「神とは、なぜ私達を作ったのかしら?」
聖女のよう、そんな陳腐な言葉が。なぜか彼女にはしっくりくる、そんな存在自体が幻想のような彼女は今。
さきほどの教会一階で、ステンドガラスからの光で照らされる。巨大な十字架を見つめながら敬虔な信徒のように呟いた。
「神。なぜ私を。なぜ私を、、生み出したの?」
「生まれたくなかったのか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
彼女は十字架を恨めしげに見つめる。おそらくは、彼女のことだ。神でもいれば殴ってやりたいとか思っていそうだ。神をも恐れぬ聖女なのだ。
「まあ神なんていないし。怨みの対象にすらなりはしない。本当に使えないクズだわ」
「クズがクズにそんな事言うか」
「なんですって?」
怒りの視線と声色。十字架に向けていた。そんな後姿をこちらに向ける。圧倒的なまでに研ぎ澄まされた存在のプレッシャー。その圧力は容易く俺を瓦解させる。存在のレベルが違いすぎるからだ。
「クズは、貴方でしょう? そんな情けない也ナリで、何を私にいい募ツノれるの?」
「いや、シャルはクズだ。誰の役にも立てない。そんな使えない女なんだよ、自覚しろよ」
彼女は瞳に涙を滲ませ。つかつかとこちらに歩み寄ってくる。すると手が届きそうな距離で平手を一回。
次の瞬間にはポロポロと涙を地面に落とす。何から何まで存在美が極まっていて、その一つ一つの瞬間が千金に値しそうなほど眩しい。
「ほら、そんな風に直ぐに直情的な暴力だ。どうしようもなくなったら全てを壊す。そんな最低すぎる存在だ、死んだほうが世の中の為になる」
「っ!!、、、。。そうよね、まあそんな当たり前のこと。今さら貴方如きに言われるまでも無いわよ。ええ、そうよ。私は死んだ方がいい。いいえ、死んだ方が良い存在だってことくらい分かってるわ」
彼女は自らの全てを持って。感情を爆発させていた。喜怒哀楽、人の持ちうる感情の全てを。最大効率で生み出し続けている。これ程までに生命力に溢れる存在、俺は本当に知らない。
「どうしたの?早く死なないのか?今すぐ死ねるんじゃないか?」
「どうして、、そんな酷い事を言うの?」
「当たり前だろ。こういう事いわれて、悲劇のヒロインを気取りたいんだろ?愛する者にも見捨てられた。そんな自分はもう死んでもいいんだと、自暴自棄になりたいんだろ? 協力してやるよ。だが振りだけだ、君がいくら死にたいと叫んでも。最終的な一歩は絶対に踏み出させない。君はこの世界でずっとそうやって踊り続けてくれ。見てる分には害はなさそうだ、そうやって生きる事だけは俺が許すよ」
「はっは、、はははっは。そうよね、貴方は私を必要としているものね。私の魅力の勝利なんだわ!!」
彼女はその場で、狂ったような啜り泣き声を発する。まあそれが気持ちいいんだろう。感情をだれよりも欲し愛する彼女は。どんな時も全力全開。常に生に溢れている事を望む。
それがどれほど尊い事か、誰よりも知っているから。そんな悲しいくらいに優しくて美しくて、そして残酷でもある人だ。
生きる為にはどんな過酷な道でも歩むし歩ませる。彼女の美学と価値観はあまりに極端すぎる。それは圧倒的に多くの人を不幸にするであろう、そんな事は容易に想像できる。
「で? 貴方は私をどう使いたいの? 言ってみてよ」
「そうだな。全力で生きればいい。見てるだけで楽しめるって言ったろ?」
「そんな言葉じゃわからない、具体的に何をして欲しいの? 主に貴方が」
「何もして欲しくない。君は勝手な行動をすれば全てマイナスになる。これもさっき言ったろ?だから君に対して何も望まない、俺の為だけに生きればいいんだよ」
「っはっははぁ何も望まない人の為に生きるって、私の命に価値なんてないじゃない!」
「思い上がるなよ、お前の命に価値なんてそもそもない。マイナスの価値をゼロにしてやってるんだよ」
最愛の人間からの存在否定。そんな矛盾以外の何物でしかない、そんなもので彼女は満足するのだろうか。俺じゃーそこまで他人を愛せるのは、彼女ともう一人くらいなものだ。
「私の事が、嫌いなの?」
「好きだと言ったろうが何度言わせる。好きだから見ていたいと言ってるんだよ」
「でも何も望まないと、、」
「そうだよ何も望まないからこそ、マイナスにしかならない。そんな美しいだけしか取り得のないお前を、俺だけは囲ってやれるんだ。感謝しろよな」
彼女は涙を盛大に流しながら。体を限界まで大きく振るわせ続けている。何かどうしようもない憤り、その他怨みや負の感情を。やり場のない自分自身の内に落としこんでいるのだ。
そしてもう耐えられなくなったのか。俺の胸に突撃してきた。俺はその前動作で抱える体勢だったので。難なく彼女を胸に抱きとめた。
「うぅ、、ぅううう、、やだ。こんな世界!生きていたくない!!死にたいよ!!なんでただ生きてるだけで!!こんなに痛くて痛くて痛いのよ!!」
「しょうがないだろ。それが生きるってことなんだって、お前は誰よりも理解してるんだろ? 大丈夫だよ。一人じゃなければな。他人の命に、生命に。無限に夢や希望を見て、その将来に無上の理想を見る事ができる。そんなお前は他人を糧に生きていけるんだろ?」
「ばかぁ!そんなのは、貴方以外に気休めにならない!!私を真に愛してくれる人以外の!貴方以外のそれは全く意味がないの!!なんで!なんで!!みんなを愛せないの!!やだよ!こんな醜く穢れた私自身が!!!」
「いいんだよシャル。そんな醜く穢れたお前を。少なくとも俺だけは愛してやれる。それじゃ不満か?」
「不満に決まってるでしょ!!貴方一人なんかで!私が満足すると思ってるのぉ!!こんなくっそくだらない世界で、生きてるだけでとんでもない苦痛がともなうのに!!たった一人貴方だけで!なんで満足しなきゃならないの!!」
嫌々する子供のように、ただどうにもならない現実を拒否する。そんな駄々っ子のような彼女だ。命が世界を否定しているのだろう。死にたいんだろう。ならば死なせてやるのが慈悲だ。生きてても辛いのに、生かすのは必ずしも正しいことじゃない。
「でも、少なくても俺は。絶対にシャルを愛しているんだよ?やっぱそれでも全てがゆるせない?」
「ゆるさないわよ。誰が、誰で、どうしてこうなってるの?全てを破壊する灼熱の意志だけが。生きる痛みに打ち勝つ方法。私は絶対に死んで負け犬にはならない。この世の目に見える全て。宇宙の真理すら打ち壊して全てを終らせる。その後に一片だけ残った私を最後に殺す。それが私の人生の究極的勝利の形。だからそれまでは絶対に死なないし殺させない。何もかも許さない事が。それのみが私の生き方。復讐鬼は誰よりも強いのよ。そうたった一人でも支えてくれる者や残った人がいればね。それが貴方だっただけの事。別に特別でもなんでもない、たまたまそういう存在が貴方だけ。代わりはいくらでもいた。絶対に私は貴方も最終的には殺す。その事実を良く覚えておきなさいね。だって許さないんですもの、貴方を含めた全てを。全てを殺しつくした暁に私を殺す前の前菜が貴方。私の次に許せない存在なんだからね。私を生かす最大のピース。私以外でたった一人、ギリギリで私の生命を繋いでくれた恨むべき人なんだから」
野獣よりも、神話の竜すらも。彼女の人間だけが抱えうる無限の矛盾の螺旋から生じる、そんな混沌からの殺気に恐れおののくかもしれない。
ただ絶対の愛を彼女から感じる、俺だけがこんな彼女を受け入れられるし愛したいとも思える。こんなどうしようもない様を見てると、改めてそう思った。
だってこれは余りにも歪ユガみいびつに壊れすぎている。その破綻までのギリギリを保ち、最低限整合性を維持できるのは。彼女が永遠に夢見、理想の姿を希望に持ち続けられる存在が。この世に最低限一人は居るからに他ならない。
「それでも恨みながらも感謝してるんだろ?俺に命を繋いでくれてありがとうって」
「もちろん。愛しているわよイツキ。それと同じくらい恨んでもいるけどね。愛憎ってまさしく私の感情ね、まさしくまさしく極地と実感できる。貴方を生かしつつも殺したい、生かさず殺さず。私とともに生に苦しんで欲しいって思ってるんですもの。同時に幸せにもなってほしい、誰よりも。そう他ならない私よりも。貴方だけはこの世界で私以上の生命の輝きを持って欲しい。だからきっと私は口ではああ言いつつも、最終的には貴方を殺せないでしょう。他の全てを許せなくても貴方だけは許してしまう。そして言うの、最後は貴方の手で終らせて。銀のナイフを貴方に渡して最後の介錯を頼むでしょうね。そう私が許せるのは貴方だけだわ」
「それは嘘だな。どう考えても。シャルは欲深い。自分も生きて俺と一緒に生きる選択をするだろうよ」
「どうかしらね。貴方が私を殺さなければ、もしかしたらそうもなるかもね」