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Knight of the girl ~少女と黒い猫~  作者: きと さざんか
1:いつもの日常
2/21

おはようございます

 少女、メイが目を覚ましたのは、辺境の街・ノートスにある安宿の一室だった。

 軽く伸びをしてから、ぼけっと宙を見る。体は起きても、まだ意識が目覚めていない。ふわあ、とあくびをしてからたっぷり十分ほど、メイはベッドの上から動けなかった。

 徐々に意識がはっきりしてくる。目に力が戻り、宙ではなく、宿の天井が見えてきた。


「んっ」


 ぼうっとしていた脳みそが動き出すと、メイはのっそりとベッドから起き上がる。サイドボードに置いてあった水をガラスのコップに注いで、んくんくと飲む。そうしてやっと、意識が完全に目覚めてくれた。

 また、あくびを一つ。安宿のベッドは硬く、寝心地が良くなかった。体のあちこちが痛むが、メイにはもう慣れてきた感触である。大して気にすることもなく、シーツを引きずりながら姿見すがたみの前に立った。

 曇った鏡は、ぼんやりとしか、メイをうつさない。それでも、生まれて十二年の小さな体を見るには充分だった。

 腰まであるブロンドの髪は寝起きでもさらりと流れ、成長途中の幼い体はまだ女性的な特徴をていない。エメラルド色の瞳はまだ眠たそうにしており、早く顔を洗いにいかなければまたベッドに戻りそうだった。

 メイは寝間着としているワンピースを脱いだ。姿見すがたみにうつる体は、やはり、まだ肉が付いていない。下着だけの体は、理想よりも大分細い。やせっぽっちだ。

 窓から見える日差しからして、夜明けから、そう時間は経っていない。まずは、身だしなみを整えよう。

 サイドボードに置かれていた水を、今度は洗面器に移す。ぱしゃぱしゃと顔を洗うと、眠気がやっと引いてくれた。

 顔を拭いてから、髪をく。くしは、髪に絡まず素直に通ってくれた。自慢の髪は、今日も調子が良いようだ。

 整え終えると、姿見すがたみの脇にかけてあった、法衣を着た。酒場兼食堂で、食事をするとしよう。


「ジークー?」


 ドアノブに手をかけようとして、同じ部屋で寝ているはずの相棒を思い出した。


「ジークー? ジークムントー? いないのー?」


 あまり広くない部屋を見回しても、相棒の姿はなかった。

 扉の鍵は閉まっている。もしいないとしたら、


「また窓から行ったのね。もう」


 少しばかり開いていた窓を見て、メイはため息を吐いた。

 気まぐれな相棒は、よく姿をくらます。今日も、ぷらぷらと散歩にでも行ったのかもしれない。


「ごはん、あげないからねー?」


 いない相手に、わざと一言残す。それで終わり、と扉から廊下へ、廊下から食堂へと向かった。

 まだそれほど早くない時間帯だったが、食堂はにぎわっていた。団体客でも来ていたのか、丸テーブルがいくつも埋まっている。行商人の一行だろうか。

 そういえば、と昨日の騒がしさを思い出す。メイがねぐらにしているこの宿は、宿代が手頃だ。部屋も多い。団体で泊まるのに丁度良かったのだろう。

 メイはカウンターに座った。いつもならば丸テーブルでのんびり食事をするのだが、この賑やかさでは、朝の空気を楽しめそうになかった。


「はぁい、メイ。おはよう」


 少しばかりふてくされていると、顔馴染みのウェイトレスが声をかけてきた。

 小麦色の肌と、三つ編みにされた黒髪。ウェイトレスとはいっても、宿屋の娘だ。質素な服で、装飾品のたぐいは一切ない。


「あ、おはよう、ネリー」


 ネリーは、挨拶もそこそこに、あちらこちらへと食事や飲み物を配っている。この宿のウェイトレスは、ネリーしかいない。今日は、のんびりおしゃべりはできそうにないようだ。


「いつものでいい?」


 額の汗で忙しさを語り、たくさんの皿を抱えてネリーが聞いてくる。うなずくと、ちょっと待ってね、と厨房へ行ってしまった。

 ちょっと、と言いながら、ネリーはしばらく出てこなかった。それでいて、厨房から良い香りがするものだから、メイの腹が鳴ってしまう。


「う」


 年頃の少女としては、恥ずかしい。誰も聞いていないとは分かっても、はしたないと感じてしまう。

 屋敷で暮らしていた頃は、腹を鳴らそうものならば母から厳しく叱られたものだ。

 と、


「ううん、ダメダメ」


 昔を思い出して、すぐさま否定する。もうあそこに自分の居場所はないのだ。今は、ただの冒険者、ただのメイである。

 首を振って忘れようと努力していると、後ろから野太い声がかけられた。


「おおい、お嬢ちゃん、俺のメシはまだかい?」


 荒っぽい声だった。思わず振り返ると、メイの倍は背がありそうな大男が立っていた。

 メイを、ウェイトレスだと勘違いしたのだろう。


「あの、私はここの……」


 誤解を解こうとするが、男は無遠慮にこちらの頭を叩いた。軽くやったつもりなのかもしれないが、メイの頭はぐらぐらと揺さぶられた。


「ははっ、法衣なんか着て。変わってるな、お嬢ちゃん。冒険者のつもりかい?」

「あの、だから……」

「まあいい。腹が減って仕方ないんだ。王都へ行かなきゃならないからな。ここで腹を膨らませないと、長旅で倒れちまう」

「王都へ……?」

「おう。雇い主は王都の商人様よ。かなり羽振りが良いみたいでな、朝からたんまりメシを食うだけの金ももらってる」


 大男は、がはは、と気楽に笑っているが、仕事の内容からして、あまり公言して良い物とは思えないのだが。

 王都、と言われ、メイは先ほどの記憶を思い出しそうになる。

 第三十七代国王ユリーアスが治める、国の象徴たる大きな街。以前、自分が住んでいた場所。メイの家族が何一つ不自由なく暮らす、憧れの場所。

 思い出して、涙がこぼれそうになる。そこを助けてくれたのは、ネリーだった。


「あ、ごめんなさいね、剣士さん。この子は、ウチのお客なの。ご注文は、私にお願いね?」

「あん? こんな小さい子が、客?」

「そうなの。あ、もしかしてこのお皿かしら? 牛のステーキ。朝からたくさん召し上がるのね」

「お、おお、それだそれ」


 大男はあっさりとネリーに付いていった。去り際に、ネリーがこちらにウィンクを一つ送ってくる。その気遣いが、とてもありがたい。

 大男のせいで、なおさら早く食事を済ませてしまいたくなった。


「ごめんね、お待たせ」


 賑わっている方から戻って来たネリーが、メイの前に食事を置いてくれた。

 硬いパンに、野菜たくさんのスープ、それから、


「これはオマケ」


 いつもは食べられない、ハムステーキが付いていた。


「食べたら、お散歩でもしてくるといいよ。あの人たち、食事したらすぐ出発するみたいだから。ギルドのクエスト確認ついでに、ね?」

「うん。でも、いいの、これ?」


 ハムステーキを指さすと、ネリーは愛嬌のある笑みでうなずいてくれた。


「あの人たち、かなりチップをはずんでくれたの」


 それだけ言うと、また厨房へと戻っていった。あの大男たちのおかげで、朝食が豪華になった。

 頭を叩かれたのも、まあ許してあげよう。

 メイは、いつものように、パンをスープにひたして食べる。そしてサービスのハムステーキを食べ、頬を緩ませた。果物のソースが実に合う。自分の稼ぎでは、そうそう食べられない豪華な一品だ。

 ゆっくりと時間をかけ味わいたかったが、男たちはメイの食事が終わっても騒いでいた。ノートスから王都まで、急いでも五日はかかる。途中には、うっそうとした森や、大きな河があるはずだ。いくら大勢だからといっても、そんな場所で野営することになったらどうするのだろう。

 心配ではなく、単なる疑問として考えを思い浮かべ、すぐさま忘れることにした。自分には関係ない、と。

 食器をネリーに返すと、そのままメイは外に出た。

 良い天気だった。空には雲が無く、それでいてまだ陽は低い。過ごしやすい時間だ。

 メイは、ネリーに勧められた通りにギルドへと向かった。ネリーの宿は、大通りに面している。ギルドもまた同じなので、歩きやすい。もう少しすれば荷馬車や人でごった返すだろうが、今はお爺さんやお婆さんが朝の散歩をしている程度。

 いつもこうならいいのに、とは思うが、人の賑わいがなければ、クエストももらえない。軽いジレンマを抱えながら、とぼとぼとした足取りで歩いた。

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