第16話 隠された闇
「アステール様!婚約とは本当ですの!?!?」
「私達はどうするの!?」
城下町を案内することになり城を出たグロリアとアステール、そしてレフト。城の前には貴族街のお嬢様達が集まっていた。
「…おいおいアステールさんよぉ、これは何事ですかぁー?」
現状にうなだれて、隣にいるアステールに小さく嫌味を放つグロリア。
「うーむこれは面ど…厄介…言葉を選べん状況だな。」
「ふざけてる場合じゃねぇ事だけは分かってくれな?」
護衛に付いていたレフトの隊が道を開けアステールは顎に手をやり悩む。
「アステール様!?その女、村娘なのでしょう!?」
「アステール様には不釣り合いですわ!」
「どうか村娘なんてやめて下さい!」
お嬢様達から投げられる言葉に、グロリアは段々と腹を立てていた。自分はアステールだと言い聞かせて拳を握りなんとか耐えていた。その様子に気が付いたアステールが、爪痕が残ると駆け寄った瞬間、グロリアの我慢の限界が来てしまった。
「さっきから聞いてりゃ言いたい放題言ってくれてんなぁ!?村娘!?村娘結構!見ろこの俺に相応しい美しさを!文句のある奴、コイツに勝てる自信のある奴居たら出てきてちゃんと面と向かって言えや!!!」
城下町一体に響いた声。同時に辺りは静まり返る。グイと引き寄せられたアステールでさえ、言葉が出ず目を丸くした。レフトが慌てて居るのが視界の端に移る。
「…あっ…やべっ…。ゴホン!と、兎に角、俺はコイツに、ひ、一目惚れしてしまったんだ!それを悪く言われたら腹を立てたくもなるだろう!お前達も綺麗なんだ、きっと良い出会いがある。時間がある時は話なりなんなり聞いてやるから、俺らの事は見届けてくれないか?」
静まり返るお嬢様と、開いた口が塞がらないレフト。そして今にもショックのあまり倒れそうなアステール。
「…アステール様…。そう…貴方もやはり殿方ですわね…。驚きはしましたが殿方らしいアステール様もまた魅力的ですわ…。」
「えぇ、まだお若いのに無理をなさっていると思っていましたの。アステール様のありのままの姿を見られて嬉しいですわ。」
「それもこれも、きっとそこの…村娘、は失礼ですわね…未来の奥様のおかげですわね。」
一変、次々とグロリアを讃える言葉が飛び交いだす。なんて平和な思考回路なんだと、グロリアは鳥肌が立つのを感じていた。グロリアにとっては、都合のいい解釈のされ方がまるでアステールを相手にしているかのようだった。
「そ、そうだろうそうだろう…!ふふ…中々最近は…!男性らしさに目覚めたようで…!今までの品の良さはしっかり残しつつ…より魅力的になってしまう罪な人間なのだ…はは…は…!」
引きつった声でアステールがそう言う。
そんなアステールの手を引っ張り一先ず広場を抜けた一行。広場を抜けた丘の中腹部は貴族街になっており煌びやかな建物が建ち並ぶ。街を行き交う住民からの挨拶の声に、グロリアは慣れない作り笑いを向けて進んだ。坂を下り終えると広がるのは職人街と住宅街。貴族街とは打って変わり、煌びやかな装飾も音楽も流れず、せっせと働く人たちの姿で溢れている。
「アステール様、今日はどうされたのですか?」
大工だろうか、アステール達に気がついた体格の良い男が汗をぬぐいながら深く頭を下げた。そしてグロリアの存在を確認するや否や、姿勢を正した。
「あまり固くなるなシャル。今日は…。」
しまったとアステールは口を止めた。アステールに投げかけられた言葉に対して、初対面のグロリアがズケズケと声をかけるわけにはいかない。
「はじめましてグロリア様。お噂は既に我々の耳にも届いておりますよ。寧ろ私めの名前を覚えていただいて、恐悦至極にございます。改めまして、私はシャルパンティエ・テクトーン!お気軽にシャルとお呼び下さい!私供は代々この街の大工頭を勤めさせていただいております!何かお屋敷やその他設備に不備等御座いましたら直ぐにお知らせ下さいませ!」
背筋をピンと伸ばして爽やかな笑顔を向けるシャル。若いながらもせっせと働き、その丁寧かつ迅速な作業に、この街で名を知らぬ者は居ない程であった。下町から城の工事点検まで全てテクトーン家で請け負い、それを弟子の大工達に流して回しているのだ。あくまでも、城の作業にはテクトーン家以外は立ち入れないが。
「…ありがとうシャル。だが余り無理をするなよ、心配になる。」
「…へへ、勿体無いお言葉です!!ところでアステール様、今日はどうされたんですか?」
「えっ…あ…きょ、今日はグロリアに街を案内しているところなんだ。仕事の邪魔をして悪かったな。」
急に話を振られたグロリアは握っていた拳に力が入る。そうだ、ここでは自分を知らぬ者は1人も居ないのだ、集中しろと、小さく息を吸う。そんなグロリアに、シャルが近寄る。
「アステール様、もし下町へ行くようでしたら、2番街は避けるべきかと。揉め事があり死人が出ており、まだ片付いていないようですので。」
アステールに聞こえないように小さく耳打ちをすると、直ぐに笑顔を作り仕事に戻りますと駆けて行った。
「…シャルは今何と?」
「え?あ、あぁ…えと…お、お前が美しいですねだってよ!良かったじゃねぇか!」
咄嗟に、隠してしまった。アステールに知られるとそこには行かないと言われそうだったから。自分はアステール。現状を見て知って、受け入れる責務がある。アステールなら、きっとそうすると思ったから。
「…ふ、ふふっ…分かっている、やはりシャルは分かっているな…!!なんたって…!今日は快眠だったからなぁ!はははは!!」
「いや…あたしの考えすぎかぁ…?」
グロリアは頭を抱えるのであった。
「ではお二人とも!最後に下町をご案内しますね!」
レフトの声に、2人は続く。そこへ下町から2人の警備兵が走って来た。
「ア、アステール様!この先へ行っては、なりません!」
「2番街で、ジュネルドが暴れて…!とてもじゃないですが!見られる状態では!!」
「バカお前達!今はグロリア様もお付きで…!」
レフトが2人の言葉を誤魔化そうとしたその時、アステールが無言で走り出した。
「え!ちょ!アス…グロリア様!」
レフトの制止も聞かず走り抜ける。グロリアもその後を追いかけた。
「はぁ!はぁ!おいノエルこれはどういう状況だ!!シフォン!何があった!!泣くなリコッタ!!動ける者は皆テクノーン大工工房へ避難しろ!!その時はちゃんとアステールの名を使え!!キルシュ!先導は任せるぞ!!」
グロリアが追い付いた頃、アステールは既に指示を出して居た。住民達は見ず知らずの女から指示を受け戸惑う様子も見られたが、指示を出されたことにより冷静さを取り戻した者も多いようで、次第に纏まりつつあった。何よりも驚いたのは、こんな下町の住民の名前を覚えている事。その光景は、グロリアにとっては衝撃的だった。リモの村の住人は皆、王族貴族に虐げられた者の集まりだったから。一度だって自分達と対等であったか、一度だって人間として見てくれたか。そんな事なかったと、グロリア本人は住人達から話を聞かされていた。
そこへ追いついたレフト達小隊。避難誘導や現状報告を要領良くこなし、レフトへ共有。それをまとめたレフトが端的に、しかし周りに気取られないよう誘導した先でアステールへ伝える。見事な手際だ。
「レフト。俺の剣を渡せ。」
「で、ですがアステール様…!」
「命令が聞けないか。」
低いアステールの声に、レフトは何も言えず剣を差し出した。剣を受け取ったアステールは、静かに剣を抜くと、鞘をレフトに渡した。広場を抜けた路地の行き止まり、そこに動く影が見える。
「何故こんな蛮行を…酒に溺れたか!金に目が眩んだか!!答えろジュネルド!!!!!!」
「……アガ…ガ…タス…ウウ…アステ…ル…サ……ウギ…ィ…ア…!!!」
アステールの言葉で振り向いたジュネルドと呼ばれたその人物は、異様な目をしていた。