盗賊団
盗賊団は、村まであと十数分という場所、近くの林まで迫っていた。
放った斥候からは、村の抵抗が見られるとあったが、こちらは五十三からなる曲者ぞろいだ。行商人の御一行様を襲撃しようという編成なのだから、貧しい村民の抵抗など、かすり傷にもなるまい。
団長のヴァルクは、そんな村のことよりも、メインの得物を考えて胸を躍らせていた。
行商人たちは王都へ向かうという。さぞかし、宝物をたんまりと積み込んでいるに違いない。
部下の何人かが村で小遣い稼ぎをしたいと言っていたが、ヴァルクは気にしていなかった。やりたければやればいい。それが、盗賊というものだ。
もちろん、団である以上、それなりの規律というものはある。しかしヴァルクは、ならず者どもを完全に統率するのは不可能だとも考えていた。
手下の稼ぎも、結局は団長の稼ぎになる。精鋭で行商人を追い、村の襲撃は下っ端にでもやらせよう。
そう考え、ヴァルクは腹心の部下、副団長に指示を出そうとした。
「オイ!」
隣を走る部下に声をかけ、そこで、
「……あ?」
気づく。隣を走っているのは、馬だけだった。乗っているべき副団長が、いない。
何事かと、ヴァルクは反射的に馬を止めた。部下たちにも、止まるよう命令する。
だが、馬の何頭かが、命令に背いて走り続けて行った。確認すると、五頭。そのどれもが、無人だった。
「オイ! スラーンド! どこに行った!?」
副団長から、返事はなかった。手下たちも今更気が付いたようで、周囲を見回している。
仕方なく、部下のマクロイを呼ぶ。
「いない奴は、どこにいった?」
「分かりません」
マクロイも、事態を飲み込めていないらしい。
「止まるまで、気が付きませんでした。ヒューイとジンギの奴も、どっか行っちまった」
「くそっ、獲物は待っちゃくれねえってのに。小便にでも行ったか、あの馬鹿ども!」
悪態をついても、いなくなった者たちが現れることはなかった。大仕事の前につまづかされて、頭に血が上る。
しかし、ここで怒鳴り散らしても、事態は変わらない。冷静になるよう念じて、部下の損失と獲物の大きさを計りなおす。
下っ端はどうでもいいが、副団長のスラーンドを欠くのは痛い。ヴァルクが暴れている間、部下を統率できる者がいなくては。マクロイは、暴れる方が専門だ。統率なんて、できはしない。
悩んでいる間にも、行商人たちは王都に近づいていく。このままでは、逃げられてしまう。
ヴァルクの盗賊団は、普段、ここまで出てこない。追いかけるよりも、獲物が網にかかるのを待つ方が得意だからだ。今回は、逃すには惜しい大物だからこそ、出張って来た。
手ぶらのままでは帰られない。部下たちへの示しもつかない上、同業者連中にまで話が流れれば見下される。
「なにがどうしたってんだ……」
時間を惜しみながら思案する。天秤は獲物側に傾いているものの、無理して仕掛ければこちらの損害も大きくなる。それでは、儲けが大幅に減ってしまう。
歯噛みしていると、
「ああ、やっと止まったか。ったく、気づくのが遅えなあ」
村の方、向かっていた方向から、馬鹿にするような声が飛んできた。
まさか村の連中が、と慌てて振り向いたが、人影が見当たらない。
「こっちだよ、こっち。鈍い連中だ。それで盗賊なんてできるのか?」
「なんだ、誰だ!?」
「こっちだって言ってんだろ。気づけよ」
あちらからは、ヴァルクたちが見えている。声もはっきり聞こえるのだから、近くにいるはずだ。
「くそっ、探せ、お前ら!」
業を煮やして指示を飛ばす。すると、悲鳴が一つ聞こえた。
「ぐおっ!?」
マクロイの声だった。
「おい、どう……」
どうした、とは言えなかった。
マクロイの、首から上が、消えていた。
「マクロ……?」
名前を呼ぶ間に、マクロイだったものから、赤いものが吹き上がる。
嗅ぎ慣れた、鉄の匂い。いつも自分たちを酔わせてくれる、大好きな匂いだ。
だが、今はそれが何の匂いだったか、思い出せなかった。
鍛えられた体が、ゆっくりと傾き、馬から落ちる。馬は、突然のことに驚いたか、いななくと、林の奥へと走り去ってしまった。
馬の尻を呆然と眺める。恐る恐る地面を見ると、マクロイの首から下だけが、無残に転がっていた。
「な、なんだ? なんだってんだ!?」
ヴァルクは、混乱する。ついさっきまで獲物のことでいっぱいだった頭が、未知の恐怖に支配される。
手下どもも、同じだった。首の消えたマクロイを見て、逃げ出す者もいた。
いつもなら、仕事中に逃げ出す臆病者は見せしめにつるし上げている。というのに、ヴァルクは、もうそこまで頭が回らなくなっていた。
声の主は見つからない。それは死神にも等しい存在で、
「がっ!?」
「おぐっ!?」
部下の悲鳴が上がるたび、動かぬモノが増えていく。
首から上が無くなるくらいなら、まだマシだったかもしれない。
首を三百六十度回されたモノ、脳天をかち割られたモノ、腹に大穴を空けられたモノもある。
そのどれもが等しく、
「し、死んで……。げぐぁ!」
また一つ、動かぬモノが増えた。
「あ、あがっ……」
声にもならぬ悲鳴を上げて、ヴァルクは馬を走らせた。村ではなく、元来た方向に。
手下に命令する余裕もなかった。この林には、何かがいる。人語を解する、恐ろしいものが。
身を縮めて、とにかく馬を走らせた。後ろからは、まだ断末魔が聞こえてくる。逃げようとした手下たちが、どんどんと狩られているのだ。
もはや馬上で失禁しながら、ヴァルクはとにかく走り、逃げた。
この林を抜ければ、命は助かる。そう信じて、なりふり構わなかった。
林の終わりが、見えてきた。もう後ろから声はしない。馬のひづめの音も、しない。
林を抜けると、ヴァルクは自分が生きていることに、安堵した。
これで命は助かったと思う。プライドを、他にもたくさんのモノを捨てて、なんとか生き延びた。
「が、はあっ、はあっ」
ずっと息をひそめていたため、酸素が足りない。もはや、泣き声も同然の呼吸を繰り返す。
何度も何度も肺に酸素を入れてから、やっと己の状況に気が付く。
振り返っても、誰もいない。五十三からなる精鋭など、どこにも残っていなかった。
命と、その他全部を、天秤にかけた結果だった。
天秤が命側に傾くのが遅ければ、ヴァルクも手下同様になっていたはずだ。
心の底から安心して、やっと言葉を作れそうになって、
「た、たすかっ……」
それが、ヴァルクの最期の声となった。