撃退
「てめぇ……!」
怒りに満ちた声が聞こえた。乱暴で、力強い。どこかで聞いた覚えがある声だ。
ゆっくりと、目を開ける。すると、目の前に黒い人影があった。
後ろ姿だったので、表情は見えない。ただ、その人影は、巨人族の拳を、いともたやすく受け止めていた。
「だ……れ……?」
メイの問いに答えたのは、生意気な声だった。
「守るって言ったろうが」
黒い影が、巨人族の拳を弾いた。
「ったくよお、てめぇ……」
少年だろうか。自分とそう変わらないような体が、メイを守るために立っていた。
少年が動く。着ているコートを巻くように、一回転し、
「メイの前で、変身させやがってよお!」
巨人族を、殴り飛ばした。
巨体が、あっさりと吹っ飛んでいく。群れの中に突っ込んで、他の巨人族を巻き込んで倒れた。
「あー、くそっ。メイには絶対に見せたくなかったってのに! あー、もう!」
少年が、頭を掻きむしりながら悶えている。巨人族の脅威など、全く気にしていないようだ。ぶつぶつと、独り言を呟いている。
目の前の光景が、信じられなかった。人間が、巨人族を、ああも簡単に殴れるとは思えない。体の大きさでいえば、大人と赤子ほど違うというのに。
だというのに、少年は当たり前のように殴り、それを気にした風もなく、一人で頭を抱えている。
状況が、全く飲み込めない。
「とりあえず、お前はここにいろよ? あれはとっとと追い出すから」
少年は、言いたいことが終わったらしい。あれ、と巨人族を指さすと、
「潰す」
心底、許しがたいとばかりに走り、飛び込んだ。
仲間を倒されて巨人族が怒り狂う。拳と言わず、足を腕を振り回しながら、少年を追い払おうとする。
そのどれもが、少年には当たらなかった。当たれば即死であろう一撃を、しかも様々な方向からくる攻撃をするりと避けると、巨人族の巨躯を村の外まで吹っ飛ばしていく。
少年はそうとう頭にきているのか、怒声を放っている。もう十数メートルは離れているだろうというのに、メイの耳にはよく聞こえた。
変身、とか、体、とか、嫌い、とか。何を言いたいのかまではくみ取れなかったものの、とにかく怒りに任せて巨人族を殴り、蹴り飛ばしていた。
やがて、巨人族は少年に恐れをなしたか、逃げていった。仲間を引きずりながら、山へと戻っていく。
少年は、立てた親指を下に向けて、最後の一言を放っていた。メイには聞こえなかったが。
巨人族の姿が完全に森に隠れると、メイは腰が抜けてしまった。ギリアムの重さに、それこそ潰されるようにへたり込んだ。
「おい」
少年が、いつの間にか背後にいた。
「え、あ、はい! なんでしょう!?」
「いや、なんで敬語なんだよ。まあ、それはともかく、ケガはないか?」
「は、はい、私はありません! ギリアムさんは、ちょっと大変だから、すぐに治癒を使わないといけませんがっ」
「いや、だから敬語……。あー、いいか、もう」
少年はがっくりと肩を落とした。ため息とともに疲れを吐き出しているようで、
「無事なら、よかった」
一言つぶやくと、その体から光を放って消えてしまった。
「え? あれ?」
一瞬で、姿が見えなくなった。メイがどれだけ見回しても、少年はいない。
その代わりに、黒い猫が一匹、傍にいた。
「あ、ジーク……!」
「よう。その、なんていうか、悪かった」
ばつが悪そうに、うなだれていた。
そういえば、と思い出す。ジークムントを見たのは、巨人族の群れに歩いていくまでだ。その後は、命の危機と、少年の登場ですっかり頭から抜けていた。
「ど、どこにいたの!?」
忘れていた罪悪感がありながらも、怒鳴る。
「ケガはない? どこにもない?」
「あ、ああ、大丈夫だよ」
今度こそ、完全に体から力が抜けた。
「良かったあ……」
相棒が無事で、ほっとした。
ギリアムも、命に関わるケガはない。治癒を使えば、すぐに治る。
「はああ……」
気絶しそうなほどに、気が抜けた。だが、意識を失っている暇はない。
村は酷いものだった。ケガ人は多く、命を失った者もいる。これからが急がしいのだ。のんびりと寝るわけにはいかない。
「ジーク、マーシーさん呼んできて」
「お、おう」
妙に歯切れ悪く返事をして、ジークムントは駆けていった。
まずは、とギリアムのケガに、治癒をあてる。
「頑張らないと」
腰が抜けているのも忘れて、ケガの治療を始めた。




