村へ
メイとジークムントの一人と一匹は、街から少し離れた村に到着した。
荷馬車定期便で、おおよそ一時間。薬草を取りに行く山のふもとにある、小さな村だった。
トニ村という。訪れたのは、今日が初めてというわけではない。山に用事がある時には、いつも通る場所である。
村の警備員に頭を下げると、見知った顔だった。あちらも笑顔で挨拶を返してくれる。
「よう、メイ。今日も山か?」
「はい。薬草取りに行ってきます」
話しかけてきたのは、三十過ぎの男性だ。村の警備隊長で、ギリアムという。
元々は、冒険者だったらしい。話好きで、何かと武勇伝を語りたがるクセがある。そして、その武勇伝は八割がた誇張されている。
結婚を機に引退して村に戻ってきたそうだ。奥さんの顔も知っている。いつだったか、仲睦まじく歩いているのを見かけた。
「ジークムントも一緒、と。ようジーク、ちゃんとメイの面倒を見るんだぞ」
肩に乗った黒猫を見て、ギリアムは笑う。対して、言われた方は、
「分かってるよ、んなこたあ。一応、こいつはオレの主人だからな」
「い、一応ってなによ!」
「一応、だろうが、ヘッポコ法術師様。オレがいないと、なーんにもできないもんな」
「そんなことないもん!」
主人とサーヴァントのやり取りを見て、さらにギリアムは笑う。
「まあ、気を付けて行ってこい。昼間はいいが、夕暮れまでには山を出ろよ」
なにせ、とギリアムは一気に声音を落とした。笑顔が消え、考え込むように、
「最近は、あの山も物騒になってきた。この前、熊に襲われてケガしたってやつもいる」
不愉快そうに、顔を歪める。
「熊ですか?」
「ああ、そうだ。あそこの動物どもは、大人しいやつらばっかりだったんだがな。姿を見せることが珍しいくらいだったのによ」
神妙な顔で忠告されると、メイも不安になる。
「偶然じゃ、ないんです?」
荒事は苦手だ。戦う、なんてできやしない。襲われたら全力で逃げなければいけない。
「分からん。だが、最近は暴れる動物どもの姿を見ることも多くなった。近々、村の男衆で見回らなきゃならんという話も出てきた」
「そんなに……?」
「ああ。だから、薬草を取るんなら、早くしろ。取ったら、すぐに戻ってこい」
「わ、分かりました」
じゃあな、と見送ってくれた顔は、笑顔に戻っていた。
深刻な事態にはなっていないのか、村に変わった様子はない。とはいえ、ギリアムが徒にこちらを怖がらせようとするはずもない。
大丈夫かな、と少し縮こまる。やっと山に慣れてきたというのに。幸い、今回依頼された薬草はすぐに手に入るものばかりなので苦労はしないと思うが。
忠告されたとおり、用事はすぐに済ませた方がいいだろう。
そんなメイを見ながら、肩に乗った相棒、ジークムントは気楽そうにあくびをした。場所が場所なら、そのまま丸くなって寝てしまいそうだ。
「心配すんなよ。熊くらいなら、簡単に追い払えるだろうが」
「それは、そうだけど……」
「逃げる時は、オレがちゃんと道案内してやるよ。オレだって、あんなつまらない場所で迷子にはなりたくねえ」
うん、と小さくうなずく。
「お前は臆病すぎるんだよ。オレがいるんだ。心配なんて、いらないだろうが」
「でも、ジーク、猫だし。熊とじゃ、お話にならないし」
「あん? 熊くらい一撃だっての」
言いながら、ぺしぺしっとメイの頬を叩いてきた。力のないネコパンチを食らって、メイはますます不安になってくる。
「早く、すまそ」
少し小走りで、メイは村を抜け、目的の森へと入っていった。