盗賊団消滅
ギリアムの家に連れてこられて、どれくらいの時間が経ったろうか。
メイは、ただ恐ろしさに震えて、マーシーの腕の中にいた。
いつ来るか分からぬ相手というのは、実に厄介だ。来るまでの時間、ずっと怯えていなければならない。
来たら、略奪の始まりだ。小さな村の自警団では、盗賊相手にどれだけ戦えるものか。
一分を一時間とも感じる中、マーシーがメイを抱く手を緩めた。
「マーシーさん?」
「大丈夫、大丈夫よ、メイ。ちょっとだけ、待っていて」
そう言い残して、外に出ようとする。
「マーシーさん! ギリアムさんが、家から出るなって!」
「メイはそこにいて。大丈夫、怖がらなくていいから」
マーシーはメイを気遣いながら、外をうかがいつつ出て行った。
一人残されたメイは、目からあふれる涙をぬぐうこともできずに震える。
一人は嫌だ、一人は心細い。誰か、一緒にいて。
祈るように思っていると、家の扉が勢いよく開け放たれた。
ついに盗賊団が来たのか。
杖を構えようとしても、それだけで何もできない。法術を念じる余裕など、どこにもなかった。
しかし、メイの予想は大きくはずれた。
「メイ! もう大丈夫よ!」
「ふえっ?」
涙でぼやけた視界の中、人影があった。聞こえたのは、弾んだ、嬉しそうな声だ。
マーシーだった。まだあふれてくる涙を拭きつつ立ち上がると、また抱きしめられる。
今度は、赤子をあやすような優しい抱擁ではなかった。息が詰まりそうになるくらいの、力強い抱きしめ方だ。
「マーシーさん、何が……?」
尋ねると、マーシーは、
「助かったの、私たち!」
「助かった……?」
「えぇ!」
マーシーの声に、男の言葉が続いた。
「盗賊のやつら、いなくなったらしいぜ」
ギリアムだ。マーシーと一緒に帰ってきていたらしい。
「え? なんで……」
いきなりの展開に、メイは付いていけない。とにかく村は安全になったということは理解できたが、
「ったく、手間をかけさせるよなあ」
「ひぅっ!?」
耳元で聞こえた、慣れた声でようやく心が落ち着いてきた。
「ジー……ク?」
「おう、戻ったぞ」
黒猫のジークムントが、いつの間にかメイの肩にいた。
いつもと変わらぬ声音は、まるで何事もなかったかのように告げてきた。
「ジークのお手柄……、ってわけでもないか。ジークの奴、なんでも、盗賊どもの様子を、見に行ってくれていたらしい」
ギリアムは、ジークの様子を見て褒めるべきか怒るべきか悩んでいるようだった。
「様子を、見に?」
姿を見なかったのは、そういう事情があったからか。確かに、ジークムントは黒猫の姿をしている。人に気付かれないように動き回れるのだろう。
考えると、気が抜けた。
「おい、メイ、大丈夫ふがっ!?」
肩にいた黒猫を、思いっきり抱きしめる。締め落とす勢いで。
「バカッ、バカジーク! そんなことしたら危ないのに。見つかったら、殺されちゃうのかもしれないのに!」
「いや、げふ、でもオレ、見た目猫だし。サーヴァントだって見抜けるやつは、うがが、おい、メイ、ちょっと力入れす……ぐぐぅ」
なにやら言っているが、許してやらない。主人を不安にさせるダメサーヴァントの言うことは、無視してやる。
でも、と思って、
「よかった、ジーク。本当に、何もなくて……」
きちんと主人のもとに帰ってきたのだから、許してやらないこともない。
ジークは、メイの声を聞いて、申し訳なさそうに言う。
「……悪ぃ。安心させようと思ったんだけどよお」
「バカッ。心配した」
「すまねえ。泣かすつもりは、なかった」
「泣いてないもん。怒ってるだけだもん」
「そうか……って、メイ、力入れすぎぎぎ」
悶絶する猫の叫びを聞きながら、メイは力をこめる。
本当に無事でよかった。それを言葉ではなく、行動で示し、生意気な黒猫が気絶するまで抱きしめてやった。
メイがそうしていると、扉の方から、ギリアムではない別の男の声が聞こえてきた。
「ギリアム、なあ、こんなのが落ちてたんだけどよ……」
「ん? なんだ?」
ギリアムと男は、また外に出たらしく、声が遠ざかっていった。
しばらく、マーシーはメイとジークムントの様子を見守ってくれていた。そうして、思いついたように言ってくる。
「ねえ、メイ。今日はうちに泊まらない? 荷馬車もまだ出られないみたいだし、今からノートスまで行くのは、大変だと思うの」
「えっ、でも……」
「大丈夫よ。このまま帰ってしまう方が、心配になるもの。兵隊さんが来てくれるまで……、ううん、メイが居たいっていうなら、好きなだけ泊まっていいわよ?」
マーシーは、心の底から心配してくれているようだ。村の危機が何事もなく去ってくれた安心感もあるのだろう。
好きなだけ、と言われて、メイはつい甘えたくなった。ギリアムも、マーシーもメイにとっては頼れる大人だ。だが、
「ううん、マーシーさん。私、早く帰る」
メイも、一端の冒険者だ。薬草のクエストもある。甘えてばかりはいられない。
事態は、まだ完全に落ち着いたわけではない。連絡用の早馬も出せないだろう。連絡も無しに部屋を空けたままだとネリーが、クエスト報告をしなければエムが、心配してしまう。
「そう……」
マーシーも、メイの身を案じてくれている。それを知っているので、メイはほんの少しだけ、と甘えることにした。
「あの、今日だけ、泊まっていっても、いい?」
控えめに言うと、マーシーはまた満面の笑みを浮かべてくれた。
「えぇ! 美味しいご飯、たくさん食べさせてあげる!」
本日何度目か数えられないくらい、マーシーはメイを抱きしめてくれた。