蝌蚪、月を仰ぐ
魔力の過剰消費によって経験値を失ったが、スキルは失われなかった。手足が生えた分、転生直後よりは強い。もう、この場所に拘る必要も無いだろう。俺は寝床の岩場から旅立つ事にした。不安もある。だが何時までもじっとしているのは俺の性に合わない。目的もある。それに進化したら俺は肺呼吸になるのだ(予想だけど)。今から陸地を目指しても良かろう。
【魔力感知】発動っ!この先は逃げ込めるような岩場があるかは分からない。慣れるためにも常に【魔力感知】は発動しておこう。訓練にもなる。俺の【魔力感知】、正直まだ覚束ないからな。発動中は何となく気持ち悪いし、それにまだ目で見た方が確実だしな。「居る」事は判るんだが、逆に言えば「居る」ことしか判らんからな。範囲もワンチャン自分で泳いで見に行った方が早そうだし。
さて....どっち行こう?陸どっちだ?。.....まあ水面まで昇れば判るか。そういやなんだかんだ水面まで昇るのは初めてだな。今まで底の方でコソコソしてたからな。見つかったらお終いだったし。.....今でもお終いなのは変わらんか。メダカ共が寝静まるまで待つか。
俺はゴミ溜めで食い溜めしておく。次いつ食えるか分からんからな。最低限満腹値は限界まで貯めておきたい。あ、Lv.2になった。
食いながらも俺は意識を【魔力感知】に向ける。そしてメダカを見つけた。だが挑みかかる真似はしない。遠距離攻撃手段がない俺じゃ、ヒットアンドアウェイが得意なメダカに勝てそうもないからな。物陰からコッソリ見張り、寝静まった隙に水面へ昇る。一匹だけ生活リズムずれてるなんて居ないだろ。一斉に寝る筈だ。
よし、アイツらは寝静まったな?今のうちだ。俺は素早く昇る。いいかハジメ、方角を確認したら直ぐ戻って休むんだ。もしかしたらメダカが寝てる間に起きてる奴がいるやも知れん。鳥にも気をつけるんだ。
上に昇るにつれ、段々明るくなっていく。俺が居た底の方は暗くなっていたのか。水は光を吸収するらしいしな。の割にゃあ何時でもそれなりの明るさがあったが.....?昼夜の区別なんてなかったし。オタマ生は眠くなったから寝る生活だったから、ぶっちゃけ時間とか気にならなかった。余裕もなかったし。今は一体何時なんだ?
その答えは水面から顔を出した時分かった。今は夜だったのだ。しかし月が煌々と輝き、遠くもある程度見ることができる。陸地は俺から見て右正面に見えた。右正面の陸地が一番近かったが、それでもかなりの距離があった。何しろ今分かったが、俺が居る池はだいぶ広く、岸が見えない方角もあった。これからは湖と呼ぼう。よし、確認は出来た。今すぐ底に戻るんだ。
だが俺はそうしなかった。月に目を奪われてしまったのだ。
なんて美しい月だろう。俺は心の底から、素直にそう思った。人間だった頃には見たこともないような大きな月だった(ちなみに1つだ)。月の金色の光は強かった。これなら湖の底まで明るく照らせるだろう。俺が今まで昼夜の区別がつかなかったのもうなづける。しかし決して目を痛める事はない、柔らかな光だった。辺りには何者の気配もない。何とも神秘的な雰囲気だ。何処かから花の香りが漂ってくる。嗅いだことのない、不思議な香りだ。この神秘的な雰囲気を高めている。俺は知らず知らずの内にため息を吐いていた。肺はないがそんな気分だ。
俺は無意識の内に周囲の魔力を強く感じ取っていた。水底では感じたことのない、不思議な魔力だ。感じるだけで不思議な気分になってくる。これはアレだ。俺がまだ人間だった頃、同じような気分になったことがある。
家の近くには大きなお寺があり、婆ちゃんは毎日通っていた。俺はよく寺向かいの保育園で勝手に遊んでいたが、土日はばあちゃんと一緒にお経を唱えさせられた。お寺の観音像はとても立派で、静かな力を感じさせた。知らず知らずのうちに見入る神秘的な観音像だった。
この月の光はそれを思い起こさせる。俺は何もかも忘れて、美しいこの月に魅入っていた。月の光から感じる魔力を、知らず知らず内に取り込もうとしていた。
俺は結局月が沈むまで魅入っていた。そして朝日が差してきた頃、俺は大慌てで湖の底に戻ったのだった。




