第15話 アマルとアステール
「…え……何を、仰って…。」
やっとの事で絞り出したセリフだった。膝の上で握った拳に、じんわりと汗が滲む。
「全く、心外だなぁ、兄を信用していないね?つい最近やってきた村娘に国の表向きが分かっても、内情を理解して飲み込み、受け入れるのは難しい。それはアステール、何年も悩んで苦しんてきた君だから分かる事なんだよ。僕の病気が悪化する前には、今のような話を何度もしていたろう?」
ライトがティーカップに紅茶を注ぐと、アマルとアステールの好物であるチーズタルトを静かに置く。
「やはり、アマル様の目は誤魔化せませんか。と、言うよりは…アステール様がご自身で墓穴を掘られたと言うべきか…。」
「ま、待てライトまで…!私は…!つい先日アステール様と出会って……。」
その先は出てこなかった。溢れてくる涙を我慢して俯く。
「うっ…!兄さん……死んじゃ嫌だ…!俺は……どうしたら…!」
いつも凛々しいアステールの背中は、少年そのものだった。小さな背中を小さく震わせる。
「ごめんね、アステール。全部背負わせて。」
そんなアマルの言葉に、アステールは顔を上げた。目の前にいるアマルも、涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「先程のアステール様のお言葉は…いつか私も聞かされた事のあるアステール様ご自身の真剣なお気持ち。あの言葉を聞いてアステール様だと分からない者はこの城には居りませんよ。」
2人を見て涙を我慢するライトが優しくそう言った。
「ふふっ僕も少々意地悪だったかな、誘導してしまっていたかも。」
「いえ、私もアステール様のお言葉を遮りませんでしたし。」
柔らかな風が吹き抜け、チーズタルトの匂いが香る。
「全く…敵わないな、2人には…ははっ…!」
チーズタルトを頬張る2人の姿が、いつもくっついて回っていた少年だった彼らと重なり、その様子を慈しむようにライトは眺めた。
「はぁ!?バレたぁ!?」
「はっは、いやぁすまない、流石は我が兄だ。」
部屋へ戻ったアステールに話を聞くや否や、勉強も一段落ついて休憩をしていたグロリアは大きな声を上げて頭を抱えた。
「…ま、いいんじゃねぇの。ちゃんと話せたんならさ。」
小さくため息を吐いてポツリと呟いた。アステールの腫れて充血した目と、どこかスッキリした顔を見てグロリアは2人がちゃんと向き合えた事を感じ取った。
「お前はいいよ、本心で向き合えたんだ。」
全てを隠して兄弟を置いてきたグロリアからすれば、良い気なものだと呆れもする事であった。だが、アステールとアマルのように分かり合える日が来るのだという証明が、グロリアにとっては安堵へと変わった。
「それでぇ?十六夜との事は大丈夫なのかぁ?」
天井を見ながらグロリアは意地悪く言う。
「大丈夫だ、とは断言出来ないな。会談でどうにか十六夜が身を引いてくれれば良いが…まぁ、なるようにしかなるまい。」
「…それもそうだなぁ。」
自分はどの立ち位置で話をすれば良いのだろうかと、グロリアは悩む。アステールにどのような考えがあるのか、今それを聞くのは気が引けた。
「兎に角アンタはその真っ赤に腫れた目をどうにかしてくれば?お疲れさん、今日の功労者さん。」
そう言って奥の部屋へとアステールを押しやるグロリア。アステールが抗議の言葉を吐くのも無視して扉を閉めた。少ししてその扉の向こうから、小さくありがとうなと聞こえたのだった。