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Knight of the girl ~少女と黒い猫~  作者: きと さざんか
1:いつもの日常
3/21

相棒

 ギルドの朝は早い。

 早朝は、ギルドに冒険者が集まる時間帯だ。良いクエストは、早く無くなってしまう。朝一番に来てクエストを確認するのは、冒険者の日課である。

 代わりに、夜は冒険者たちがクエストの報告に来て、これまた賑わう。大仰な自慢話ばかり聞こえてくるものだ。

 メイは、様々な姿をした冒険者たちの隙間を縫うようにして、クエストボードまでたどり着いた。小さい体は、こういう時だけは便利である。

 ボードには、様々な張り紙があった。

 魔物退治、薬草の調達、牧場の警備。さきほどの男たちよろしく、行商人護衛のクエストもある。

 メイは、この街を活動拠点として働いている。あまり遠出はしない。


「薬草がいいかなあ」


 荒事は、やりたくなかった。薬草探しが無難だろう。報酬は銅貨十枚。三日分の家賃にはなる。

 だが、牧場の警備も捨てがたい。最近は害獣が増えていると聞く。ちょうど、牧場主とは知り合いだ。泊まり込みらしいので、食事もつくという。報酬は銅貨二十枚。

 どちらにするか、悩む。しかし、ここで即断しなければ、美味しい話はすぐに無くなる。他の冒険者たちだって、メイと同じく、美味しい話は大好きだ。


「よしっと」


 今日は、薬草調達に決めた。

 紙をボードからはがし、ギルドカウンターへ持っていく。


「あら、毎日、精が出るわね、メイ」


 仲良くなったギルド受付係 エムが出迎えてくれた。歳は二十と少し。この街のギルドに配属されてまだ一か月の新人だが、とても落ち着いた雰囲気があるため、よく古株と間違えられている。

 エムは、メガネをかけて、メイの持ってきたクエスト票を見た。近眼だと聞いている。


「薬草ね。了解、受領するわ」


 メイが署名し、エムが受付完了の印を押してくれた。これで、薬草調達は正式にメイの仕事となった。


「ありがと、エム」

「お仕事ですもの。それに、メイは腕利きだもの。薬草くらい簡単よね」

「ここら辺の山は、もう慣れたから」


 メイがこの街に移り住んで、一年が経とうとしている。

 最初は王都との差に困惑していた。しかし頼りになる相棒に勧められて冒険者になった。それからは、ほぼ毎日クエストを受けている。

 そこいらの山など、地理はもう把握している。薬草の見分け方も、街の薬剤師に教えてもらった。

 ただ、


「腕利き、ではないかも」


 この部分には苦笑いするしかない。自分は落ちこぼれの法術ほうじゅつ師だ。


「そうかしら? あなたとジークムントはいつも……。あら?」


 メイが、こちらの肩を見て、首を捻った。


「ジークムントは? 一緒じゃないの?」


 ああそういえば、とうなずくと、メイは怒りを隠そうともせず、


「ジークったら、またどこか行っちゃったの。最近、すぐいなくなるんだもん」

「あら……」


 今度はエムが苦笑する。


「仕事の時は、ちゃんと一緒に行くのよ?」


 うん、と小さく答える。


「ジークとは、ちゃんと一緒に行く」


 怒りが抜け、寂しさが湧いてくる。

 こういう時こそ一緒にいてほしいのだが、あの気分屋は、本当に必用な時しかそばにいない。メイの数少ない理解者、いや、唯一の家族とも言ってもいいのに。


「ケンカはダメよ?」

「うん、わかってる」

「そう……。それじゃ、ジークムントを見つけたら、気を付けて行ってきてね。報告、待ってるわ」

「うん」


 心持は落ち着かないが、クエストを受けたなら、すぐに仕事に取り掛からねばならない。

 メイは、宿に戻った。食堂はいつもの静かさを取り戻していた。少しちらかってはいたが。


「おかえりー」


 ネリーが笑顔で迎えてくれた。やはり団体の相手は疲れたようだ、掃除をするのも大変そうだ。


「手伝う」


 いつもならすぐに断られるのだが、ネリーが何か言うよりも先に、空になった皿を重ねて持つ。

 持って行った厨房では、ネリーの父が、大量の皿を相手に格闘していた。


「ん……? なんだ、メイじゃねえか。手伝っても宿代は変わらんぞ」


 朝の大男ほどではないが、宿の主人も体が大きい。日焼けした顔は岩のようだし、鍛えているわけでもないのに、腕が太い。


「いいの。ネリー、大変そうだし」

「ったく……。ほら、服を汚す前に、皿をよこせ」


 メイが両手で抱えていた皿を、片手で軽々と持ち、洗いおけに突っ込んでいく。

 皿洗いは、任せてもよさそうだ。メイは一通りの皿を運び終えると、ネリーと一緒にテーブルを磨いた。雑巾がすぐに汚れるので、洗うのが大変だった。


「助かったわ。ありがとね」

「いいの。えっと……、朝のお礼」


 豪勢な一品を食べさせてくれた礼だ。

 改めて言うと、少し恥ずかしい。それをどう見たのか、ネリーはいきなりメイを抱きしめた。ふくよかな胸に埋められて、一瞬、息が詰まった。


「もう、可愛いんだからー」


 抱きしめられて悪い気はしないが、ちょっとばかり、自分との差に悩んだ。ネリーとは、そんなに年が離れていない。自分ももう少ししたら、このような胸を手に入れられるだろうか。


「あ、そうだ。さっき、ジークムントが帰ってきたわよ」


 体形の差に悩んでいると、メイが思い出したように言ってきた。

 やっと、相棒が戻って来たようだ。

 メイは、ネリーの抱擁ほうようから抜け出すと、自分の部屋へと駆け込んだ。


「ジーク!」


 ベッドの方だった。メイが怒鳴ると、ぴくりと動く黒いモノがあった。

 ずかずかと怒りもあらわにベッドへ駆け寄る。黒いそれを持ち上げると、顔の前まで持ってきた。


「どこいってたの!?」


 目線を合わせて、怒鳴りつける。だというのに、相手は眠たげにあくびをするだけだ。


「もう!」


 がくがくとゆさぶると、ようやく目が覚めたのか、相棒が口を開いた。


「んだよ、いいじゃねえか、オレがどこに行っても。別に逃げたわけでもねえんだしさあ」

「ダメ。今日もお仕事するんだから、出かけたりしないで、大人しくしてて」

「今日も仕事ぉ? お前も飽きないもんだねえ。今日はデカい話なんだろうな? この前みたいに、川で魚釣りってのはゴメンだぞ」

「違うもん。今日は、薬草取りに行くの」

「薬草だあ? 報酬は?」

「銅貨十枚」


 報酬を告げると、相棒はまたつまらなさそうにあくびをした。

 興味が薄い、という態度をはっきりと示し、


「またシケたクエストだなあ。魔物の巣を潰すくらい派手なのはねえのか?」


 なんて大口を叩く。


「腐っても法術ほうじゅつ師、しかも治癒ヒールが得意なんだろ? どっかのパーティーにでも混ぜてもらってこいよ。そうすりゃ、稼ぎも増える。オレは楽ができる。少し考えりゃ、分かるだろ」

「私はそういうの、嫌なの!」


 さらにゆさぶってやる。生意気な口をきく子には容赦しない。


「わかった。わーかったからヒトを持ち上げて揺らすな」


 相棒はメイの手から、するっと抜け出した。ベッドの上で、さらにもう一つ大あくび。


「んじゃ、用意しろよ。つまんないクエストは、とっとと終わらせようぜ」


 気だるさを隠そうともしない相棒だったが、やると言った以上は、きちんと仕事をする律義さもある。

 メイは、法衣の上にローブを羽織り、部屋のすみに立てかけておいた杖を持った。

 アイテムパックも確認する。応急手当をするための薬、包帯はいつも忘れない。ナイフも確認。魔物に遭遇した時のために、逃走用の煙玉も持った。


「メシは?」

「ネリーにお願いする」

「へいへい。オレ用のも頼むぞ」

「ジークは食べなくても平気じゃない」

「いいじゃねえか、少しくらい。オレだって、美味いものは食いたいよ」

「……じゃあ、少しだけだからね?」

「あいよ」


 メイが身支度を整えると、やっと相棒も動き出した。

 音もたてずにベッドから降り、伸びをすると、一声ひとこえ


「んじゃ、行こうぜ、メイ」


 重さを感じさせない足取りで、メイの隣に立つのは、


「さっさと終わらせて、昼寝でもしたいぜ」


 一匹の猫だった。

 メイの相棒にして、サーヴァント。黒猫のジークムントであった。

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