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「……なぁ? そうだよなぁ…………?」
濁った音に交じり、人の声がしました。薄っすらと笑い声もありました。
一人ではありません。複数います。それも、結構な……。
「マジ暗すぎだろぉがよぉ。つーかこんなトコに高台とかあったのかよ」
「だから言ったじゃん? 肝試しには最適だってよぉ」
「でもよでもよぉ、こんだけ雰囲気あると、出るもんも出ちまうかもなぁ!?」
「うーわつまんねー。それ言っちゃうと萎えるわー」
ギャハハ! と声たちは笑いました。
思わず振り返ると――
「――!」
眩しい、と目を手で覆い隠してしまいそうになりました。
昼間の太陽の光とは違った別の明るさが、周囲を満たしていました。
そしてそれは、あまり気分を良くしない明るさでした。
「おいおい、どこまで行ったらゴールなんだよ。つーかタリィからさっさと切り上げて帰ろーぜ」
「ふわぁぁ……。だよなぁ、ねみィし」
“声”は徐々に姿を鮮明にしていき、一つのカタマリとなって現れました。
ゆらゆらと横に揺れる、光の珠のような、一つのカタマリでした。
それらは、合計で“五つ”の声が合わさったカタマリでした。
それぞれを何て呼べばいいのか分からないので、とりあえず『A』『B』『C』『D』『E』としておきましょう。
これより、最初から音を出した者から順番に、そう呼ぶことにします。
「まーまー待てって。せっかくここまで来たんだからよぉ、もうちょい何かないか探そうや」
少年です。『Aくん』が、そう言いました。
「いや、つってもよぉ……ただのだだっ広い空き地があるだけで特に何も無くね?」
少年です。『Bくん』が、そう言いました。
「そういやぁよぉ、お前なんで急に『肝試しやろーぜ』とか言い出したんだよ」
少年です。『Cくん』が、そう言いました。
「は? おめぇ忘れたの? アレだよ、アレ。クラスのあいつが自殺したっつーアレで……」
少年です。『Dくん』が、そう言いました。
「そーそ。確か名前は……なんだっけ? ええと…………まぁいっか。とにかくそーゆーことだろ」
少年です。『Eくん』が、そう言いました。
「…………」
“声”はすべて、少年でした。
そしてボクは、この五人をどうも初対面だとは思えないのです。
「んだよ、結局来たのに無駄足かよ。はぁ~あ、つまんねーの」
『Aくん』が言いました。
灯りが一つ、揺れました。
「自殺したてホヤホヤの霊とか逆に会いたくねーわ。あれって二週間ぐらい前の話だろ?」
『Bくん』が言いました。
灯りが二つ、揺れました。
「なーんか『自殺したー』ってあいつら騒いでるけど、特に衝撃なくね? 印象薄すぎて、今の今まですっかり忘れてたわ」
『Cくん』が言いました。
灯りが三つ、揺れました。
「それな。マジで記憶に残ってねぇもんあいつのこと、顔とか名前とかよぉ……。てか、なんであいつ自殺したの?」
『Dくん』が言いました。
灯りが四つ、揺れました。
「そりゃあ、アレだろ――」
『Eくん』が言いました。
灯りが五つ、揺れました。
揺れて、揺れて――。
そして――。
「――――注目浴びたかっただけでしょ」
「――――」
五つの灯りが……いや、その時ボクは、はっきりと思い出していました。
曖昧ではなく、鮮明に。これまでのことを。
今ボクがどういう存在なのか、どういった存在だったのか……改めて思い知らされました。
彼らに――かつてボクのことをイジメていた、クラスメイトだった彼らに。
彼らは、ボクの目の前で、五つの灯りをこちらに向けていました。
あの日の、トイレで苦笑いをしていた時にふと視界に映った彼らの……白く、鋭く、酷く冷めた表情。
あの日のボクと彼らが、そこにはありました。
「お、なんか見っけ!」
ボクが硬直していると、突然『Aくん』が何かに気付いたような声を上げ、さらにこちらへ近付いてきました。ボクと彼らの距離は、文字通り、目と鼻の先でした。
ボクはそれに対してどうすることもできず、『Aくん』の進行の成り行きをじっと見つめることしかできませんでした。
不意に怖くなり、またも手で目を覆い隠そうとしたところ……何やら眼下でガサゴソと音がしていました。
足元とか傍らとかではなく、本当の真下でした。
しばらくして、唐突に『Aくん』がニュッと視界に現れました。けれどその目は、ボクを映していないようです。
彼が手にしていたのは……お菓子でした。
「おいおい、なんだよそれ?」
同じく『Aくん』の行動を不可解に思っていたのか、『Bくん』が『Aくん』の背後から声をかけていました。
それに続くように、他の少年たちも、『Aくん』を背後から覗き込んでいました。
「なんか知らねーけど、菓子見っけた。コレ食っちまおーぜ」
クルリ、とこちらに背中を向けた『Aくん』は、手にしたそれらを嬉々として少年たちに見せていました。
「あ~? 酒じゃねぇのかよ……」
『Cくん』が言いました。
「えっ、でもそれ落ちてたんだろ? 汚くね? てか、なんでこんなトコにそんなもんあんの?」
『Dくん』が言いました。
「お供えとかじゃない? 知らんけど。……ほら、向こうに花束みたいなのあるし」
『Eくん』がこちらに指を向けました。
「うわっ、マジかよ! 花枯れてんじゃん、きったね~」
「なぁなぁ! じゃあよぉ、今からコレ食って誰が呪われるか選手権しようぜ!」
「……てか、さすがに供えモン食うのはヤバくね?」
「はぁ? お前ビビってんの?」
「は!? 別にビビッてねーし」
「うわぁ~、呪われるぅ~! たすけてぇ~!」
ギャハハ! と、彼らはまた一つの“声”になって笑いました。
そして彼らはボクに背を向け、さほど離れていない路地の片隅に腰を下ろすと、輪を作りました。
「…………」
ボクは真下を見ました。
そこには、萎れた花たちが、さらにクシャクシャになって歪んでいました。
手紙も、色紙も、泥の足型が付いていました。
「…………」
ボクは前を見ました。
視界の先で、ギャハハ! と声を上げる大きなカタマリが揺らいでいました。
「――――」
ボクは動こうとしました――すると。
……動けました。