プロローグ
これから頑張ります!
霊力。
英霊、悪霊、精霊、神霊。あらゆる霊的存在を観測させる物質。
人間の血流の中にもその霊力は流れていて、霊力接続装置の使用により、その体内の霊力を霊的存在と接続することで力を得られる。
話は現実に入り込む。
例えば、目下の交差点を縦横無尽に埋め尽くすゴミ共はこの存在をどの程度認知しているだろうか。
答えはゼロだ。
俺はまだその日のビルの屋上から見た色褪せた光景を鮮明に覚えている。
交差点に人の安全を守るための白線が引かれていた。しかし、その日の人の数は尋常ではなかった。その白線など欠片も見えない。
不自然な人の多さには不自然を引き起こす原因がある。それはデパートのバーゲンセールであったり、有名シンガーの路上ライブと大きく変わらない。
それがこの日はタチの悪い生物が引き起こした人為的なものだった。
「魔法師の餌になるくらいならゴミのまま逝け」
蠢く影を正確に捉えられている訳では無い。敵はこのゴミを吸い取る為にこの地に集まっている。
俺は躊躇なく右腕の手首に巻き付く霊力接続装置を起動させる。片腕の俺には口でその装置のストッパーを外すしかない。
そして、左腕を構えた。
そのまま急降下。ビルの屋上からその交差点の中心に目がけて落下しながら左拳を打ち出す。
そして、数十分後。
「残念だよ。お前を軍政特殊処罰、隷属囚の刑に処す」
その日から俺の首には重たい重たい鎖が嵌められた。
一般人の知らない汚物の塊のような政府の奴隷になった俺の名前は、雲海玲夜。
一般人よりもクズを自覚する男だ。
◇
和。和式の食住に囲まれ今日も一日を始める。
両親は既に家を出たのか、はたまた昨日も帰ってこなかったのかは知らないが特に支障はない。今日に限ったことではないのだから。
口に豆腐を運びながらテレビのニュースの音声を聞き取る。
『今日であの事件から3年、大蔵市内の交差点で起きた陥没事故。不慮の事故により尊い300人の命が失われました。私達はーー』
かれこれ十数年朝ご飯に豆腐を食べ続けているが、味の違いはもちろんのこと、何が美味しいのかも分かっていない。
今、あの事件から何年と言われたところで、『そう言えば』くらいにしか思わないのは私だけでは無いはずだ。
大蔵市に在住しているこの身だが、実のところ3年前はここではないどこかの山奥のお屋敷に住んでいた。その事も、物騒な事件に対して無関心な今どき女子高校生を作り出した一旦だろうと私は思っている。
時計の短い針は7、長い針は30を指している。そろそろ学校へ向かうべき時間だ。
朝食の後片付けは10分前には済ましている。学校指定の靴に足を入れ、絶滅危惧種の横開き戸を閉め、庭園と言っても良いほど立派な庭を通り抜け歩道に出た。
朝から部活動に励む学生にしては遅く、通常の登校時間にはまだ少し早いこの時間。いつも通り自分と同じ制服を着る学生を見かけることなく学校に到着した。
では何故、誰も登校しない絶妙に微妙な時間に私が登校しているのだろうか?
その答えはボッチ同好会だ。
その名も園芸同好会。メンバーが私しかいないのにも関わらず生徒会に同好会と認められている理由と経緯はまた今度の機会にしよう。
学校の中庭、正門から校舎までの道脇などなど。花々は今日も美しさを保ちながら登校してくる生徒を迎え入れる。
その管理こそが私(園芸同好会)の日課であり、この絶妙に微妙な時間を学校で必要とする理由だ。
(……片腕??)
裏庭の手入れをしていた私の目は人通りが比較的少ない裏庭に接する道に向けられていた。春風が体を吹き抜けた。そう感じた時に目に入ったのだ。
黒のパーカーにジーンズ、身長は170程度だった。フードを深く被っているため顔を見ることは出来なかった。
風が吹いた瞬間に右手でフードを押さえた時、本来左腕を内包しているはずのパーカーの腕の部分が風にたなびいていた。
風に吹かれヒラヒラと後ろにたなびく袖先、その様子は朝方に迷いでた亡霊の残光の様だった。
「綺麗な花だな。これで俺もクズ共の代わりに死んだ意味もあったってもんだ」
これは独り言なのだろうか? 迷うラインではあるが、その独り言(?)の対象が私の手元に広がる花々に向けられているのは確実だ。
それに死んだと自称しているが、どっからどう見ても目の前にいる。
私に霊感が目覚めたなんてことがない限り少しアレな人なのかもしれない。
「い、一輪いりますか?」
「いや、遠慮しておく。あなたに大切に育てられたその花が可哀想だ」
ああ、残念な人なんだな、これは。
声からして男。厨二病と言うやつは男の方が発症しやすいらしいし、そうなんだろう。
その人はそのまま歩いて曲がり角の先に消えていってしまった。
朝から変なものを見たと思いながらも、そろそろ予鈴が鳴る時間である事に気付き、小走りで教室へと向かった。
◇
「では今日はここまで。号令」
「起立、れーい」
「「ありがとうございましたー」」
今日の授業が終わって、生徒の大半は自分が所属する部活の部室へと向かっていった。
「雲行きが怪しいなぁ」
今にも雨と雷をふらせそうな雲が太陽を隠し、空の半分以上を占めていた。
天気予報は晴れのち曇り、所々雨だったはすだ。裏庭と中庭の花壇にはブルーシートをかけて帰ろうかな。
「上凪は職員室に来てくれ。教頭がお前に話があるそうだ」
ああ、またか。
こう思ってしまっても仕方の無いことだろう。この学校の教頭を務める彼は私の親が大蔵市教育委員会に強いパイプを持っていることを知っている。
それを利用しようとしつこく私に媚びを売ってくるのだ。
「何度も言っていますが、両親は家を開けていて私の方こそ会いたいくらいです。だからご期待には添えません」
「そこをなんとかって、あっ、別に無理にどうこうしようと言っている訳ではなくてですね」
「用事があるので失礼します」
後ろで何か言っていたが私の耳には届かない。扉を閉めて後ろを振り返ることなく下足に直行した。
この呼び出しのせいで帰る時間が15分遅れてしまった。
運悪くこの15分の間に空模様はより一層悪くなり、花壇の上には雨粒が降り注いでいた。
傘立てから自分の傘のはずのビニール傘を取り、校舎の外に出た。ダンス部が校舎内に避難しているのを横目にしながら、校門を通過した。
何を血迷ったのか寄り道しようと思い立ち、下校路とは別の道に入り込んだ。
この選択が私を悲劇に巻き込んでいくこととなる原因だった。
いや、もしかしたら違うのかもしれない。
朝、彼に会ったことが全ての始まりだったのかもしれない。