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第18話 それぞれの想い

「アステール様……?」


 アステールの自室には誰も居ない。何事かとライトは部屋を飛び出した。


「ローレル、仕事中申し訳ない。アス…グロリア様を見かけなかったか!?」

「ライト様?どうされたのですか?グロリア様なら…国王陛下に呼ばれて執務室にお行きになられましたよ。」


 言葉も出なかった。まずい、とお礼も言わずに執務室へ向かう。いやだが、向かったところでどうする。どうする術も持ち合わせては居ないのだ。


 一方グロリアは暴れて言う事を聞かないジョセフィーヌに跨りやっとの思いでリモの村の麓の森まで辿り着いていた。


「ったく、お前の主人の為だって言ってんだからもうちょい言うこと聞いてくれよ…。」


 木に手綱を縛ると慣れた足取りで森へと入る。が、その表情は緊張そのものだった。日の光が差し込む開けた所…アステールとの出会いの場へ行くと、グロリアは四つん這いになって草を掻き分ける。あの時老婆に貰った小瓶を探して居たのだ。


「っ…!あった、これだ!!何か書いてあったり…いや…そんな簡単にはいかねぇか…くそ…。」


 入れ替わった原因を突き止める為の手掛かりを探しに来て居たが、早速詰まってしまった。村の教会の書庫に行けばあの老婆の事も何か分かるかも知れない。思い立ったグロリアは服についた草を払うと歩き出した。



「貴公がグロリアか、そう固くなるな、楽にせい。」


 落ち着いた表情でそう声を掛けるウシュック。アステールは拳を握った。


「先日下町であった一連を聞いたぞ。実に見事な対応だったというではないか。」


 その時の状況を思い出し、唇を噛むアステール。なんの為に呼び出されたのか、本題はなんなのか、兎に角早くここから逃げ出したかった。


「あぁいや、少しだけ時間を作れたからね、貴公の話を聞いてみたくなったのだよ。アステールが一目惚れをしたという噂の村娘のな。」

「……そんな…事で……。はは、そんな、お話出来るような面白い事など持ち合わせてはおりませんよ。」


 頭を掻いて笑顔を作る。早く抜け出したい。不用意に話に乗って執務室まで来るのではなかったと後悔してももう遅い。


「アステールが惚れたなど…嘘ではないか?」

「は?」


 突然の低い声に、アステールは固まった。


「端的に聞こう。貴公の目的は何だ。金か?地位か、名声か?何処の国の者だ。何を企み潜り込んできた。」


 成る程なと、アステールの顔から笑顔は消えた。素性も知れない村娘。国の為に何かあってからでは手遅れだ。


「返答次第では監禁させて貰おう。王である私の命令によってな。」

「…目的…ね。私の命はアステール様に捧げて居ます。解釈は陛下にお任せいたしますが…アステール様はどうお思いになられるでしょうね。何故アステール様が陛下に心を開かないか…今のままの貴方では理解は出来ないでしょう。」


 ウシュックを睨むアステールに、部屋には緊張の糸が疾る。


「…くっ…ははは!!!何とも肝の座った娘だ!まさかこの私を逆に脅してみせようとは!!…アステールは…母親を早くに亡くして居てね。その原因が私にあると、憎んでいるのだよ。家族を…国民を蔑ろにした結果だと。彼奴は人一倍繊細で優しい。下町の現状も許せないのであろう。ここ王都オストハウプトだけではない…貿易の要であるランゲンカップ、農業の街インゼル、花の都ローゼンブルグ…隣接する街毎にも問題は抱えている。彼奴が見えているのはまだ目の前だけだ。この先もっと多くの事を知った時…受け入れられるかが不安で仕方がない…。」

「そ…れは…何処の街もここと変わらないというのですか!!この街だけでも多くの民の心を擦り減らしておいて…!!貴方には何が見えているというのですか!!!」

「家族だ。私には家族しか見えていないよ。これまでもこれからも。多くの民は我が家族の為の礎に過ぎない。」


 当たり前のように発せられたその言葉に、アステールは固まり襲い来る吐き気に膝をついた。あぁ、何を言っても無駄なのだ。変わらない、このままでは変わらない。目の前に居るウシュックは、人の上に立つべき人間ではない。彼は…人の皮を被った悪魔だ。自分にも同じ血が流れているのだと思うと、今すぐにでも体を掻き毟りたくなる。



「あらあら、こんな森しかない村にどうされましたか?グロリアは、グロリアはいつになったら帰って来られるのでしょうか?」


 教会に礼拝に来ていた老婆に引き止められたグロリア。急に声をかけられて驚いたものの、そこに居たのはジャムを届けてくれる隣のおばさんだった。


「あ、あぁ…婆ちゃん……悪い、今そのグロリアの為に調べ物に来てんだ。周りの奴らには秘密にしておいてくんねぇか?早く、早く戻ってくっからさ。」

「……そうかい、元気ならいいんです。あの子はあたし達村の可愛い可愛い…大切な宝だから…。書庫は右手の扉です。あまり遅くなる前にお帰り下さいねぇ。」


 会釈をすると足早に書庫へ向かうグロリア。魔女や魔法、まじないの類の本を数冊手に取ると窓際のテーブルへと向かう。読み慣れない分厚い本を読む事への抵抗はいくらかあったが、背に腹は変えられない。解決の糸口を探す為、その本のページをひたすらめくった。


「だぁっ!駄目だぁ…!わっかんねぇ…!なんなんだあいつは…。」


 読み慣れない本を3冊読み始めた頃、とうとうグロリアの我慢の限界が訪れた。椅子の背に寄りかかり、大きなため息をついて天井を見る。そもそも一日で解決するとは思っていない。今日はここまでにしようと教会を出た。見慣れた風景。少しくらいなら…と村を歩く。


「アステール様?」


 不意に声をかけられて、勢いよく振り向くと、そこにはダイヤが食材を抱えて立っていた。これから食事の準備か、と兄の手料理の味を思い出す。


「…あ、あぁいや、少し、調べたい事があって…。」


 そうだ、と思い出す。あの老婆は自身の家へ来たのだ。もしかしたら誰か知っているかもしれない。村の住民では無い事は判明しているが、あの日目撃した人間が別にいるかもしれない。そんな、半ば願いに近い思いが浮かび、グロリアはダイヤを見た。


「あの、アンタは…フードを被った、腰の曲がった婆さんを知っているか?それかこの…小瓶を見た事とか。」


 ポケットにしまっていた、先ほど拾った小瓶をダイヤに見せる。


「この小瓶は分かりませんが…そのフードを被った婆さんというのは、この村の昔からの言い伝えの魔女の事でしょうか?いえしかし、この小瓶と何の関係が…軽薄な事を申し上げました、何でもありませ」

「魔女!?」


 ダイヤの答えに食い気味に飛びつくグロリア。その勢いの拍子に紙袋からはリンゴが一つ零れ落ちる。そのリンゴを小さな手が掴んだ。


「ダイヤ兄ちゃん、はい、リンゴ落ちたよ!」


 そこには薄い水色の髪と目をした小さな男の子が立っていた。見間違う筈もない、グロリアの大事な弟だ。


「あ、こらトルン…!また学校を抜け出したのか…!」

「あの時の綺麗な髪の毛の人が見えたから!お姉ちゃん返してって伝えたくて!」

「…まったく…失礼があってはいけないよ。この方は僕らの国の偉い方なんだから。ちゃんと伝えておくから、お前は教室に戻りなさい。グロリアが帰ってきた時、立派になっておくんだろう?」


 そんな兄弟のやり取りを、グロリアは静かに眺めた。そして、トルンの前に膝をつくと、何も言わずに抱きしめた。ただ静かに、美しく。せめてこのくらいのご褒美があっても良いだろうと、トルンの頭をポンポンと優しく撫でる。そんな様子をダイヤも黙って見ていた。


「…お兄ちゃんは、お姉ちゃん好き?」


 純粋な目でグロリアを見つめるトルンに、優しく微笑み静かに頷いた。暫くしてダイヤに釘を刺されたトルンはまた来てねと満面の笑顔で学校に戻って行った。


「ありがとうございます。グロリアと離れて…寂しい思いをしていたでしょうから。」

「…すみません。」

「あぁいえ!仕方の無い事ですから!こちらこそ、どうしようもない事に何度も申し訳ございません!それで、その…魔女に関しては恐らくグロリアも知っていると思います。」


 自分が?と首を傾げるが、そんなに簡単に思い出せる筈もない。


「この森の昔からの言い伝え、と言うべきでしょうか。この村の童謡にも成る程有名な話ですよ。森の奥には魔女が棲む。綺麗で怖〜い魔女様が。彼女は優しい魔女だから〜貴方の願いを叶えます〜。信じましょう〜信じましょう〜さすれば願いを叶えましょう〜。…ふふ、とんでもない歌詞でしょう?」


 そうだ、この歌はこの村の誰もが知っている。知っているが故に現実味がないと思っていたが、願いを叶えるというキーワードが引っかかった。あの時、老婆が言った言葉…信じるかという問いかけとこの歌の歌詞。もしもそれが本当だとして、自分の願いというのは?自身のことなのに思い当たりが無かった。


「助かった、一旦帰るよ。ちょっと聞いてみる。」


 ちゃんと思い出そう、あの時を。先ずは帰ってゆっくりと。ダイヤに別れを告げると森の入り口まで急いだ。

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