2話 交差点の悔恨
「よく立ち上がったな。だが、その傷ではもうほとんど動けまい」
「あは、傷ぅ? なんの事だか分かんねぇなぁ!」
「何っ!? ぐっ、強い!!」
左腕を大きく振るい男を吹き飛ばす。皮膚の強化とはまた微妙だが、打撃よりも刺突に対する防御力の方が高そうなイメージだ。
それよりも、久しぶりに能力を使って脳が興奮しているのか。言葉遣いが自分でも気持ちが悪い。
ふぅ、落ち着いてきた。
あれこれ考えている時点で冷静になっていたのかもしれないが、それはまぁ知ったこっちゃない。
「014!! 急げっ! くそっ! 応答無しか!?」
「なんだなんだ、勝手にそっちの一人が死んじまったか?」
狙撃手に何かあったのか、それともブラフか。どっちにしろ攻めるだけなのだが。
「ふぅ、014はそこまでヤワじゃない」
「もう今更どうでもいいよ!!」
その力に武はない。圧倒的な剛で押し切るだけの喧嘩技。
爪を立て、男を突き刺すように腕を突き出した。男は腕で防御したが、その腕に指が沈んでいき、男は辛そうな声を上げている。
血がどくどくと流れ続け、その血は俺の擬似的な左腕を伝ってきた。冷たさや温かさといった温度はは感じない。いや、感じられなくなってしまった。
「お前は悪くないのかもしれないが、邪魔をしたから容赦はしない」
「くっ、悪はお前にある。妙な上から目線で偽善者ぶるな!」
「そうかい」
その目には1点の曇もなく、ただ純粋に悪に立ち向かうヒーローのような輝きがある様な気がした。さしずめ人外の霊覚者の俺は悪なのだろう。
300人の命を奪っておいて悪ではないなどと今更弁解するつもりもない。俺は悪なのだろう。
俺は素早く左腕を引き、再び突き出した。次は男の横腹に突き刺さった。そのまま左手首をひねり、肉をえぐる。男が俺の肩に置いた手をめり込む勢いで握り締めた。
しかし限界は近かったのだろう。直ぐに肩にかかっていた握力は弱くなり、ドサッとうつ伏せで道に倒れ込んだ。
「結局狙撃はなしか」
誰かが014とやらを始末したのかいつまで経っても俺の脳天にぶっ込まれる弾丸はなかった。
『肉体の崩壊まで残り820秒です』
ここで無駄遣いする訳にはいかないので霊力接続装置の電源を切った。それと同時に擬似的な左腕は空中分解し、再びパーカーの左腕部分はダラリとなった。
砂埃を払い、腰を抜かしているもう一人の男に向き直った。
「っ、しょ、傷害罪で、現行犯逮捕するっ!」
「悪いがそれは聞けないな。それよりも、まだ息はあるが病院に運ばなければ出血で死ぬぞ」
「救急車はもう呼んである! これ以上罪を重ねる前に出頭しろ!」
あれだけビビっていたくせにちゃっかりやることはやっているんだな。有能なヤツめ。
「気が向いたらな」
今さっき出てきたばかりだというのに、今ここで捕まるなんて笑えない冗談だ。
俺は男の止血をしている男に背を向け歩き始めた。
遠くの方から救急車特有のサイレンが聞こえてくる。
俺は何事も無かったかのように再び件の交差点へと向かっている。
朝10時すぎ。交差点の人混みは少しマシになったと言ってもいいだろう。交差点は3年前に陥没したとは思えないほど整備されていた。全て新しいコンクリートで塗りつぶし、白線を上から引いたのだろう。
「ようやくここに来れた。……六華……すまなかった」
300人の命日が今日だ。朝から交差点には大量の花が添えられていた。泣き崩れている人々、ただただ手を合わせている人々。様々だが誰もが犠牲者を思ってここに集まったのだろう。
俺の口からも3年分の気持ちが漏れ始めていた。
「お前を巻き込んだ。守ると言っときながら……守りきれなかった。死ぬはずだった俺はお前を苦しめた相手に敵対する政府に捕まって利用されたよ。やつらは死んだか? そっちに居るか? ……居ないんだろうな。ゴキブリ並みの生命力を持つヤツらだ、あれだけで死んだはずがない。……俺はまだそっちには行けない。悪いけど、全部やりきるまで待っていてくれ」
言葉を言い終えた時には既に地面には涙のシミが出来ていた。止まらぬ涙が瞳から流れ続けていたが、嗚咽を漏らすことは無かった。
殺した俺が後悔の音を奏でるのは死者への冒涜に過ぎない。本来ならばここにいる人々全員が俺を殺す権利があるのだから。
「感傷に浸るなよ殺人者。お前には悲劇の主人公ってピエロがお似合いだよ」
「……っ!? ……魔法師っ!!」
突然大声を出した俺に驚いて周りがざわつき始める。この声は俺にしか聞こえていないようだ。
この声には嫌という程聞き覚えがある。3年前の元凶の一人、案の定生きていたか。
「だーかーらー、魔法師じゃなくて名前で呼べっつってんだろうが。まさか忘れたとは言わせねぇぞ? いや、忘れられるわけないよなぁ!?」
魔法師という生き物は基本名前で呼ばれることに誇りを持っている。それは周りとは違うと明確に感じられるからだ。
一気に口が悪くなった糞野郎を無視して人が少ない場所へと向かって歩く。
「おいおい、ここにいる一般市民の方々を利用しちまってもいいのかぁ?」
「……好きにすればいい。だが、お前が気配を見せた時がお前の最期になると思え」
「ひゃっひゃっひゃ! 怖いねぇ、大量殺人者は言うことが違うよ」
魔法師は自身の魔力だけで戦う者は愚者と言われている。自身の魔力を利用し物を支配する、媒介魔法というのが主流だ。
その魔法師の武器の為の素材は大概が生物だ。いや、肉片でも構わない。奴らはどんな形の生物でも肉の塊としてしか扱わない。
それこそら人間50人を素材にして空想上の怪物、ドラゴンなどを作り出す。それを考えるとドラゴンも空想上の怪物とも言えなくなるのかもしれない。
しかし、大規模な媒介魔法は予めの準備が必要だ。一般市民を使う気ならここに既に魔法陣の気配があるはずだが、今のところそれらしきものは感じられない。
「六華が死んだ今、お前達には計画を進める手立てがないだろう? つまり、お前らは俺に狩られるのを待つだけの木偶の坊だ。大人しく待ってろ」
「いやいやいやいや、君の体でいいじゃないか! そこに最高の素材がある。なら奪わない、なんて選択肢はないよぉ!!」
その声と同時に、目の前にあったビルに多くの魔法陣が浮かび上がった。数はざっと30くらいだろうか。
「さぁ! パーティーの始まりだぁ!」
俺は再び霊力接続装置に手をかけた。
「ゴミになっていない一般市民を見捨てる気はないぞ、魔法師ハーヴェスト!!」
3年ぶりの魔法師との戦いが始まった。