第10話 上辺だけの婚約者
「っだー!!疲れた!!もー!無理!!!!限界!!」
帰るや否やアステールの自室のソファに勢い良く座り込むグロリア。
「足を揃えてくれ品位が下がるぞ!」
口に手を当てホロリと涙を流すアステール。
「俺…ゴホン、僕は…通常なら女性に充てがうものだが、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花と噂される程なのだぞ!そんなイメージを、そんなに簡単に…!ハッ…いやだが足を開いていても絵になるな!?凛々しい!なんて罪な男だ僕は…!」
「だー!!もうさっきまではあんなに静かだったのに!!ウゼェ!!」
そんなやりとりを、部屋のノックの音が遮る。扉の外からはライトの声が聞こえる。座り直したグロリアを見ると、アステールはライトに入るように促した。
「失礼致します。紅茶をお持ちしました。今後のお話という事でしたので、後程ルルリラにも来るように伝えております。」
「すまないな、いつも助かる。」
「勿体無いお言葉です。さ、グロリア様も、お疲れでしょう。」
そう言って差し出された紅茶を遠慮がちに受け取るグロリア。アステールと同じ対応を受けるのは気が引けた。
「あ、あたしにはそんな畏まんなよ…肩身狭いじゃねぇか…。」
「いえ、本日より貴方様はアステール様の婚約者。側近である私めがそれ相応の態度を取らずして、誰が敬意を払いましょう。きっかけは何であれ、貴方様はアステールの認めたお方。私にも敬意を払わせて下さい。」
そんな優しいライトの言葉に、ティーカップを持ったままだったグロリアの目からは静かに涙が流れた。
「あ…っ?な、何だこれ…!ははっダセェ…!ごめんなさいっ…止まんない…。」
「グ、グロリア様っ…!?」
「…綺麗だな…僕の泣き顔…よもやこんな形で世界一美しい俺を眺める事が出来るとはな…。」
「ハハッ…相変わらず、キメェな、本当…!」
そんなグロリアの言葉に、優しく笑うアステールは、紅茶を静かに口に含んだ。
「…疲れたろう。急にこのような慣れない場所に連れて来られ、無理も無い。落ち着くまで待っているから、遠慮せず泣くといい。」
優しげな表情を見せたアステールに、グロリアは笑った。アステールから受け取ったハンカチが段々と涙で濡れていった。
「さて!!落ち着いたようなので本題に入ろう!」
十分程経った頃、落ち着いたグロリアへ向けて口を開くアステール。テーブルには分厚い本が積まれていく。
「君には明後日から教育を受けてもらう。これは幼い頃読まされていた教育書だ。まぁ、簡単な物から読んでいけばさほど苦ではないだろう。教育担当はルルリラ、ライトの二人に任せる。」
「こんな分厚いもん…いつになったら読み終わるんだっての…。って、明後日から?明日は…。」
「明日は城の者達に君を紹介する。何、心配することはない。城内の案内も兼ねているのでな。この城では、僕が君に惚れた事にすれば、誰も文句は言えまい。ただ、だからこそ君には教養を身に付けてもらわねば先がないのだ。」
アステールが言い終わるや否や手に持っていた本を勢いよく閉じた。
「成る程な、あたしはアンタになりきる為に、演じられるだけの知識と教養を身につけろとね。」
「知識を得ても長年の癖が抜ける訳ではない、気を抜くなよ。」
「はーっ…ったく…。舐められたものだな、私も。馬鹿にするなよ。……なんてな。アンタの真似。」
余裕の笑みを向けるグロリアに、アステールもライトも驚いた表情を向ける。
「これは…分かりやすい対象が、目の前に居らっしゃいましたね。予想していたより時間はかからないかもしれませんね。」
「ふっ、失礼した。この自室では自由にしてもらって構わない。が、部屋を出れば君は僕で僕は君だ。僕も十分に気を付けよう。この僕が認めた女性だと、皆からも認めてもらえるようにな。」
空になったティーカップを下げに扉へ向かうライト。ドアノブに手をかけた時、部屋の扉が叩かれた。
「アステール、帰っているかな。」
「…兄さん……。」
小さく溢れたアステールの言葉を、グロリアは聞き逃さなかった。
「アステール様、ここは私にお任せ下さい。」
そう言って中が見えないように扉を開け、ライトは部屋を後にした。
「…聞いていいか?兄貴の事。昨日メイドから聞いた、兄貴の余命がどうのって話なんだけど…。」
「その話はしたくない。」
「…は?」
グロリアの言葉を遮るように放ったその一言に、グロリアは固まった。アステールの、怒っているような、辛そうな表情を見るのは初めてだったから。
「話は以上だ。ジョセフィーヌを見てくる。ルルリラが来たら知らせるようライトに伝えてくれ。」
そう言ってフードの付いたマントを被ると足早に部屋を出て行った。呆気にとられ、止める事が出来なかったグロリアは一人、高い天井を見上げる。そして大きく息を吐くと目を閉じた。