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「うわァああああああああ――――ッ!!」
彼方より、耳をつんざくような凄絶な悲鳴が轟いた。
「「「!?」」」
それを聞き、少年B、少年D、少年Eの背中に薄ら寒いものが走る。
それにより、続けて三人は本能的にゾクッ! と身震いをした。
「な……なんだ……? 一体何が……!?」
少年Aを介抱していた少年Bは、瞠目し、悲鳴がしたであろう暗闇へ視線を投げた。
他の二人も反射的に同じようにするが、それ以上の行動を取る者は誰もいなかった。
三人とも、それだけの勇気がないことを自覚していたからだった。
「お……おい……。い、今のって……」
ゴクリ、と喉を鳴らした少年Dが、少年Eに縋るように尋ねる。
少年Eも緊張し、冷や汗を流していたが、少年Dよりかはまだ幾分か冷静だった。
「あ、ああ……。アイツの声だった……と思う……。だって、アイツは飲料水を探しに行ったまま、まだ戻ってきてはいないし……それに…………向こうには、アイツしかいないはずだ……」
「…………」
「…………」
少年Eの説明は、他の二人にとっても既知の事実だった。
が、それを認めてしまえば……少年Cが何か良からぬ事態に巻き込まれたと考えざるを得なくなる。その上、あれだけの悲鳴を上げるということは、よっぽどの大事に違いない……。
そして次は、その大事とやらが、自分たちの身に降りかかってくる可能性がある。
誰もいない、何もないはずの暗闇で、少年Cは一体“何”を見て、どうなってしまったのか……。
限りない想像と静寂が、彼らの恐怖をより一層増長させた。
「も、もしかして…………ほ、ほ、本当に……のろ、のろわれたんじゃ――」
「テメェ!! フザけたこと抜かすんじゃねぇ!! ぶん殴るぞッ!!」
少年Dの震える声を遮るように、少年Eは少年Dの胸倉を勢いよく掴み、恫喝した。
「うぐ……っ!!」
「テんメェ……! もし次に同じようなコト言ってみやがれ……!! 身包み剥いで暗闇に放り出してやるからなァ……ッ!!」
「んぐっ……く、くるじィ……ッ!!」
「いいか!? わかったな!? わかったなら『はい!』って言えよ『はい!』って!! こんだけ大声で言ってやってんだから聞こえねぇわけはねぇよなあ!? 『呪いなんてありません』って、ハッキリ否定しやがれ!! 『呪いなんてありません』ってよぉぉッ!!」
「ば、バカ……! 何してるんだ、早く離せッ!!」
揉め事の仲裁に入ろうとした結果、少年Bは思わず少年Aの肩を離してしまった。
――その時、少年Bは気付いてしまった。
少年Aの身体が、僅かに軽いということに。
「……?」
そのことに違和感を覚え、背後を振り返ると、そこには萎んだ風船のように四肢の力が抜け切り、ぐったりと仰向けに寝転がっている少年Aがいた。
……悲痛な面持ちで、喉を両手で押さえている彼ではなかった。
「……。おい……」
少年Bは、少年Aに問いかける。
妙に厚みのあるその声に、少年Eは我に返り、少年Dの胸倉から手を離した。
「ごっ、ゲホッ! ゲホッ……!!」
膝から崩れ落ち、少年Dは激しく咳き込んだ。
それを他所に、少年Eは少年Bの元へと歩み寄る。
「なんだ……今度は何が――ッ!」
少年Eは、息を呑んだ。
――焦点の定まらない虚ろな瞳、だらしなく緩み切った頬、口端から溢れ出ている泡。
お調子者で、すぐに冗談を言ったりイタズラしたり――そういった、“人に迷惑をかける”ことが大好きな少年Aは、そこにはいなかった。見たこともない、別の誰かだった。
「……おい、これって……」
少年Eは、さらにもう一つ息を呑む。
その人物の青ざめた顔からますます血の気が引いていき、段々と、雪のように白くなっていく様を目の当たりにしたからだ。
彼らは咄嗟に、テレビのサスペンスドラマや刑事ドラマのワンシーンを想起していた。
それらのジャンルには、必ずと言っていいほど、あるシーンが登場する。
――死体だ。
巧みな、あるいは残忍な方法で殺害された彼らは、すべからく絶望の奈落に突き落とされたような悲壮感を顔に張り付けたまま、地に横たわっていた。
その人物もそうだった。
……いや、あれらはまだフィクションで現実味が薄いと思えるが、たった今眼前に突き付けられている現実は、ある意味でフィクションよりもフィクションだった。
つまり、その人物は――――
「あ……え……おァああああああああ――ッ!!」
取り乱したのは少年Dだった。
息を整えたのか、少年Eの背後から例の現実を視界に入れてしまったようだ。
少年Dは、そのまま暗がりの中へ自ら飛び込んでいった。
少年Eは無意識に手を伸ばす――。
「お、おい待てッ!」という少年Bの制止も彼の背中を捉えることはなかった。
「…………」
「…………」
取り残された少年Bと少年Eはお互いに顔を見合わせるが、どちらも言葉を発することはなかった。
もうピクリとも動くことのないであろう少年Aを隣に、二人はたっぷりと冷や汗をかきながら、再び訪れた得も言えぬ静寂に飲み込まれそうになる。
ドクン! ドクン! と、心臓が運動をした時よりも荒ぶっていることを理解していた……。
「お……俺」
「……?」
少年Eが口を開き、ボソッと何かを告げる。
少年Bは眉をひそめた。
「アイツを探してくる……。……ついでに、飲み物探しに行ったまま戻ってこないアイツも――ッ!」
少年Eはたまらず駆け出していた。
少年Bは、今度はそれを制止することはなかった。
あっという間に遠ざかり、黒く塗り潰される少年Eの背中を、ただボーっと見送っていた。
「…………」
とうとう一人になってしまった……。
自身のいやに鮮明な呼吸音を耳にし、少年Bはそのことを再認識する。
ついに誰一人としていなくなってしまった場所で、少年Bは膝を付いたまま、未だに動こうとはしなかった。
と言うより、今どうすればいいのか、どうすべきなのか……少年Bには分からなかった。
少年Eの背中を追うべきだったのか、それともやはり、この場所に残って正解だったのか……。
少年Bの心は、揺れに揺れていた……。
「…………っ」
ただ、ここに残ったところで何の意味もないのではないか、ということぐらいは薄々気付いていた。
なぜなら、少年Bの背後にいる、かつて少年Aだった人物は……もう――――。
「……なぁ。なんでなんだよ……」
少年Bの口は、少年Bの意識の範囲外で、独りでに動き始めた。
「なんで、なんで…………。……なんでこんな風に、なっちまってんだよぉ……」
理解の到底追い付かない現状に取り残されている少年Bは、答えを教えてもらえない不安と苛立ちより、隣で横たわる人物に嘆きをぶつける。
しかし、
「……………………」
「…………」
いくら尋ねたところで、その人物にはもはや口がないわけで、応えられるはずもなかった。
けれど少年Bは何度も何度も、繰り返し繰り返し、同じことを尋ね続けた。
そうすることでしか、少年Bは自身を保てなかった。
――コロン。
「……?」
何度目ぐらいだろうか……その人物の口端から、何かがポロリと零れ落ちた。
運が良かったのか、少年Bはそれを見逃さなかった。
目を凝らし、ポケットに仕舞っていたスマホを取り出し、ライトを点け、そちらへかざすと――。
「……こ、これはッ!?」
――それは、紫色をした、綺麗な球状を保っているキャンディの塊だった。