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……………………。
…………。
……。
……次に見たのは…………膝を折ってしゃがんでいる、少女の後ろ姿でした。
アスファルトの路面にしゃがんでいて、両手の甲で目尻を何度も何度も拭うような仕草をしていました。
時折肩が上下に大きく揺れ動いていましたが、音はありませんでした。
そして少女の肩に、少女と同い年ぐらいの手が置かれました。
――その時になってボクは、少女が泣いていることに気付きました。
少女は肩をゆっくりと摩る優しそうな手を、どうも受け入れたくないようでした。
ブンブンと、ブンブンと、しきりに頭を横に振っていました。
……が、やがてその“手”は腕となり、背中となって、しばらくは視界の先が暗闇に覆われました。
けれどそれも束の間のことで、再び晴れた視界の先に、少女の姿は既にありませんでした。
そこには……誰もいませんでした。
「……。……そうか」
少女がいた場所は、ボクが飛び降りた高台の柵の内側でした。
いや、厳密に言えば、その柵を遮るようにさらに“立入禁止”と記された黄色と黒のテープが張り巡らされていたので、それの内側でした。
足元には、色とりどりの花束が置かれていました。
それだけではなく、何やら手紙や色紙、あまつさえお菓子やジュースみたいなものまで置かれていました。
本当にたくさんあって、それらは無機質なアスファルトを少しだけ鮮やかなものにしていました。
「…………」
振り返ると――――これまた大勢の人がいました。
両親や学校の先生、友達が“彼女”しかいないからよく分からないけれど、見たことのあるクラスのみんなもそこにいました。さらに、何回かしか会ったことのない遠い親戚の人や、他県に住んでいる祖父母やいとこ、その家族までいました。
……みんな、泣いていました。
いつも元気で明るい人だと思っていた人たちも、軒並み表情に暗い影を落としていました。
母親に至っては、先程の少女よりも酷く、ほとんど地に突っ伏すような体勢で泣き崩れていました。
父親も、母親の背中を撫でてはいましたが、ほとんどそんな感じでした。
何が何だか、ボクにはよく分かりませんでした。
「――――」
しばらく経った頃でしょうか、高台にいた大勢の人たちは一人……また一人と、ボクに背を向けて消えていきました。
あれだけ泣きじゃくっていた母親も、父親に支えられながらボクに背を向けました。
みんなが、段々と離れていきました。
その中で、一人だけ、何度もこちらを振り返る人がいました。……先程の少女でした。
少女は最後まで背を向けなかった人でもありました。
しかし、少女がボクから遠ざかっているという事実に変わりはなく、少女の背中は目に見えて小さくなっていきました。
……やがて、少女も消えました。
こうして、誰もいなくなりました。
最初から音はありませんでしたが、みんなが消えてしまってからの方が沈黙を強く感じました。
なぜ、ボクだけがこの場所に取り残されているのか、それはボクにも分かりませんでした。
「…………」
動こうにも、動けませんでした。
追いかけようにも、追いかける足がありませんでした。
と言うよりも、どちらかと言うと……ボクはこの場所から、動けない身体になっていたのです。
「…………」
「…………」
「…………」
……どれだけ月日が経とうと、ボクは依然としてそのままでした。
帰る家も、帰る居場所もはっきりと憶えているのに、どうしてかここを“家”だと思ってしまうのです。
なんて冷たい場所なのだろうと思いました。
家族と一緒に温かい食事をする食卓も無ければ、暖かい布団の中で身体を癒し、明日への希望を夢見る寝床もありませんでした。
ただそこには、黒く硬いアスファルトの路面と、寂れた木々と、くすんだ空と……。
……孤独と虚しさの匂いを放つ、記憶だけでした。
そんな場所に、ボクは住んでいました。
なぜそのような場所にいなければならないのかも分からずに、そこを新たな居場所として、住み続けていました。
何も食べず、何も飲まず、一睡もせず……。
それでもボクは平気でした。
それから、幾億の星が東の彼方へ消えていったことでしょう。
またあの日のような、薄暗く、肌に悪い夜が訪れました。
ボクは未だに、かつて少女が座り込んでいた場所からこの街の夜景を眺めていました。
まるで、これらすべてが奇妙な悪夢にうなされているようでした。
いつまでも、代わり映えのない景観を前に、誰も来ることのない場所で、ボクはずっと囚われているようだと……。
音も無く……。
「…………」
――しかし、そんなことはありませんでした。
一体いつぶりなのか、音が生まれました。
無論、ボクではありません。別の誰かでした。
それも、一つや二つではありません。
ぞろぞろと、音と音が連なった、長靴を引きずるような音を聞きました。
「…………いおい、この辺だったよなぁ……確か……」