第12話 国王陛下と父の顔
「それでは…私の今までの行いは無駄になるだろう…。」
先ほどとは一変、小さな声で吐き出した言葉にアステールは止まった。
「お前が死ねば…この国はおしまいなんだ。私はお前達の為だけにここまで…!」
震えた手で頭を抱えるウシュックに動揺が隠せないアステール。これほど情けない父の姿を見た事があっただろうか。いや、一度だけ、記憶は微かだが見た事があった。母が亡くなった時だ。その時の姿を重ねアステールは唇を噛んだ。
「アマルの余命はあと3年だ。」
漸く発せられた言葉に目を見開くアステール。耳を疑った。兄があと3年しか生きられない。いつも優しく美しい兄が。
「…アステール様。陛下は日々貴方方の為に尽力しておられるのですよ。アマル様のご病気が判明して以来…それはもう睡眠時間さえ削って。亡くなられた方の情報は城下町警備の衛兵らから全て聞いております。どれだけ汗水流そうとも、それは民衆には伝わらない。残酷な程に。」
秘書の寂しそうな表情に、握っていた拳の力を抜いた。その掌には爪痕が残っている。
「アステール、私は常にお前達を想っている。」
「そんな言葉が聞きたいんじゃない!!」
父の顔をしたウシュックを見ていられなかった。今まで何の関心も見せなかったくせに、今更何を言い出すのかと涙が止まらなかった。勢いよく部屋を飛び出すと、城内を駆ける。馬小屋へ向かうと、ジョセフィーヌを抱きしめてわんわん泣いた。その後、ルルリラの事は全てアステールに委ねられる運びとなり、ルルリラはアステールの専属のメイドとして、旦那である男は城の衛兵としてアステールに尽くす約束をしたのだった。それから3年、ウシュックとは口を聞かないアステール。催事等皆が集まる時だけ顔は出し、話しかけられればうなづくだけだった。ルルリラはアステールへの忠誠とその働きからメイド長へと就任。そして医療の進歩から、兄アマルが宣告されていた余命は伸び、あと1年程と言われていた。しかし、病を治す薬が完成する事はなく病状は悪化する一方で、剣を握る事は勿論、馬に乗る事も、長時間起き上がっていることさえも困難な状態だった。ほぼ一日目を覚まさない事もあったようで、余命など当てにならない状況だ。そんなアマルを見ていられず、自然と距離を取るようになってしまったのは半年程前からだった。今でも兄が大切な事に変わりはないのに。だが先の短い兄に代わって次期国王になるアステールは、一人隠れて勉強に励むようにもなっていた。
「アステール様。私の命は貴方に捧げています。少しでもご恩がお返し出来るのであればぜひご協力させて頂きますわ。何なりとお申し付けくださいませ。グロリア様、勿論貴方も。」
優しく笑うルルリラに、アステールは心が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、助かるよルルリラ。そういう訳で、明日は婚約者の紹介という名目で城内の案内をする。その後の教育はルルリラ、ライト、お前達の仕事の合間に見てやってくれ。それと…ルルリラ、今の話は全て他言無用だ。すまないがローレルにも。よろしく頼むぞ。」
その言葉に深く頷くルルリラだった。
「そういえばアステール様、先程アマル様からお話があったのですが。」
ライトが小さく手を挙げて声を出した。アステールの表情がほんの一瞬固まったのを、グロリアは見逃さなかった。直ぐに笑顔を作り、ライトを向く。
「…おぉ!そういえば先程来ていたな。それで、話とは?」
「はい。婚約者様の件でお話があるそうで…話せる時間はあるかとの事でございます。」
「……そうか。」
ライトから目をそらし低い声でそう言うアステールに、ルルリラは静かに俯いた。
「…明日の場内案内の後で良ければ食事をしながらでも。ライト、頼む。」
部屋を出て行くライトとルルリラを見送ると、アステールは深いため息をついた。兄の事、婚約者の事。グロリアはアステールの事を何一つ知らなかった。声を掛けようと口を開くのを感じ取ったのか、アステールはソファから立ち上がる。
「今日はもう休む。僕は奥の部屋に居るから何かあれば呼んでくれて構わない。」
グロリアを一切見ずに奥の部屋へと姿を消したアステール。そんな態度にグロリアもやきもきさせられるのであった。兄と食事、自分はどう接するべきなのだろうかと悩み、一睡もできないうちに朝の鐘の音が聞こえ、ライトが部屋に入ってきた時には寝ていなかったのかと驚かれもした。ハーブティーを貰ったグロリアは漸く落ち着いた。
「成る程。まだアステール様からは何も聞かされてはいないのですね。ふむ、何からお話をすべきか。」
新たにハーブティーをカップに注ぎながら、落ち着いた口調でそう告げる。紅茶に映る顔は、怒ったような寂しいような表情をしていた。
更新が2ヶ月止まっていたようで申し訳ないです…!!これからも更新はやめないので気長にお待ちいただければと思います!