襲来・絶体絶命
しかし、状況は好転しなかった。
ジークムントの目が光る。耳は、音を拾おうとして落ち着かない。
「確かに、ヤバいな、こりゃ」
扉の前にいるギリアムが、つぶやいた。
「俺にも聞こえるぞ。あの兵隊ども、村まで巨人族を連れてきやがった!」
もはや黙っていられないとばかりに、ギリアムが外に出た。
「マーシー! メイ! お前たちは奥に……、いや、村から出ろ! なるべく遠く!」
「ギリアムさん!?」
メイにも聞こえる。戦いの音、ではない。人の悲鳴ばかりが、あたりに響いている。
すぐさま飛び出した。
外は、酷い有様だった。悲鳴を上げている兵士など、またマシな方だ。
転がっている者が、何人もいた。うめき声を上げているならまだ良い。踏みつぶされ、もぎ取られ、人の形を失った者が多い。
ジークムントの言った通り、魔物は巨人族だった。身長は三から五メートルはあるだろうか。それが五匹もいる。人の家が、まるでおもちゃのようだ。
メイは、あまりの惨劇に吐きそうになった。人の生き死にを見たのは、初めてだった。一人や二人ではすまない目の前の光景は、昔、本で読んだ地獄そのままだ。
口元を抑えながら、あたりを見る。兵士たちはもう戦えないようで、武器はあちらこちらに投げ捨てられている。
そんな中で、ギリアムが一人の兵士を捕まえていた。何やら激しく言い合っている。
「お前が隊長なんだろうが! なにしてやがった! 村に魔物を連れてくるなんて冗談じゃねえ!」
「し、知らない! 仕方ないんだ! 私は戦い方なんて知らない、分からない! あんな魔物を相手にしたことなんてない!」
「ちっ! ならせめて、村の皆を連れて逃げろ!」
「い、嫌だ、そんなことをしている暇は無い! 殺されてしまう!」
兵士は、ギリアムの手を振り払うと、一目散に逃げていった。ギリアムが呼び止めようとしていたが、お構いなしに村から出ていってしまった。
「くそっ!」
ギリアムが悪態をついていた。それでも、元冒険者の意地か、巨人族の群れの前に、毅然と立つ。
「あなた!」
飛び出そうとしたマーシーを、メイは懸命に押さえた。
「マーシーさん、ダメっ! 危ないよ!」
「でも、ギリアムが、ギリアムが……!」
大切な人が、戦おうとしている。それも、一人きりで、無謀に。そんな様を見たら、誰だって平静ではいられない。
だからといって、女性が一人駆け寄っただけで状況は変わらない。むしろ、
「死んじゃうよ!」
転がるものが、増えるだけだ。
「マーシーさん、お願い、村の人たちに声をかけて! 逃げている人もいると思うけど、みんなに教えてあげて!」
メイが懸命に説得すると、落ち着かないながらに、マーシーは分かってくれた。
まだ力ない足取りだったが、メイの頼み通り、村の家を回ってくれていた。
「メイ、お前も逃げろ」
ジークムントが、メイの肩から降りる。すると、そのままギリアムの方へ歩いていこうとする。
「ジーク!」
猫のくせに、本当にメイを守ろうというのか。
「お前も、村の皆を逃がすの、手伝え。マーシーだけじゃ無理だ」
「なに言ってるの! ジークも一緒に逃げてよ!」
「言ったろうが、守るって」
「できないよ、ジークじゃ!」
相棒は、メイの制止を、聞いてくれない。危機感のかけらもない声で、巨人族の群れに向かっていく。
戦っているギリアムが見える。どう考えたって勝ちっこないというのに、勇ましく剣を振るっていた。
それでも、勇ましさだけでは、力の差はくつがえせなかった。巨人族の一匹が、ギリアムを蹴り飛ばした。
「ぐあっ!」
力をいれたようにも見えないのに、ギリアムは小石のように飛んできた。
メイは、慌てて駆け寄る。
ギリアムは意識を失っていた。ケガも酷い。引退したとはいえ、冒険者をただの一撃で叩きのめすなんて、信じられなかった。
慌てて、治癒の法術を使う。未熟な自分でも、いくらかは役に立つだろうと、一生懸命に法力を使う。
そこへ、重い音が近づいてきた。はっ、と顔を上げると、巨人族の一匹が、こちらに向かってきている。
「あ……」
ギリアムを抱えて逃げようとするが、遅い。巨人族は拳を振り上げ、メイとギリアムを叩き潰そうとした。
目を閉じることしかできなかった。せめてギリアムだけでも助けたかった。このまま潰されたら、マーシーが悲しむ。
胸の中で、唱える。ごめんなさい、と。ネリーと、エムと、マーシーと、そしてジークムントに。
こんな自分でも、死ねば悲しむ人がいる。ネリーは泣き、エムは肩を落とすだろう。マーシーはギリアムがいなくなったら、どうかなってしまうかもしれない。
ジークムントは、主人であるメイが死ぬと、命を繋げられない。守ると言ってくれた黒猫も、いなくなってしまう。
目をつむって震えていた。来るであろう巨人族の拳を、覚悟した。




