのような計算を頭に走らせても避け切れない。マルチブレインブーストのおかげで弾丸の動きはスローモーションのように見えているが、身体の反応がそれに追いつかない。
「うっ!」と、眼鏡の少年はうめき声を上げ、その場で膝を着いた。三発目の弾丸が右の太腿を撃ち抜いたのだ。しばらくすればこの傷も超自己回復能力で自然治癒するだろうが、痛いものは痛い。
「キミの能力はまだ超感覚止まり。だけどオレは既に次のステージに差し掛かっている。未来視ができるんだよオレ。だから絶対に当てられる弾丸をキミに向けて発射することができる」
眼鏡の少年が戦闘を中断する姿勢を確認した後、銀髪の少年は人差し指をトリガーガードの輪に入れて拳銃をくるくる回しながら甲板の柵に腰を掛けて話を続けた。
余裕の表情を浮かべている。
「超感覚が更に発展すると、超・能力が発現する。物理法則を無視した現象を操るいわゆる超能力とは違うが、サイコキネシスもどきの力も使えるようになるんだ」
そういって銀髪の少年は甲板の上にすくっと立ち上がり、手にしていた銃をズボンの後ろのポケットにしまった。そして甲板の奥に目を向ける。そこには緊急用脱出ボートがワイヤーで吊るされており、その物陰に三人のマフィアの構成員が銀髪の少年に銃口を向けていた。
彼らは事前に眼鏡の少年の警棒で打ち倒されていたため、ふらふらとしているが、興奮した様子で目前の少年二人を睨んでいる。
「おい、そこのおっさんども!オレに向けて撃ってみろよ。今なら丸腰だぜ?オレ」
銀髪の少年は両手を上に上げてマフィアの構成員を挑発した。手のひらをくるくると回し、相手を煽っている。構成員の怒りが頂点に達し、銀髪の少年がハチの巣にされるかと思われたその時、
「はい、バーン!」
銀髪の少年がそう声を上げた瞬間、二人の構成員は銀髪の少年に向けていた銃口を、お互いに向け合い発砲した。
何か特別な力が働いて二人の構成員の腕の方向を捻じ曲げたであろうことは確かなはずであるが、その出来事はまるであたかもごく自然な振る舞いの流れの中で起きたような鮮やかな出来事であった。二人の構成員はその場で膝から崩れ落ちる。お互いの頭を拳銃で撃ち抜いたのだ。即死だろう。
「なっ……?!」
眼鏡の少年と残ったもう一人の構成員が目を見開いて驚いた。残った構成員の銃口は銀髪の少年に向けたままであるが、銀髪の少年は舌舐めずりをしながら蛇のような目で残った構成員に目を向ける。構成員の銃を構える足腰はガクガクと震えており、まるで蛇に睨まれた蛙だ。
銀髪の少年は上げていた両手を静かに下ろし、今度は右手の人差し指を銃のような形にしてゆっくりと自分のこめかみに当てた。
「続けてキミもバーン!」
構成員は銃を自分のこめかみに当て、そして引き金を引いた。パンというもの寂しい音とともに甲板に飛び散る鮮血。その場は構成員三人の血液で血の海と化した。
「まさか、そんなことが……?」
偶然では起こりえない。一回目なら構成員も逆上していたので、緊張と重なり合って手元が狂ってしまった、ということもかなり低確率だがなくはないかもしれない。だがこの構成員の奇妙な自殺は二回連続で発生しているのだ。確率もなにも銀髪の少年が言う通りの超・能力、いやそうとは限らないかもしれないが何か、常識では計り知れない力が働いて起こった出来事であることには違いない。
「どうだ?オレの超・能力。すごいだろ?未来視、サイコキネシスの他にも人の心を読んだり、とか他にもいろいろできるんだぜ?」
こめかみを指でとんとんと叩きながら語り続ける銀髪の少年の前で、眼鏡の少年はゆっくりと身体を起こした。撃ち抜かれた右足は完治はしていないものの、超自己回復能力で治りかけている状況。眼鏡の少年は再び警棒を手に構えた。超・能力という不可解な現象を操る人間を相手にして勝てる気はしないが、ここで銀髪の少年を止めないと、自分のために亡くなった葉山刑事に報いることが出来ない。何よりこの超がつくほど危険な人物を野放しにしておくわけにはいかない。このイカレた銀髪の少年を止められるのは眼鏡の少年だけなのだ。警棒を握る手に力が入る。
「まぁ、そう焦るなよ。たとえキミがオレの仲間にならなかったところで、オレはキミを殺したりはしない。いずれにしても現時点でマルチブレインブーストに覚醒している人間はオレとキミだけなんだから、キミの存在は何よりも貴重だ」
銀髪の少年は眼鏡の少年を生きたまま利用したがっていることは分かった。例えば何かがきっかけで万が一自分の健康状態がおかしくなった場合、その病状を知るためにもお互いの存在は必要だ。『世界を征服するために同じ能力を持った相手を消す』のような、浅はかな考えでは不利益しか生まれない。銀髪の少年はそれが分かっており、二人の少年はまさに一蓮托生なのだ。もっとも眼鏡の少年側に銀髪の少年をどうにかするつもりは毛頭ない。眼鏡の少年は銀髪の少年を捕まえて然るべき場所に引きずり出し、法に則って半年前の事件に決着を着けさせることが目的だ。
「キミもマルチブレインブーストに目覚めてから、目に映る世界の色が変わった自覚があるだろう?より鮮明により美しく。今まで識別出来なかった色を識別できるようになった」
一般的に人間は目の中に赤緑青の三つの錐体細胞を持っており、それぞれが色を感じ、脳へこれは何色だという信号を送ることで色覚を得ている。一つの錐体細胞は約百種類の色を識別しており、それを三つ組み合わせることで、人は合計百万色を識別している。
眼鏡の少年は銀髪の少年の問いに答える。自己回復能力で撃ち抜かれた足が完治するまでの間は話に付き合ってもいいと思った。
「僕自身、以前は普通に三色型色覚だったけど、術後しばらくしてから更に百倍以上の色を識別できるようになった。おそらく四色型以上の色覚に変化したんだと思う。けど、それがなんだって言うんだ?」
「そこから更に可視領域が広がると紫外線やら赤外線やら本来、目に見えるはずのない波長の電磁波が目で感知できるようになるんだ。今のオレは人体が発する微弱な電磁波を色として視認できる。人体はシナプズを介して電気信号で制御され動いているので電気が流れると微弱な電磁波が発生する。つまりオレは人が行動を起こす前に、その前兆として現れる電気の流れを視認し、人の行動を先読みして行動に移せるのさ。それが未来視の正体」
その理屈だけではまだ不可解な点が残る。
「あの、人の腕を無理やりねじ曲げて拳銃を発砲させたのはなんなんだ?人体を巡る電気の流れを見ることが出来たとしても、それを操ることとでは話の次元が違う」
「目で見えるということはつまり、その性質を理解することが出来て、コツさえ掴めばある程度、操作できるようになるんだ。実際にはそれが見えているオレにしか理解できない感覚だろうがな。さすがに自分の思い通りに人を操る精度は出せないが、膝下を叩いて突然足が跳ね上がる程度の条件反射に近い運動なら、オレ自身から発する電磁波を介して他人の筋肉の収縮を誘発することができる。現代科学では立証されていないが、武道家が気功とか”気”を操るとかいう、そういう類の話と同じようなものだろうな」
大体の要領を得たところで、眼鏡の少年は銀髪の少年に対して不利な状況であることを理解した。能力の使い方において、相手は自分の先を進んでいる。額から汗がにじみ出る。
眼鏡の少年は超感覚。あくまで現状の身体能力を強化する能力。それに対して銀髪の少年は、ただの強化ではなく現状の超感覚の更に先の領域を拡張した力に発展させている。このまま戦いを続けても眼鏡の少年の分が悪い。
「それでも僕は止まるわけにはいかない!お前には出るべきところに出てもらう!」
長々と銀髪の少年の話を聞いていた内に眼鏡の少年の撃ち抜かれた足は完治していた。眼鏡の少年は警棒を構えて、銀髪の少年との間を詰める。
「今の話を聞いてあきらめないのか?まぁいいぜ、キミが飽きるまで付き合ってやるよ」
銀髪の少年は拳銃を使わず、甲板上の鉄製の柵を無造作に引きちぎると、目前に迫り来る眼鏡の少年に向けて備えた。生体間脳移植によってマルチブレインブーストに目覚めた少年二人が、日の沈んだ東京湾の上で激突する。