三 第一王子
さて、お稽古をサボっているリヨク王子の部屋に入ったセキ。
部屋が散らかっている。
本や巻物が開きっぱなしのまま、あちこちに散在している。
「なにをなさっていたのです? 読書?」
「そんな感じ。
父さんが三日もいないから、出し放題だ!」
「この有様は、フウレンが仕事放棄でもしてるんですか?」
「まだ、読んでる途中なの!
この本、『マベツの繁栄』を読んでたら、『街作り』の本が読みたくなって、そしたら『開拓史』が気になって、今、『事業計画書』みてる」
「『五平餅の作り方』? 『おいしい梅サワー』?」
セキの足下近くには、やたらとおいしそうな本が散らばっている。
「開拓者に喜ばれたおやつで、最初は店じゃなくて、屋台で出してたんだって」
「へえ」
「梅シロップと酢で作るサワーから始まったんだけど、客が増えると調子に乗って、昼から梅酒を出す店が出てきて。
人夫が働かなくなって、それで政府が酒の移動販売を禁止して、日が暮れてから、販売許可証を持った店でしか酒が売れなくなったんだって」
「へえー!」
「その許可証の『提案書』がこれ」
「そんな感じで読む本が増えていったんですね」
「昔の事業計画書、面白いぞ!
父さん、いろいろと失敗してる」
「父上がですか?」
「成功したのしか知らなかったから、驚いた。
お金集めるのとか、人を見つけるのとか、苦労したんだなあ……」
「意外です」
「セキも読むか? カイソクの近代史から読むとわかりやすいぞ!」
と、ノックが響いてフウレンが戻ってきた。
「お茶をお持ちしました」
「あ、私が受け取りますね」
セキはフウレンが中に入ろうとする前に掛け寄り、奪うように台車を引き継いだ。
「悪いけど、勉学の先生に『今日は頭が痛いので休みます』って伝えてきて。
心配掛けたくないから、『母上には言わないように』って」
「え、セキ王子!?」
「頼んだよ」
セキは、フウレンの眼前でバタンと扉を閉める。
「あ、兄上、いつもの華奢なティーカップです。取り替えさせますか?」
「今日はちゃんとテーブルの上に置くから、それでいい」
以前二人が絨毯の上で行儀悪くボードゲームをしていた時、その辺に置いたティーカップを倒して、フウレンに怒るように嘆かれた。
フカフカすぎる絨毯も、良し悪しだ。安定しない高級ティーカップは、床置きに向いていない。
「最近は、お高いカップも好きになったんだ。
せっかくだから、目利きになりたい」
「キッチンに入り浸ってると聞きました」
「面白いんだぞ。
このティーセットの皿、一枚いくらすると思う?」
「見当もつきません」
セキに金銭感覚はない。
「まあ、平民の給料一ヶ月分だ。
これがティーカップと対になると、収入の一年分になる。
さらにポットがついて6点セットになると、なんと、家が一軒買えてしまうお値段に!」
「倍率がおかしくありませんか?」
「不思議だろう? それがまかり通るんだ。
というのも、カイソク家に代々伝わるこのティーセットは200年前の巨匠の作で、もう手に入らないんだって。
それがセットで残ってるなんて、奇跡に近いアンティークだって!」
「では、使わずに飾っておきますか?」
「俺ならそうするけどな。300年後に売れば、大もうけだ!
――って父さんに言ったら、飾るために作られたモノではないのだから、製作者の意を汲んで美味しくお茶を飲みなさいって。
まあ……、その通りだ」
「大事に使いましょう」
「セキは大人だなあ!」
ノック響き、フウレンが戻ってきたのかと思ったら、侍女だった。
散らかった部屋を見られるのは恥ずかしいので、扉を開けたくはなかったのだが、第四夫人ナタシア様の侍女とあっては、招き入れざるを得ない。
案の定、この侍女は一瞬だけど、呆気にとられた。
「陛下の留守中、一緒に夕食をどうかとナタシア様がお招きです」
「兄上がお寂しくされてやいないかと、お気遣いなのでしょうね」
セキは送り出すつもりでそう言った。
が、寂しいのが、顔に出てしまったのか。
「嬉しいけど、セキと部屋を片付けろって王様に言いつかってるんだ。
ゴメンナサイって、夫人に伝えてもらえる?」
リヨク王子は王子様スマイルで、侍女を追い返した。
「兄上?」
「ナタシア様――。
前、お茶に誘われたときに、そりゃあ、しげしげと眺められた」
「悪いお人ではありませんが、あの方は宝石マニアですからね。
兄上の瞳が、なにか緑色の宝石に見えたのでしょう」
「見世物じゃない。
セキと本読んでる方が、よっぽど有意義だ!」
自分との時間を有意義と言ってもらえて嬉しい。
「そうだセキ、今日は晩飯、ここで食っていかない?」
「いいんですか?」
と、ここでフウレンが戻ってきた。
「先生に、すっごい嫌味を言われましたよ!
さらに、そこですれ違った侍女にまで、職務放棄をしているかのようになじられました!」
「フウレン、戻ってきたとこで悪いんだけど、晩飯、セキもここで食うって。
厨房に伝えてきて」
「え? それは無理ですよ。
セキ王子は王妃様とご一緒に、」
「母上なら、最近はお忙しいようで、なかなかいらしてくれないんです。
今夜も来られないって連絡を貰ってます」
「ちょうどいいじゃん。三人分、ここに運んで」
「リヨク様――」
フウレンは嫌な予感がして、一応、尋ねた。
「なぜ、三人分なのです?」
「フウレンも一緒に食べるだろ? 父さん、いないし」
「勘弁してください! セキ王子の御前ですよ!」
激しく辞退している。
「フウレンは、これまでも兄上とお食事を?」
ギクリと身をこわばらせるフウレン。
「セキ王子、あの……、陛下の許可はいただいているのですが、できれば、このことは内密に――」
「俺ね、ご飯は使用人とも一緒に食べたいの。後ろに控えられるのは、見張られてるようで落ち着かないんだ。
サーブとかで横にくっつかれるのも、緊張して嫌」
「いいかげん慣れてください……」
「フウレン、私は構いません。
厨房に、サーブの必要のない食事を三人分、こちらに運ぶようにと。
あと、夕食はこちらで食べると、うちのものに伝えてきてください」
「ううう、セキ王子……」
諦めて、フウレンは部屋を出て行った。
「みんなで食べたほうが、絶対、楽しいと思わない?」
「どうでしょう?
人によっては、フウレンの不遜と取られますから。
越権行為で責められかねません」
「そういうことか……」
リヨク王子はわかりやすく落ち込んだ。
「兄上?」
「言われるまで気づかなかったよ。俺はものを知らないなあ」
「何をおっしゃるのです!
兄上は非常に博識でいらっしゃいますよ!」
「セキ、これからも色々俺に教えて」
「こちらこそ、です!」
やがて、フウレンが三人分の食事をカートに乗せて運んできた。
「運ばせれば良かったのに。
なにも、近衛兵団長が自ら」
こんな時だけ身分を持ち出されても困ると、フウレンはため息をつく。
「説明するのも、現状を見られるのも面倒でしたので」
「そうか。
――フウレン、いろいろとゴメン。セキから聞いた」
その言葉に、彼はホッと顔を上げる。
「分かって下さったのですね! では、私は入り口にて、」
「兄上、要は誰にもバレなければいいのです。
来る者に箝口令をしいて、みんなで食べましょう!」
「セキ、あったまいい!」
「あう――」
結局、三人で食卓を囲むこととなった。