第五話 現実
「…な…な…なんて無理矢理なんだくそ…!」
慣れない馬に乗ったグロリアが城の前の広場に座り込む。日は既に沈み、活気のあった街は静けさに包まれている。
「何を情けない顔をしている。これでもジョセフィーヌはとても気を遣った走りをしてくれていたのだぞ?それなのに、やれ落ちるだの酔いそうだの攣りそうだのと小言ばかり…。」
アステールはジョセフィーヌを慈しむように撫でながら、呆れたようにそう投げかける。ジョセフィーヌはグロリアの姿をしたアステールを一目見て、自分の主人が誰なのかちゃんと把握していた。そんなジョセフィーヌに向き直ると笑顔で流石だぞ、と褒めるのだった。
「あ、あたしは…あんたらみたいに慣れてないんだっての…!くそ…尻が…!」
「なっ…!!」
グロリアのその言葉に口を押さえて身を震わせるアステール。その様子をお尻を撫りながら訝しげに見上げるグロリア。
「俺の口から何て言葉が…!!!せめて、せめて"お"を付けてくれ…!せめてお尻と…!!」
「だぁぁめんどくせぇぇ!!」
「アステール様、ご準備が整いましたので自室へ。」
2人のやりとりを止めるようにレフトが駆け足でやってくる。この状況をあまり多くの人間に知られるわけにはいかない。開かれた大きな扉。アステールは慣れた足取りで屋敷へと足を踏み入れた。屋敷の中を静かに、しかし堂々と歩くアステール。初めて見る煌びやかな世界に、グロリアはキョロキョロと辺りを見渡した。アステールの自室前にはライトが立っている。ライトはアステールを確認すると静かに扉を開けた。
「…先ずは自己紹介をしよう。」
部屋のテーブルを挟むようにして煌びやかなソファに座るアステールとグロリア。傍には紅茶を用意したライトが、扉の前にはレフトが立って聞いている。
「俺…ゴホン、僕はアステール・フォス・ヴィエート。この国の王族であり、この国の第ニ王位継承者だ。こちらが僕らの側近ライト。あちらが王国騎士団新兵のレフト。レフトとは友人の様なもので、自室にも何度も呼んでいる仲だ。何か質問は?」
突然の内容に開いた口が塞がらない状態のグロリア。
「くぅっ…俺の顔でその緩みきった顔をやめてくれ…!!」
「アステール様。」
ライトに釘を刺され我に帰るアステール。咳払いをして姿勢を正す。
「僕らは今日、隣村の美しい女性とやらに会いに出ていた。隣村としか聞いていなくてな…そこでリモの村へ、その女性がいるのかどうか話を聞きに向かった。リモの村を囲む森の途中で、君が倒れているのを見つけたんだ。」
「で?心配して起こすのではなく人の寝込みに付け込んでキスをしたと?」
躊躇無く放ったグロリアの言葉に、ライトとレフトは声を上げる。
「…それは、すまなかった。自分でも分からない、君を見つけた途端吸い込まれる様に体が動いて…。」
真剣な表情に、グロリアは押し黙った。
「接吻を交わした所までは分かりました。それで何故この様な事態に?」
傍のライトが静かに割って入る。アステールとグロリアは顔を見合わせ首を傾げる。
「彼女の見事な頭突きを受けてから…か?」
その言葉にグロリアも頷いた。
「……つまり、貴方の頭突きでお二人の中身が入れ替わってしまったと?そんな馬鹿な。」
にわかに信じ難い事実に、ライトが鼻で笑いながら言い放つ。そんなライトに、声を低くして言い放つアステール。
「ライト、先程も言ったろう。それとも僕の言うことが信じられなかったのか?」
「……失礼。ですが…この様なことがあってたまるもんですか。これからどうするおつもりで?彼女にも御家族がいらっしゃる。事情説明は?アステール様だって…もうじき国民の前に立つ事になろうとしているのに…よりによって……。」
こんな一般庶民、しかも村娘と入れ替わるなんて、その言葉は流石に飲み込んだ。
「…すみま、せん…あたしのせい…。」
その重い空気に耐えきれず、グロリアは絞り出す様にそう言った。俯いたグロリアの表情は、正面にいるアステールにも見えない。
「……くぅっ!俺の顔でその様な苦しそうな顔をするな…!俺まで胸が痛む…!!美しい!!」
重い張り詰めた空間を和ませる為の、アステールなりの気遣いだった。そんな突然のアステールの言葉に、グロリアは驚き顔を上げる。その様子にライトがまた口を開く。が、アステールの真剣な声がそれを遮った。
「なってしまったものをあれこれ言っても状況は変わらないだろう、ライト。これ以上彼女を批難してやるな。彼女も被害者だ。まず、ライト、レフト…分かっているだろうがこの事は他言無用だ。もしもの時はお前達でも切り捨てる。次に、明日日が登り始めるころ彼女の家へ向かおう。訳あって城の使用人として雇う形で話を付けよう。安心しろ、勿論お金は払う。そして君には…まず僕らの生活に慣れてもらおうか。」
「ま、待ってくれ!んな事急に言われたって兄貴達だって止めるし…無理だ…!!」
「申し訳ないが、申し訳ないと少しでも思っているのであれば、少しでいい、付き合ってもらいたい。この国の為に。」
村娘に降りかかる国の為という大きな責任、グロリアの目の前は暗闇に包まれた。




