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Knight of the girl ~少女と黒い猫~  作者: きと さざんか
2:盗賊
6/21

盗賊団

 盗賊団は、村まであと十数分という場所、近くの林まで迫っていた。

 放った斥候からは、村の抵抗が見られるとあったが、こちらは五十三からなる曲者ぞろいだ。行商人の御一行様を襲撃しようという編成なのだから、貧しい村民の抵抗など、かすり傷にもなるまい。

 団長のヴァルクは、そんな村のことよりも、メインの得物を考えて胸を躍らせていた。

 行商人たちは王都へ向かうという。さぞかし、宝物をたんまりと積み込んでいるに違いない。

 部下の何人かが村で小遣い稼ぎをしたいと言っていたが、ヴァルクは気にしていなかった。やりたければやればいい。それが、盗賊というものだ。

 もちろん、団である以上、それなりの規律というものはある。しかしヴァルクは、ならず者どもを完全に統率するのは不可能だとも考えていた。

 手下の稼ぎも、結局は団長の稼ぎになる。精鋭で行商人を追い、村の襲撃は下っ端にでもやらせよう。

 そう考え、ヴァルクは腹心の部下、副団長に指示を出そうとした。


「オイ!」


 隣を走る部下に声をかけ、そこで、


「……あ?」


 気づく。隣を走っているのは、馬だけだった。乗っているべき副団長が、いない。

 何事かと、ヴァルクは反射的に馬を止めた。部下たちにも、止まるよう命令する。

 だが、馬の何頭かが、命令に背いて走り続けて行った。確認すると、五頭。そのどれもが、無人だった。


「オイ! スラーンド! どこに行った!?」


 副団長から、返事はなかった。手下たちも今更気が付いたようで、周囲を見回している。

 仕方なく、部下のマクロイを呼ぶ。


「いない奴は、どこにいった?」

「分かりません」


 マクロイも、事態を飲み込めていないらしい。


「止まるまで、気が付きませんでした。ヒューイとジンギの奴も、どっか行っちまった」

「くそっ、獲物は待っちゃくれねえってのに。小便にでも行ったか、あの馬鹿ども!」


 悪態をついても、いなくなった者たちが現れることはなかった。大仕事の前につまづかされて、頭に血が上る。

 しかし、ここで怒鳴り散らしても、事態は変わらない。冷静になるよう念じて、部下の損失と獲物の大きさを計りなおす。

 下っ端はどうでもいいが、副団長のスラーンドを欠くのは痛い。ヴァルクが暴れている間、部下を統率できる者がいなくては。マクロイは、暴れる方が専門だ。統率なんて、できはしない。

 悩んでいる間にも、行商人たちは王都に近づいていく。このままでは、逃げられてしまう。

 ヴァルクの盗賊団は、普段、ここまで出てこない。追いかけるよりも、獲物が網にかかるのを待つ方が得意だからだ。今回は、逃すには惜しい大物だからこそ、出張って来た。

 手ぶらのままでは帰られない。部下たちへの示しもつかない上、同業者連中にまで話が流れれば見下される。


「なにがどうしたってんだ……」


 時間を惜しみながら思案する。天秤は獲物側に傾いているものの、無理して仕掛ければこちらの損害も大きくなる。それでは、儲けが大幅に減ってしまう。

 歯噛みしていると、


「ああ、やっと止まったか。ったく、気づくのがおせえなあ」


 村の方、向かっていた方向から、馬鹿にするような声が飛んできた。

 まさか村の連中が、と慌てて振り向いたが、人影が見当たらない。


「こっちだよ、こっち。鈍い連中だ。それで盗賊なんてできるのか?」

「なんだ、誰だ!?」

「こっちだって言ってんだろ。気づけよ」


 あちらからは、ヴァルクたちが見えている。声もはっきり聞こえるのだから、近くにいるはずだ。


「くそっ、探せ、お前ら!」


 業を煮やして指示を飛ばす。すると、悲鳴が一つ聞こえた。


「ぐおっ!?」


 マクロイの声だった。


「おい、どう……」


 どうした、とは言えなかった。

 マクロイの、首から上が、消えていた。


「マクロ……?」


 名前を呼ぶ間に、マクロイだったものから、赤いものが吹き上がる。

 嗅ぎ慣れた、鉄の匂い。いつも自分たちを酔わせてくれる、大好きな匂いだ。

 だが、今はそれが何の匂いだったか、思い出せなかった。

 鍛えられた体が、ゆっくりと傾き、馬から落ちる。馬は、突然のことに驚いたか、いななくと、林の奥へと走り去ってしまった。

 馬の尻を呆然と眺める。恐る恐る地面を見ると、マクロイの首から下だけが、無残むざんに転がっていた。


「な、なんだ? なんだってんだ!?」


 ヴァルクは、混乱する。ついさっきまで獲物のことでいっぱいだった頭が、未知の恐怖に支配される。

 手下どもも、同じだった。首の消えたマクロイを見て、逃げ出す者もいた。

 いつもなら、仕事中に逃げ出す臆病者は見せしめにつるし上げている。というのに、ヴァルクは、もうそこまで頭が回らなくなっていた。

 声の主は見つからない。それは死神にも等しい存在で、


「がっ!?」

「おぐっ!?」


 部下の悲鳴が上がるたび、動かぬモノが増えていく。

 首から上が無くなるくらいなら、まだマシだったかもしれない。

 首を三百六十度回されたモノ、脳天をかち割られたモノ、腹に大穴を空けられたモノもある。

 そのどれもが等しく、


「し、死んで……。げぐぁ!」


 また一つ、動かぬモノが増えた。


「あ、あがっ……」


 声にもならぬ悲鳴を上げて、ヴァルクは馬を走らせた。村ではなく、元来た方向に。

 手下に命令する余裕もなかった。この林には、何かがいる。人語をかいする、恐ろしいものが。

 身を縮めて、とにかく馬を走らせた。後ろからは、まだ断末魔が聞こえてくる。逃げようとした手下たちが、どんどんと狩られているのだ。

 もはや馬上で失禁しながら、ヴァルクはとにかく走り、逃げた。

 この林を抜ければ、命は助かる。そう信じて、なりふり構わなかった。

 林の終わりが、見えてきた。もう後ろから声はしない。馬のひづめの音も、しない。

 林を抜けると、ヴァルクは自分が生きていることに、安堵あんどした。

 これで命は助かったと思う。プライドを、他にもたくさんのモノを捨てて、なんとか生き延びた。


「が、はあっ、はあっ」


 ずっと息をひそめていたため、酸素が足りない。もはや、泣き声も同然の呼吸を繰り返す。

 何度も何度も肺に酸素を入れてから、やっと己の状況に気が付く。

 振り返っても、誰もいない。五十三からなる精鋭など、どこにも残っていなかった。

 命と、その他全部を、天秤にかけた結果だった。

 天秤が命側に傾くのが遅ければ、ヴァルクも手下同様になっていたはずだ。

 心の底から安心して、やっと言葉を作れそうになって、


「た、たすかっ……」


 それが、ヴァルクの最期の声となった。


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