始まりのバレンタイン
「ふふふ。今に見ていろこれで俺は。取り戻せる」
男は薄暗い部屋でPCを叩いている。
「そう簡単にいくのかなぁ」
PCの中から、中世的な声がする。
「口答えするな。お前は黙って俺に従っていればいいんだ」
「まぁ。楽しめるなら従ってあげるよ」
「ふん。AIの癖に生意気な奴め」
そう言うと男のスマホが鳴る。
男はそのディスプレイに表示された名前を見ると顔をしかめた。
「くっ。こんな時に限って。だから無能は嫌いだ」
頭を掻きむしり苛立ちを見せる男。
「いいか。俺は一度席を外す。その間にお前は作業をさっさと済ませておけ」
男はそう言い残すと薄暗い部屋から出ていった。
「さてさて、無能はどっちだろうね」
PCからは呆れたような憐れむような声がした。
☆ ☆ ☆
大学2年生の黒木聖人は疲れ果てていた。
「それでさー。登校中に可愛い後輩からチョコもらてっさぁ」
このように休み時間のたびにチョコを貰ったという自慢を永遠してくる幼馴染であり同級生である明賀雷火が原因だ。
なら話に付き合わなければいいのだが、雷火が小学生低学年以降に身内以外からチョコを貰った事が無いことを知っている聖人には無下にはできなかった。
今となっては聖人自身、自分の性格に酷く後悔しているのだが。
(まぁ。それもここまでだ。ようやく解放されると思うと清々する)
「それは、よく分かった。ただな俺はこの講義で今日は終わりだ。しかも、今日はバイトが入っているんだ。だから話足りないのであればその可愛い後輩とやらと思う存分に語り合ってくれ」
「もうそんな時間なのか。ちょっと待ってくれ渡したいものがあるんだ」
「なんだチョコか。もし仮にお前からチョコを貰ったところで俺はうれしくないぞ」
「ちげーよ。これだよ」
雷火は持っていたリュックサックから一つの箱を取り出す。
その箱のパッケージには『Continuation of the Legend』と書かれていた。
聖人はそのタイトルは知らなかったが、それがどう言う物かというものは瞬時に理解できた。
VRMMO。
辞めたくなくても辞めざる負えなくなった聖人の青春そのものだった。
それを出された瞬間、聖人はイライラとした表情を見せる。
「お前さぁ、俺がVRMMOを出来ないって知ってるよな。お前って本当にデリカシーがないな」
「まぁまぁ待て、落ち着いて話を聞けって。ってかそこまで言わないでくれるかな悲しくなるから」
「そりゃあ恨み言の一つや二つ言いたくもなるだろう」
「聞けって。お前がVRMMOをやめた理由は知っている。その上で言わせてもらえば、お前は少し過敏になりすぎだ」
「過敏にって」
「お前が辞める切っ掛けになった出来事から三年は経っている。そのうえ半年前にはその原因となったゲームタイトルはサービスを終了した。種類が豊富なVRMMO業界じゃあ終了して半年もすればそのゲームの事を覚えている奴がいるほうが珍しいぞ」
「違う。そんな簡単な話じゃないんだよ」
無責任な雷火の発言にさらにイラつく聖人。
「そもそもな話だが、そいつは本当にそこまでお前に執着しているのか。三年たった今でも」
「それは」
雷火の問いに、聖人は答えることが出来ない。
「まぁ普通に考えれば無いよな。ならさ、やってもいいんじゃないか」
雷火は強引に聖人へと箱を渡す。
「やるかどうかは、少し考えさせてくれ。それと、こんな物まで用意してもらって悪かったな」
「いや。いいよ。どうせ次いでだったし」
「次いで何だ」
「あぁこれな。実は早期予約特典のコンプ目的に複数個注文してた奴の一つなんだわ。沢山あっても困るし、引き取り先探してんだわ。でだ、ちょうどいい機会だしと思って、お前に配布テロしたわけだ」
雷火の発言に力が抜けなんとも言えない気持ちになる聖人。
「おまえさぁ。やっぱデリカシーなさすぎ」
「よく言われる」
☆ ☆ ☆
「バイト先が物理的に潰れるってどうなんだよ」
一人暮らしをしているアパートへ帰宅した聖人はベットへと飛び込む。
彼は切っ掛となったバイト先である喫茶店のマスターの娘である夢飼妃から届いたメールだを見返す、
件名には『『喫茶店が物理的に潰れたwww』と書かれており本文と写真が添付されている。
本文には、『トラックがダイナミック入店してきたwww。けどみんな無事だったwww。』と興奮気味の文章が書かれており、セピア調に加工された写真には、それを裏付けるように大型トラックが突っ込んで大破した喫茶店を店の外から物悲しそうに見つめているマスターが映っていた。
(ほんと、どんな時でも楽しそうで羨ましいよ。まったく。それに比べて俺は)
急に暇が出来たことで、聖人は否が応でもVRMMOについて考えてしまう。
「はぁ。本当にどうすっかな」
今まで部活に、バイト、旅行等、聖人は気を紛らわせるため色々と試してきた。
だがどれもいまいち、しっくりこなかった。
やればやるほど自分にはVRMMOが一番合っていると再認識させられ、やりたいという欲求が高まった。
「もう、いいのかな。やっていいのかな」
自問自答を繰り返す聖人。
もう答えは決まっているのにそれでも中々、手が出せないでいる。
そんなことを数十分繰り返されようやく、聖人の手が『Continuation of the Legend』へと伸びた。