第13話 思うが故に
カーテンを開けると温かな朝日が入り込む。窓を開けたところで、ライトが口を開いた。
「そうですね。本来なら次期国王様はアマル様だった。ですが不治の病の末余命は既に一年無いと言われているのです。以前、眠ったまま意識が戻らない事もあった程に。そんなアマル様に、アステール様はどう接していいか分からないで居るんですよ。アステール様はお優しい。お体の不自由なアマル様を、多くを見聞きした自由奔放なアステール様自身が傷付けてしまわないか不安なんです。アステール様の当たり前は、アマル様にとっては叶わぬ夢なのですから。幼い頃からずっと、今もなおアマル様の事を大事に思っているが故の、あの対応なんです。勿論、アマル様も承知の上で距離をお取りになっている。アステール様に気を遣わせないために。お二人は、互いに思いやり今の形を保っているのです。グロリア様、どうかご理解下さい。」
慈しむようにライトはそう告げた。なんだそれ。ライトの話を聞いたグロリアは喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。兄弟の多いグロリアには分かったのだ。言わねば何一つとして伝わらないのだと。自身をグロリアだと気が付いてもらえなかったことも、あの時グロリアは兄アストとダイヤにぶつかっていないから。本心でぶつかり合えば絶対に気が付いてもらえる。アステールは、逃げているだけなんだと。
「それと、本日アマル様とのお話の際に直接お聞きになると思いますが…。アマル様には東の国十六夜のご令嬢、月之都 夜凪様という婚約者様がおられます。実はその方なのですが…。」
「…ん、おはよう。早いな。」
奥の部屋から寝癖の付いたままの頭で出てきたアステール。ライトは口を閉じるとアステールに羽織を掛けハーブティーを入れた。ソファへ腰を掛けたアステールの髪を、ライトがとかす。
「本日もなお一層美しく御座います、アステール様。朝食の後城内の案内はレフトを付けますのでよろしくお願い致します。西の離れ、馬小屋、地下牢まで全てご案内の後、お天気も良いので中庭でアマル様との昼食になります。午後からグロリア様はお勉強。アステール様は十六夜との謁見準備のスケジュール調整について、アマル様と再度お話を。あくまで時間の空いていないアステール様の代理としてグロリア様がお話を聞くという流れですのでご注意を。」
慣れた手つきで髪をとかし、メモも見ずにそう告げるライト。あぁ、やはり兄にも伝えられない事なんだなぁと、目の前に座り新聞に目を通すアステールを見て小さくため息をついた。それに気が付いたアステールが目を見開く。
「貴様…!昨夜寝たか!?いつもより髪の輝きが!肌艶が弱い上に目の下の隈…だと…!?あぁ…俺はまだ夢でも見ているのか…!何という…あぁ…!」
グロリアの両頬をわし掴みにして声を震わせるアステール。大きな瞳がいまにも溢れそうなほど開かれ、潤んで行く。
「…あぁ…っ何という…!…ライト、もう一杯ハーブティーをくれ。」
出されたハーブティーの匂いを嗅ぐや否や、大きく深呼吸をする。
「なってない、なってないぞ。君は今や一国の主人だ。その貞操で皆の前に出るというのか。王である俺の顔は国の顔。国民達に恥じぬ貞操でいないでどうするというのだ。見てみろ俺のこの髪の輝き!肌の艶とハリ!!美しいだろ!!」
ソファに立ち高笑いをするアステール。ハッとしたのかいそいそと座り直しハーブティーを飲む。
「ふぅ…とにかく、君には僕であるという自覚をしてもらわねば。」
「いやお前は馴染み過ぎてんだけどな?」
そんなやり取りの中朝食が並べられていく。2人は朝食を済ませるとライトと入れ替わりでやってきたレフトに連れられ部屋を出た。メイドや執事、警備兵に挨拶を交わしグロリアを紹介していく。隣を歩くアステールが時折遠くを眺め、何かを諦めたような表情をするのをグロリアだけが見つけた。
「以上が、このお城の全てになります!まぁ、グロリア様が西の離れや馬小屋、地下牢へ足を運ぶ機会など無いですけどね!長い間歩きっぱなしでお疲れでしょう。この後そのまま中庭へ向かいます。ライト様がご準備してくださっているとの事なので、昼食も楽しみにしていて下さいね!」
レフトが明るく言うが、アステールの表情は曇ったままだ。どうしたものかとグロリアは頭を悩ませるのだった。
「やぁ、よく来たね。」
中庭のテラスには、アステールよりも穏やかな顔つきの、儚く華奢な人物が立っていた。
「初めまして、グロリア。話は聞いているよ。僕はアマル・フォス・ヴィエート。よろしく。」
差し出された手を跪いたアステールが握る。その様子を隣で見ていたグロリア。アマルの手の細さに余命が後僅かだということが思い出される。俯いたまま、アステールは口を開く。
「…初めまして、アマル様。アステール様からお話は聞いております。お体の程は如何でしょうか?」
「うん、今日は調子が良いんだ。久しぶりにゆっくり弟と話ができるからかな、なんて言ったら怒られてしまうかも。」
その言葉に、アステールは唇を噛んだ。
「さ、グロリア、立ちなさい。ライトが食事を用意してくれている。食事でもしながら色々聞かせておくれ。」
ライトに促され、アステールとグロリアは席に着いた。