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五 第一夫人の子

 フウレンは、毛布を持ってきた。


「お二人だけでは、やはり心配なので、ソファで寝ることをお許しください。来客の対応は私がいたします」


「父さんのベッドが空いてるぞ?」


「ソファの方が、眠れます!」


 フウレンはプリプリとソファに横になり、本を手にする。


「何かありましたら、お声かけください」


 二人は、そのまま資料を読み進めることにした。


「こんなにマベツのことをお知りになりたいなんて、兄上はマベツの出身ですか?」


「いや、俺が生まれたのはオウマ。サンリク側の国境の街よ」


「ええ!? サンリクにおいでだったんですか!」


 驚きの声を上げたのはフウレンだった。


「あ、すみません。私、リルカ様がお姿を消された後、カイソク中を捜し回っておりましたゆえ――」


「あ、リルカって、俺の母さんね」


 いまだ肖像画すらない第一夫人の名を、セキは初めて知った。


「母さん、捜されてるの、分かってたんだろうな。俺が三歳になるまではサンリクで旅商人してたんだって」


「なぜ、カイソクに戻らなかったのでしょう?」


「それは、私が悪いのです――」


 フウレンが、悔しそうに口を挟んできた。手を拳にして、強く握りしめている。


「陛下と一緒に――、城にお連れすれば良かったのです。後回しにした心ない判断が、あの方を傷つけてしまったのかも知れません……!」


「リルカ妃は、繊細な方だったのですね」


「ええ。お美しいだけではなく、優しい方でもありました」


 リヨクは首を傾げる。


「ちょっと待って。俺の母さんは、そんな女じゃないぞ。

 フウレンの言ってることが、どれひとつ、当てはまらない」


「何を言うのです、リヨク様! 奥ゆかしい方でしたよ。

 陛下に城に戻るよう進言して下さったのも、リルカ様なのです!」


「父さんを城に戻して、自分らは逃げたんだろ? そんな親よ、うちの爺ちゃんと母さん。

 俺だって、父さんが城の一兵士って思ってたから訪ねてきたけど、王様だって分かってたら、来なかった」


「なんっっっっっってことを!!」


「だって、王様なんて、面倒なことになりそうだし」


「やめてください、リヨク様! やはり、リルカ様は賢い方でした! そんなリヨク様を見越して、私を訪ねるようおっしゃって下さったんです!」


「第一夫人は、美しくて、奥ゆかしくて、賢い方だったのですね」


「だから、母さんはそんな女じゃないって!」


 結局のところ、セキにはリルカ妃がどんな女性だったのか分からない。

 ただ、リヨクの容姿から推測するに、美しい方だったのは間違いない。


「だいたい、旅商人の女が、繊細で奥ゆかしい訳ないじゃん」


「そうなのですか?」


「乱暴で、気の強いのがほとんどよ? うちの母さんなんて、まさにそう。

 後宮にはちょっといないタイプだと思えばいい」


「はあ」


「やめてください、私の中のリルカ様が崩れます……」


 フウレンは、本気で悲しそうだ。


「フウレンは、繊細で奥ゆかしい女人が好きなのですね」


 無邪気なセキ(15歳)に、フウレン(30代独身)はギョッとした。


「そうなのか、フウレン」


 リヨク(17歳)がからかう。


「よしてください……」


 で、ここでフウレンは反撃に出る。


「リヨク様は、どんな女性がタイプなんです?」


「え、俺?」


「おしとやかなのですか? 元気なのですか?」


「俺は――」


 この攻撃は効いているらしい。セキ王子に目で助けを求めている。が、


「私は理性的な女性が好きです。対処に困るような方とは、一緒にいられませんから」


 通じていない。彼は素直すぎるのだ。


「で、兄上はどんな女性がお好みですか?」


「リヨク様、さあ、どんな女性と出会いたいですか?

 縁談を選別して差し上げましょう」


「え、兄上にそんなお話が?」


「17ですから、打診はすでにありますよ。

 まあ、どうしても恋愛結婚じゃなきゃ嫌だとおっしゃるなら、陛下だってむりやりお見合いをさせたりはなさらないでしょうけど」


「俺は――」


 フウレンをつついて、セキにちゃんと答えさせた以上、リヨクも観念するしかない。


「好きになった子が、タイプだよ。

 むりやり結婚させられるんじゃなければ、出会いはお見合いだって、なんだっていい」


 言ってて、かあっと赤くなった。

 それを誤魔化すかのように付け足す。


「っていうか、むしろ、お見合いはしてみたい。話によく聞くから、どんなものか興味がある」


「あ、リヨク様、それ、悪い癖です!」


「そうですよ、兄上」


 即座に、二人にたしなめられた。


「ダンスやフリルのシャツみたいに、見合いはするけど、結婚する気はないなんて、最低です」


「言い方がひどい! めっちゃいい子で、相性抜群なのがお見合い相手かもしれないじゃん!」


「フウレン、兄上に見合いは持ってこないでくださいね」


「持ち上がっても、陛下までいかないよう、私のところで止めます」


 バカ話をしているうちに、すっかり夜が更けてしまった。

 セキなんて、こんなに遅くまで遊んでいたのは初めてだ。


「兄上、わたし、もう眠いです」


 まだまだ話し足りないのに、重い瞼が許してくれない。


「お二人とも、お休みください。

 陛下が戻られるのは明日の昼過ぎですから、片付けは明日にしましょう」


「そうだな、寝るか」


 フウレンが灯を消して回る。


「ソファの寝心地が悪かったら、父さんのベッド使っていいよ」


「さっさとお休みください」


 その日は、とても楽しい一日だった。



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