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Knight of the girl ~少女と黒い猫~  作者: きと さざんか
2:盗賊
5/21

襲撃前

 村に戻ったのは、正午過ぎだった。薬草は無事に確保。依頼されていた分、ちょうどである。街を出る前は、他にも自分用の薬草も調達しようと思っていたが、ギリアムの話を聞いては、そんな気も消えてしまった。

 予定より早く戻れたので、メイとジークムントは、村の広場で食事をとることにした。

 メイにはネリーお手製のサンドイッチ。ジークムントには焼き魚である。

 父と同じように、ネリーもまた料理上手だ。野菜と、少しばかりの肉が挟まれたサンドイッチは、嫌な話を吹き飛ばしてくれるくらいに美味しい。

 ジークムントも、焼き魚を食べて、美味い美味い、と喜んでいる。ネリーは猫用の食事も、お手のものらしい。

 昼食を平らげると、気が緩んできた。怖い話も、頭から飛んでいった。

 うららかな午後。太陽の光を存分に浴びながら、メイはしばらく広場で、何もない時間を楽しんだ。

 ふと見ると、ジークムントも丸くなっていた。そっと撫でると、黒い毛がメイの手に陽の温かさを返してきた。陽の光を、存分に吸い込んでいるようだ。

 あまりにも安らいでしまい、眠たくなってきた。

 これがねぐらなら迷わず寝てしまうのだが、あいにくと今は仕事の最中である。眠気を追い払いながら、メイは軽く腕を伸ばした。


「ふわあ」


 大きなあくびが出てしまった。慌てて口元を抑える。ちょっとばかり、油断しすぎていたようだ。


「ジーク、帰ろっか」


 黒い塊になりかけていた相棒を、軽く叩く。


「んー? もう行くのかあ?」

「うん。ジークだって、いつもの部屋の方がいいでしょ?」

「ああ。ま、そうだな」


 猫らしい伸びをして、ジークムントが立ち上がる。とん、と跳ねると、定位置であるメイの右肩へと乗った。

 ジークムントは、成猫せいびょうながら、重さを感じさせない。メイの小さな肩に乗られても、全く苦にならない。

 体が大きい分、頬に毛皮が当たってチクチクとすることは多いが、メイはもう慣れてしまった。

 薬草を入れた袋を背負って、歩き出す。帰りも荷馬車を捕まえられると助かる。村の入り口に、丁度良い馬車は来ていないだろうか。

 ささやかな幸運を祈りながら歩いていると、次第に周りの雰囲気が変わってきた。家々の間を、村男たちが駆け回っていた。何やら叫ぶと、扉を勢いよく閉めている。


「どうしたんだろ?」


 尋常ならざる雰囲気だった。


「ねえ、ジーク? 何があったんだと……」


 思う? と聞こうとすると、ジークムントの姿がなかった。


「あれっ? あれれっ!?」


 あたりを見回しても、黒猫の姿がない。


「ジーク!? どこにいったの!」


 周囲の雰囲気と、相棒の消失で、不安感が一気に膨れ上がる。

 どうしたらいいのか、分からない。どこへともなく逃げ出したくなるが、逃げ込める場所など思いつかなかった。

 そこへ、ギリアムがやって来た。とにかく慌てた様子で、メイを見つけると、駆け寄ってきた。


「メイ! 無事だったか」

「え? ぶじ……?」


 ギリアムは何を言っているのか。メイは、理解するのに時間をようした。


「無事って……、何があったんです?」


 恐る恐る尋ねる。すると、ギリアムは答える暇も惜しいとばかりに、メイを抱えて走り出した。


「ぎ、ギリアムさん!?」

「話は後だ。とりあえず、俺の家に来い!」

「え? ええっ!?」


 元冒険者らしい健脚けんきゃくで、ギリアムは村の中央近い自宅へと走った。


「マーシー! メイを頼む!」


 飛び込むように、家に入る。メイは乱暴に放り出されて、尻もちをついてしまった。


「来ていたの、メイ! あなた、外の騒ぎはいったい……」


 メイを支えながら、メイと同じ疑問を、妻のマーシーが投げかける。

 ギリアムは神妙な顔で、重々しく言った。


「盗賊団が来る」

「え……?」


 マーシーの顔から、血の気が引いた。

 メイも、漠然と抱えていた不安が爆発して、泣きそうになる。


「いいか、絶対に家から出るな。今、俺と他の奴らでバリケードを作ってる。村の連中に声をかけて、出られる男たちを全員出すつもりだ」

「ギリアムさん、なんで村に盗賊なんか!?」


 メイは、当然すぎる疑問をぶつけた。

 この村には、金目のものなど無い。いぜいが牧場に牛が数頭いるくらい。畑はまだ収穫時期を迎えていないし、盗賊が奪えるものなど、何もない。


「朝方通った、行商人の一行を追ってるみたいだ。村を狙ったものではないが、通り過ぎるだけでも何をされるか分からん。あいつらは、気まぐれで人を殺すくらい、平気でやるからな」


 ギリアムは息を飲み、


「狙いがあの団体さんだとしても、小遣い稼ぎに、女子供をさらうなんてこともある。今はとにかく、隠れていろ。マーシー、メイはまだ子供だが、法術ほうじゅつが使える。意味は分かるな?」

「……えぇ、大丈夫。メイはちゃんと守るわ」


 子供、さらに法術ほうじゅつ師となると、良い値で売れる。奴隷市では、格好の商品だ。

 メイは、マーシーにしがみついた。が、そこで、


「あ、ぎ、ギリアムさん、ジークがいないの!」


 姿を消した、相棒を思い出した。


「ジークムントが……? あいつ、メイを放ってどこに……」

「ね、猫だから大丈夫だと思うけど、見つけたらお願い! 助けて!」

「ああ、大丈夫、任せておけ!」


 ギリアムは、返事もそこそこに飛び出していった。冒険者を経験しているギリアムが、ああも慌てなければならない盗賊団とは、どれほどだろう。


「メイ、大丈夫よ。私が守ってあげるから」


 怯え、震えるメイを実の娘の様に、マーシーは抱きしめてくれた。

 メイは、自分が子供にすぎないと、改めて思う。法術ほうじゅつが使えるといっても、簡単なケガを治すのがせいぜい。治癒ヒールが得意なんていっても、その程度だ。

 実家だった、王都の屋敷を思い出す。四つ上の姉は、とても優れた法術ほうじゅつ師だった。メイよりもずっと上手く、それでいて華麗に法術ほうじゅつを操っていた。

 自分も姉のように力があればよかったのに。そうだったら、怯えて震える前に、村の人たちを助けてあげられたのに。

 抱きしめてくれるマーシーに、思いっきり抱きつく。


「ジーク……」


 あの生意気な黒猫も、無事であって欲しいと願う。きっと、今は危険を感じてどこかに隠れているのだと思いたい。

 ジークムントがいても、盗賊には太刀打ちできない。自分のような三流以下の法術ほうじゅつ師のサーヴァントでは、人に爪を立てることもできないだろう。

 だからせめて、無事で、と。またあの生意気な黒猫に会えるよう、メイはひたすらに祈った。

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