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二 兄ちゃん

 カイソク国王バルロ=リロク。


 若くして様々な改革を成し遂げたこの王を、民は敬意をこめて改革王と呼ぶ。

 とくに商業における革新は目覚ましく、田舎とされてきたシンリウ山脈の東側を数年で近代国家へのし上げた。


 セキは、その父の第一の後継者だった。



 気の弱いことは、昔から自覚している。

 しゃしゃり出て失敗し、周囲に恥をかかせたくない。


 好奇心だって薄い。

 新しいものや珍しいものは弟妹に譲り、楽しげに遊ぶのを眺める方が好きだ。



 改革王の後を継ぐなんて、尻込みして当然の性格だ。




 セキが12歳になる少し前に、突然、兄ができた。

 弟や妹が、ではなく、兄が、である。

 会ったこともない第一夫人の子で、市井で生まれ育ったがゆえに、父王ですらその存在を知らなかったという、それがリヨク王子である。

 セキよりも、2つと少し、年上だった。


「兄上……」


 そう。兄上だ。

 父上の第一子。

 リヨク王太子殿下!


 救世主。

 セキにとっては、まさにスーパーヒーロー。

 プレッシャーにつぶされ、息苦しかった日常から助け出してくれる!!




「兄上! こちらは第四夫人の姉君、レナ公爵夫人です。

 夫人、こちらが私の兄のリヨク王子です!」


 自分の誕生日パーティで、セキは皆にリヨクを紹介して回った。


「あら、なんとも素晴らしい美少年ね」


 皆が、リヨク王子の容姿を褒めたたえる。

 父王の誕生パーティでは民間の普段着で、それでも容貌が際立っていたが、正装を身にまとうと、まさに王子様!


「私の自慢の兄上なのです!」


 凡庸で、何一つ誇るもののないセキの、唯一となった。





「え? お出にならないのですか?」


 セキの誕生パーティから数ヶ月後、リヨク王子が、伯爵夫人の晩餐会に行かないと言いだした。


「兄上は、お誕生パーティもなさってませんし、夫人の晩餐会は、私の誕生日以来の大きな催し物ですのに――」


 ショックであるが、拒否されることに心当たりがある。


「私が――、うるさく連れ回すので、嫌気がさしたのでしょうか……」


 リヨク王子は慌ててくれた。


「んなわけ、ないだろ!

 セキに嫌気がさすことなんて、ない!

 おまえが構ってくんなきゃ、俺、大人に囲まれて、どうしていいか分かんないんだから!」


「でしたら、どうして……」


「――――まだ、腕が痛むんだよ」


 見せつけるように、二ヶ月前に骨折した左腕をさすってみせる。


「嘘でしょう」


 セキは言った。

 気を使って、追い払うことに理由を付けてくれているのだ。


「昨日、治ったと言って、私と稽古なさったじゃありませんか。

 言い訳を用意していただかなくても、私は――」


 リヨク王子を見上げたら、ぶわっと涙が溢れた。


「ゴメン、セキ! 嘘ついてゴメン!

 違うんだ、泣かないで!」


 リヨク王子は優しい。


 誤解がないよう綴っておくが、セキは決して泣き虫ではない。

 が、気の弱さからしたら、今のはむしろ我慢強い方だ。

 

「私は、嫌われてしまったのですね……」


「ばかっ! 言っただろ!」


 観念したように、リヨク王子は本当の理由を話してくれた。


「俺ね――、ああいうパーティ、苦手なの。

 最初は珍しくて付いていってたけど、もう、しんどい。

 どうしていいか、分からないの」


「ただ挨拶をして回るだけですよ?」


「その挨拶が俺には無理。

 お前も見てるから分かるだろ?

 『お美しい王子だこと』って視線が、とっても無遠慮なんだ! 人を、孔雀か珍しい石のように観察しやがる!」


「ああ」


 セキの涙が引っ込んだ。


 分かる。

 自分もそうだから、分かる。

 褒めているつもりなのだ。

 そして、セキは不慣れな兄を紹介しているフリで、その実、褒めてくださいと言わんばかりに皆に見せびらかして回っていた。


「ごめんなさい、兄上」


 本当に反省する。

 リヨクは、セキの所有物ではない。


「私も……、私もパーティには出ません。

 すみませんでした……」


「なんで、そうなるの?」


 困惑するリヨク。


「セキは、行ってよ。

 勝手で悪いけど、お願いだから行って」


 ほら、こっち来いよ、と手を引かれ、部屋の真ん中にあるソファに座らされた。


「来るって言うから、お菓子とってきたんだ。

 お茶もあるぞ」


 さっそく、ティーカップに紅茶を注いでくれる。


「これ――」


 ちょっと使ったことのない、無骨なティーセットだった。


「キレイめの選んで借りてきたけど、なんかおかしい?」


「兄上が、厨房に出向かれたのですか?」


「フウレンがいなかったから。

 ――いや、正直に言うと、フウレンが出た隙を狙って取ってきた。

 だって、使用人にお茶を頼むと、やたら豪勢な茶器でくるだろ?

 お菓子は食べきれないほどくるし、残すともったいないし!」


 たぶん、リヨク王子が持ってきたのは、使用人が使っているティーセットだろう。

 いつもセキが使っているような茶器は、戸棚の奥にちゃんとしまわれているから、目に付かなかったのか。


「あ、とっても良い香りです」


「だろ? 俺、お茶を入れるのは上手なんだ。

 うちの店で取り扱ってたから。

 ちゃんと香りを立たせて試飲させると、みんな、買っていく」


「おいしい」


「だろ!」


 リヨクは嬉しそうだ。



 行動を共にするようになって数ヶ月。

 彼は、見た目ほど理想的な人間ではないと分かった。

 慎重に見えて調子にのるところがあるし、わりといい加減で、飽きっぽい。


 数ヶ月前に折った腕の骨だって、


「みんなには内緒だけど、階段の手すりで遊んでたら、バランスを崩して落ちた」


「え!? そんな小さい子のようなまねを!?」


「だって、こんな大階段、初めて見たんだぞ!

 ちょっとやってみたくなって、誰も居ない時に滑ったら、グラッと……」


 なんともまあ、自業自得だ。


「セキ、お菓子も食え」


「ありがとうございます。

 これは――」


「干しイモ。30分前に俺も食った。元気だから大丈夫だ」


「甘くて美味しいです」


「だろ? これ好きなんだ。

 もう一枚、食べる?」


「いただきます」



 わざわざ毒見してくれるのには理由がある。

 数か月前のセキの誕生会は、ガーデンパーティだった。その夜、リヨクが嘔吐に苦しんだからだ。



「パーティって、なんで食べきれないくらいご馳走を出すんだろ?

 こんなの、絶対、余るよな?」


「お招きしておいて食べものを切らすのは失礼ですよ」


「そんな考え方もあるの?」


 慣れない香辛料と味付けに、リヨクが食べられるものは多くはなかった。が、クラッカーの上にスモークサーモンとチーズが乗っている料理と、ホタテのグラタンは気に入った。


「プレゼントに馬を頂いたのです。一緒に見に行きませんか?」


 セキに誘われて中座した。そして、戻ってきた時、皿は下げられていた。


「……夜になって部屋に戻る途中、下げられた料理が大広間に集められているのを見たんです。

 俺の好きな料理が、手つかずでいっぱいあったから――」


「食べたのですか? 炎天下に晒され、半日放って置かれた料理を?」


「変なにおいとかしなかったし、おなか空いてたし」


「リヨク王子、いけません。

 わたくしは、毒でも盛られたのかと大変焦りました」


 リヨクはセキの母である王妃様に叱られた。心配すぎて様子を見に来たセキも、その場に同席していた。


「あなたに何かあったら、その料理に関わった者の首が飛びます。もちろん、このパーティを取り仕切っているわたくしの責任にもなります。

 食べるものは、きちんと新しいものを作らせなさい。そのために、料理人がいるのです」


「ごめんなさい、王妃様。あの――、このことは王様に報告しますか?」


 その時、リヨクは泣きそうな顔をしていた。

 行儀の悪いことを、会って間もない父に知られたくないのだろう。


「幸い陛下はお忙しく、まだご存じではありません。疲れが出て休んでいることにしましょう」


「ありがとうございます、王妃様」


「おなかを減らしたそなたに気づかなかったわたくしも悪い。

 大人しく寝ていたら、明日の夜は気に入ったという料理を作らせましょう」



 ――とまあ、このことがあって以来、残り物をつまみ食いするようなことはなくなった。



「干しイモは腐らないから、大丈夫! カビもちゃんとチェックした。

 ――で、さっきの話だけどさ、」


 おやつで懐柔してから、リヨクは本題に入る。


「俺、父さんに『パーティにはもう行きたくない』って、言ったの。

 そしたら父さん、『行かなくていい』って言ってくれたんだけど、」


 リヨク王子は弟妹が『父上』と呼んでいる父王を、『父さん』と呼ぶ。

 フランクな感じがして、それがちょっとセキには羨ましい。


「王族がパーティに出向くのには、諸侯に対する感謝とか、労いの意味もあるって言うんだ。

 パーティの格が上がるっていうの?

 だから――、セキには王子として父さんに付いていって欲しい」


 そう言った後、「お願いします!」と言って、頭を下げられた。


「やめてください、兄上!」


「俺、パーティ、本当に苦手!

 夜の移動は本も読めないから、道中からして、すでに退屈!」


「私は馬車に揺られると、すぐに寝てしまいますしね……。

 お相手できなくてすみません」


「そういうわけじゃないけど、――頼むよ。

 父さんの言うことも一理あるから、セキが嫌じゃなければ……」


 セキは嬉しい。

 リヨク王子を助けてあげられるのは、自分だけなのだ。


「いいですよ。兄上の代わりに、お役目を果たしてきます」


「ありがとう、セキ!」


「そのかわり……というわけではないですけど、私のことを許してもらえますか?

 パーティで、みんなに兄上を見せびらかしてしまったこと――」


「なんだよ、許すも何も、最初からなんとも思ってない!

 頼りになる弟で、兄ちゃんは嬉しい!」


 『頼りになる』と言われた。

 相思相愛とは、きっと、こういうことだだろう。




 ――後日、セキは父母に褒められた。


「あなたも無理しなくていいんですよ。

 大人でも、ああいう場を好まない者は大勢いますから」


 と父王に心配され、


「いいえ。兄上の分も、王族としての役目を果たします」

 

 と答えた。


「セキは立派ですね」


 父の言葉を、王妃である母がとても誇らしげに喜んだ。


 今までやってきたことを、これからもを続けるだけなのに、昨日とは違う!

 全ては皆、リヨク王子のおかげだ!


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