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【序章】父はかく語りき①

初投稿です。よろしくお願いします。

 大国ウィクトリアの宰相、ジャン・アズベルクには今ひとつの大きな悩みがあった。


 いつもは国の頭脳として手腕を振るい、才気煥発を極める彼は、本日何度目かの溜め息をつく。彼の悩みの種は、奇しくも身内の、自身の息子のことであった。


 息子の名前は、カミル・アズベルク。今年で15歳になる彼は、ジャンからすればまだまだ子どもではあるが、それでも同年代の少年たちと比べればずっと落ち着いていて早熟な子供であることに間違いはなかった。公爵家の時期当主として期待できる機知に富んだ利発な面も見え隠れするようになってきている。

 しかしながらその性格は誰に似たのか、寡黙で誰に対しても素っ気なく、非常に禁欲的(ストイック)。表情に感情が表れることも殆どなく、鋭さを持った双眸が更にそれを引き立て冷たい印象に見えてしまう。


 流石にそんな息子の将来にジャンと夫人は不安を覚え、色々と悩んだ末、二人は息子に婚約者を作ることにした。

 しかしただ闇雲に相手を選んでも、気難しい息子のことだ。安易にその先が想像できた。


 案の定、相性を見るためにそれとなく引き合わせた年頃の令嬢たちは全員が全員、見事に彼に玉砕した。着飾った美少女はうざったそうに振り払われ、贈り物をしようとした令嬢は中身を見ることもなくそれを突き返され、仕舞いには泣き出してしまった彼女たちを無視してその場を去ってしまう始末。自尊心の強い娘ばかりだった事も仇となり、ぽっきりと根元からそれを折ったカミルにはもう二度と会いたくないと、令嬢たちは口を揃えて叫んだそうだ。


 更に最近では両親の良からぬ企みに勘付いたカミルが逃亡するようになり、新規の候補者と会わせることもままならなくなってしまった。

 有能で国王からも頼りにされる男が、まさか実の息子に手を焼いているなど誰にも知られたくない醜聞だ。


 ……だからお前にしか言わない。とジャンは向かいのソファに腰掛けている男に視線を向けた。


 亜麻色の髪と穏やかそうな榛色の瞳、全体的に線が細く中性的な顔立ちのその男は、困ったように形の良い眉をへにゃりと下げた。


「だからって、僕の娘もその対象にしないでほしいな」

「別に会って話をするくらい構わないだろう。大体お前はいつ王都に戻って来たんだ。それに結婚していたなんて話は聞いてないぞ?」


 ジャンは曖昧な笑みをこぼす己の幼馴染みを睨む。


「彼女とは旅先で出会ってそのまま結婚したんだ。報告は、手紙を出そうにもちょっとその頃そういった公共施設がある場所とは無縁の場所にいて」

「またジャングルの奥地で魔法の研究か」

「ははは、まぁそんなところ。でも今回はしばらく王都にいるつもりだよ」


 男は従者が運んできた紅茶に口を付け一息つくと、ゆったりとソファにもたれかかった。

 国の重鎮であるジャンにここまで砕けた態度をとれるのは、王族と恐らくは彼くらいのものだろう。もうかれこれ20年以上の付き合いになる。


 ジルカニエ公爵家のジャン・アズベルクとレニーメディ伯爵家のクリム・キャロ。二人は親同士が知り合いであったことと、共通して魔法に深い関心を持っていたことで自然と仲良くなった。


 ——魔法とは、自然界にいる様々な精霊たちの力を借りて呼び起こす、人の手だけでは成せない術のことを指す。風に、水に、植物に、石に、と精霊が宿る場所は様々あるが、使う人間側にも魔力と呼ばれる力が必要で、産まれた段階でその量は決まっている。

 古来より魔法の能力を重んじる傾向にあるウィクトリアでは、貴族の結婚でも魔力は爵位と同等、もしくはそれ以上に重要視される要素だった。魔力とは基本的に遺伝に左右される部分が多く、性質なども親から引き継がれるからだ。そのためどの貴族も強い力を持つ相手を自分の息子や娘に宛てがい、家の尊厳を守る必要があった。


 ジルカニエ公爵家などはその良い例だ。

 国でも指折りの優秀な人材を排出する一族になった理由が、魔力を重視した政略結婚だからである。

 ジャンはそんな家に産まれ、幼い頃から一族の期待を背負い、日々勉強に励んでいた。


 そんなジャンがちょうど10歳になった頃、家に訪ねて来た夫妻が自分たちの子供を連れてきた。さらさらの亜麻色の髪に、団栗のような瞳の可愛らしいという表現が似合う少年。それがクリムであった。


 初見こそ比較的体格の良いジャンから見たクリムは、貧弱で女々しそうなイメージしかなかった。仲良くなれるわけがないと完全に見下していた。

 正直なところ、この頃のジャンは同世代の子供たちを少々荒んだ目で見ていた傾向があった。高い意識を持つことが当たり前の自分と他の子では、価値観が合わないことだらけで、喧嘩にしかならなかったからだ。


 一緒にいて楽しいと思えない。何度も経験した事実が諦めにも似た感情を生み出し、クリムに興味を持つことすらできなかった。


 今日だけはお互いの両親のこともあるため、仲良いフリをするだろうが、きっとこの先深く関わることはないだろうと思っていた。


 しかし、その考えはすぐに一変した。

 クリムがジャンと同じくらい、否それ以上に魔法の知識に富んでいたからである。

 歴史から始まり特性や扱い方など、魔法が付くことなら何でも貪欲に自分の知識にしようとする姿にジャンは驚きを隠せなかった。


 自然に一緒にいるようになってからも、クリムのすることは驚きの連続だった。


「精霊さん、僕に力を貸してね」


 何度か会ううちにクリムが必ず精霊たちに祈るように魔法を使うことに気がついた。


 確かに魔法は精霊の力を借りて成す術だが、人間に精霊の姿は見えない。発動に特別必要な呪文などもなく、使いたい魔法の魔力を練ることができれば何ら問題なく発動する。

 それを知っていて尚、クリムは精霊たちに敬意を払った。


「僕の夢はいつか精霊たちと会って直接話をすることなんだ。僕は魔法が好きだから、いつも力を貸してくれてありがとうって言いたくて。今はせめて言葉にして気持ちだけでも伝わればいいなって思ってるんだ」


 少し照れたように夢を語るクリムの手に乗せられた植木鉢が淡い光を放つ。魔法で成長した植物が青々と葉を茂らせ、花を咲かし、ひとつふたつと果実を実らせていった。それは間違いなく精霊たちが力を貸してくれている証だ。例え自分たちの目には見えなくとも。

 魔法が使えることが至極当然だったジャンが精霊の存在を意識したのはその時がきっと初めてだった。

 いくら才能があるとはいえ、家のために勉強している自分と純粋に魔法に惹かれているクリムとでは、根本にあるものが違うのだと悟った出来事だった。


「クリムなら叶えられると思う」


 その時のジャンは、羨望にも似たような、良いとも悪いとも言えない気持ちが心を燻っていたが、自然と零れた言葉は本心だった。

 クリムは一瞬意表を突かれたようにきょとんとした表情を浮かべ、しかしすぐに微笑み返した。


「うん。絶対叶えるよ」


 その時ジャンは榛色の奥に強い光を見た気がした。

 それが幻覚じゃなかったのだと思い知ったのは、それからまた数年後のこと。


 成長したクリムは、父であるレニーメディ伯爵から授爵した後も、自身の仕事の合間に時間を見付けては魔法の勉強や研究に明け暮れた。

 驚くべきなのはそのフットワークの軽さだ。いつの間にか国を出ていたり、平気で何日も森で野宿していたり、仕舞いには海を渡り数か月帰ってこないこともあった。


 クリムの情熱を目の当たりにする度に、夢を語った日のことを思い出す。

 その中でも特に今回は長かった。数年単位で戻って来なかったのは初めてで、幼馴染みとして呆れ半分関心半分で見守っていた身でも真剣に心配になるほどだった。

 先日やっと手紙を受け取り、忙しい時間を縫って会いに来たのが今日だ。

 そうしたら、いつの間にか結婚して子どもまでいると報告されたのだ。聞きたいことは山ほどあったが、クリムの子どもが娘だと知ると否や自分の頭痛の原因が脳をちらつき、深い溜め息が出た。悩んでる様子が珍しかったのか理由を尋ねてきたクリムに我慢できずに愚痴を零すことになってしまい冒頭に至る。


「いや、まさかお前に娘がいるとは想定外だったが……」


 ジャンは、思案しながら己の顎を撫でる。


『婚約者候補の一人に』とは冗談のつもりで言ったことだった。しかし冷静に考え直してみると一番しっくりくるような気がする。

 そんな様子をじっと見ていたクリムの眉間に段々と皺が寄っていく。どうやら言いたいことを察したようだ。

 しかし心配させた分遠慮なんてするつもりは毛頭ないと、ジャンはいたずらっ子のように口角を釣り上げる。


「俺は息子とお前の娘を絶対結婚させるぞ」

「あ、やっぱり」


 意気込んだジャンに、再びクリムは力なく笑った。


「でも、僕の娘をカミルくんが気に入るとは限らないんじゃない?」

「お前の娘だ。悪い子なわけがない。非があるとすればそれは間違いなくカミルだ」

「うーん、嬉しいんだけど素直に喜べないなぁ」

「で、今日は紹介してもらえるのか? それからレニーメディ伯爵夫人にも挨拶くらいはしておきたい。お前を射止めた女性だ。やっぱり魔法に詳しい女性だったりするのか?」


 善は急げとジャンは手前にあるテーブルに乗り出し興奮気味に捲し立てた。

 家族ぐるみでの付き合いも増えるかもしれない。夫人とも面識を持っていた方が妻にも報告がしやすい。仕事では絶対見せないであろうテンションで話を進めるジャンの心情を知ってか知らずか、クリムは何か考えを巡らすように視線を上方へと移動させた。


「ミシュアーー娘は呼んでくれば紹介できるんだけど……アルティアとは今別々に暮らしてるんだよね」


 アルティアとはどうやらクリムの伴侶の名前らしい。……が、そんなことよりも突然の別居発言にそれまで上がっていたテンションが急停止後、急降下したのは言うまでもない。

 変わって頭の中を駆け巡るのは喧嘩、破局、不倫といった不穏な言葉。貴族界隈では珍しいことではないそれらも、自身が知っているクリムの印象とはかけ離れ過ぎていて動揺せずにはいられなかった。


「いや……何と言うか、その、すまん……」


 急に静かになったジャンを不思議そうに眺めていたクリムは、突然何かに気が付いたような表情を浮かべた。両手を振って、慌てた様子で否定する。


「待って待って。何だか変な勘違いしてるようだけど違うからね。僕とアルティアは仲睦まじい夫婦以外の何者でもないから。ただ、アルティアがここより住み慣れた土地の方が暮らしやすいから今は離れて暮らしてるんだよ」

「……そうなのか?」


 まさか俺に気を遣って嘘をついてるんじゃないかと、余計なことが頭をよぎる。仕事柄、人を疑うことが染み付いた脳は、友人の言葉でさえ疑わずにはいられないらしい。

 睨めるような視線を向けてしまえば、両手に加え首まで振って全力で否定するクリムの姿が映る。


「いや、すまない。お前に気を遣わせてしまってるんじゃないかと心配になっただけだ」


 落ち着いてから考えれば、気の置ける友人とはいえ失礼な勘違いだったと自分の行いにバツが悪くなった。そのまま視線を合わせて会話をするのも居た堪れず、さり気なく視線を反らす。


 しかしクリムはそれを特に気にした様子もなく、再び何か考えるような仕草を取った後、ぽつりと呟いた。


「ジャンって、カミルくんのこともそうだけど変なところで神経質というか苦労性だよね。そんなに心配しなくてもジャンの子どもなんだから上手くやっていけると思うんだけど」


 その言葉に今度はジャンが首を激しく振る番だった。


「いいや! 駄目だ! あれは面倒くさがって異性を邪魔な存在だとしか思ってない。確かに俺は政略結婚だったが、妻のエーテルとはそれなりに仲は良いんだ。カミルも妻の言う事には素直に従ってくれるんだが、息子の中で何がどうしてそうなったのか、それ以外にはまったく取り付く島もない」


 ジャンも最初は互いの意思に関係なく結ばれた関係だったがそれでも結果的に愛し愛される関係になれた。もちろん古くからの因襲が未だ根を張る貴族社会の中で、出会いに恵まれていたことは否定できない。

 それでも、できることなら息子にも同じように仕事だけでなく家族を顧みる人間へと成長してほしいと思うのは、親として我が侭なことだろうかとジャンは思う。


 けれど、今の状況は本人の気持ちを無視した行為ではあることは十分理解していた。ジャン自身が親が決めた結婚で幸せになれたからと言ってカミルもそうであるとは限らないのだ。もしかしたらある時急に、今の性格がひっくり返るほどの出会いがカミルに訪れるかもしれない。


 冷静になって考えてみると、エーテルと相談している時の自分は物事を客観的に捉えることができず、かなり盲目的になっていた気がする。仕事であればこんな視野の狭い主張など先立って否定する側だというのに。


 少し様子を見てもいいかもしれない。

 クリムと話して頭を整理することで、再思する余裕ができたようだ。


「そうだな。お前の言う通り俺は少し心配しすぎだったのかもしれん。だから、お前の娘にカミルを会わせてからその先は考えることにする」

「うん。それがいいと思うよ。勿論、うちの娘の気持ちもあるしね」


 考えを改めてくれたことに安堵した様子のクリムは、その後喜んで娘を紹介してくれた。


 そして、ジャンは後悔する。『その先は考える』と言葉にしてしまったことに。


 クリムに手を引かれて訪れた少女は、まだ6歳という年齢に相応しくそれはそれは可愛らしかった。カミルの気持ちを優先させる、に傾いていた天秤が音を立てて反対側へと傾くくらいには。自分はやはりこの件に関しては短慮になるようだ。


 クリムには告げることはなかったが、この時ジャンはこの少女を意地でも息子の花嫁にしようと心に誓ったのであった。

R01.10.08 切りのいいところで2つに分断しました

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