こっそり侵入
悩みに悩んだ結果、メイは結局、トニ村が気になってどうしようもなかった。
行動に移したのは、一時間前。トニ村方面へ行くという行商人に頼み込んで、馬車に乗せてもらった。
正直なところ、村に着いてからのことは考えていない。馬車の中でもひたすら考えたが、良い案は浮かばなかった。
トニ村を迂回する、と行商人が言ったので、村の近くにある林で下ろしてもらった。
何度も礼を言って、メイは馬車を見送る。馬が見えなくなったところで、メイは走り出した。
無謀であるとは自覚している。行き当たりばったりだ。それでも、例え兵士に止められようとも、村を見に行きたかった。
メイは、肩に乗った黒猫をちらりと見た。意外にも、ジークムントはメイを止めなかった。普段のジークムントならば、メイの無茶をいさめるはずだ。
ジークムントも何やら考えているようだったので、声はかけない。自分よりも思慮深い相棒のことだ、メイよりも良い案を出してくれるかもしれない。
トニ村に近づいてきたので、メイは木々に紛れるようにして走る速度を落とした。
村の門が見えてくると、メイは適当な木の影に隠れて村の様子をうかがった。
「……あれ?」
メイの予想では、村の入り口は、兵士によって監視されているはずだった。しかし、門には兵士どころか、村の警備隊すらいなかった。
声は聞こえてくる。大声で、なにやら叫んでいた。声の主は何人もいた。ただ、声は漠然としており、メイの耳では言葉がよく判別できない。
なにかあったのか。せわしなく動いているのは兵士のみ。村人の姿は見かけない。
「ねえ、ジーク、兵隊さんが何言ってるか、聞こえる?」
相棒の黒猫は、耳をぴくぴく動かしながら村の方を向いていた。猫の耳なら、詳しい話を聞き取れるはずだ。
しばらくジークムントは黙って村の方を見ていた。
「魔物……?」
ジークムントは、たったの数分で兵士の声を聞き分けた。
「魔物?」
オウム返しに、メイが尋ねる。
「魔物が出たって言ってるぞ。兵隊どもは、山の方に行くってよ」
「魔物? 山に?」
「ああ。今なら、村に入れるぞ、メイ」
音も無く、ジークムントはメイの肩から降りた。状況を把握したのか、
「ついてこい」
と、走り出した。
「う、うん!」
メイもジークムントに続く。
門から入り、家の影を利用しながら、慎重に進んだ。何人か兵士を見かけたが、皆、魔物の方が重要らしく、注意を払っていなかった。
あっさりと、ギリアムの家に着いた。通りに面した扉ではなく、裏から窓を小さく叩く。
ギリアムとマーシーはすぐに気づいてくれた。兵士の隙をついて、家の中に入れてもらう。
「メイ、お前どうして……」
ギリアムとマーシーは驚いていた。気持ちはよくわかる。メイだって、自分がここまで大胆に行動できるとは思っていなかった。
「最近、トニ村の方からクエストが無くて……。それに、兵隊さんが来たって聞いて、心配になって……」
「お前、それだけで村に来たのか……?」
メイは、すぐにギリアムに頭を下げた。
「ごめんなさい! どうしても気になって、商人さんの馬車に乗せてもらって、それで……」
軽率な行動を咎められると思ったメイは、素直に謝った。ギリアムのため息が聞こえる。
「全く、無茶をするもんだ」
しかし、ギリアムはメイの頭を撫でるだけで、怒らなかった。マーシーに至っては、
「ああ、メイ。本当にギリアムの言う通りよ。こんな危ないところに、一人で来るなんて」
と、心底から心配してくれた。
「だ、大丈夫。ジークが道案内してくれたから。兵隊さんには、バレてないよ!」
「そういう問題じゃないわ」
優しく抱きしめられて、メイの胸には、安心感が広がった。
ギリアムもマーシーも無事だった。きっと村の皆は閉じ込められるだけで済んだのだろう。
だが、今は気を抜くのは早い。
「ねえ、ギリアムさん、魔物が出たって、本当?」
ギリアムは頷いた。
「兵隊は、ほとんど山に行った。ただ、魔物とはいっても、何が出たのかは分からん」
「じゃあ、兵隊さんたちは、魔物を倒すために、ずっと村にいたの?」
「いや、それは別の話でな……」
「別の……?」
ギリアムは言葉を濁していた。秘密にしているというよりは、言いづらいという雰囲気だ。
「この前の、盗賊の件なんだが……」
「盗賊? じゃあ、盗賊から?」
「ああ、そうでもなくてな……」
ギリアムは頭を掻いて誤魔化そうとしていたが、やがて観念したように口を開いた。
「この前の盗賊たちが、化け物に殺されたんだ」
「え……?」
殺された、という言葉に、メイは固まった。
「で、でも、確か、帰っていったって……」
「おそらく、ジークが見たのは化け物に追われて、逃げるところだったんだろう」
それで、とギリアムはため息を漏らす。
「このあたりに化け物がいるんだ、って兵隊どもが探しにきたのさ。俺たちは、誰もそんなの知らないってのにな」
「私も、聞いたことないよ? 何度も村に来てるけど、見たことない……」
「ああ。そんなものがいたら、俺たちはすぐにギルドを頼るさ。腕利きの冒険者をよこしてくれ、ってな」
ギリアムの言う通りだ。化け物と呼ばれるものが本当にいるなら、トニ村の全員が危ない。
どうにも話がかみ合っていない。噂では、兵隊は一週間も前に村を占拠している。
その間、何事もなかったとギリアムは言った。
「もしかしたら、今、出てきた魔物ってのが、例の化け物なのかもしれん。それを仕留めたら、連中も帰っていくかもな」
そうであって欲しい。兵隊たちが帰ってくれないと、トニ村の皆は安心して暮らせない。
魔物を倒して引き上げてくれるならば、二重の意味で助かる。
メイは、ギリアム、マーシーと三人で、成り行きを見ることにした。今日はジークムントも姿を消すことなく、メイの傍らにいてくれた。
外が、だんだんと静かになっていく。兵隊のほとんどが、魔物の方にいったのだろうか。
メイは窓からのぞいてみた。見える範囲に、兵士の姿はない。
逃げられる好機ではないだろうか。
いや、と首を振る。ギリアムとマーシーだけならともかく、村には他の人たちがいる。皆に声をかけて回る時間まではない。
無言が続いた。いつもなら文句を言いそうなジークムントも大人しくしている。
どれだけの時間を過ごしただろう。
突然、ジークムントがメイの肩に乗った。耳が、せわしなく動いている。
「……マズいぞ、メイ」
緊張感のある声だった。
「どう、したの?」
「魔物が、近くまで来ている」
ジークムントの言葉に、一番に反応したのはギリアムだった。
立てかけてあった剣を取ると、扉に背を預けた。耳を扉に押し付けて、外の音を聞き取ろうとしていた。
「ジーク、どれだけの距離があるか、分かるか?」
ギリアムの問いに、ジークムントが難しそうに答える。
「まだ遠いな。だが、悲鳴が多い」
メイは息を呑む。
「悲鳴って、兵隊さんの?」
「だろうな。音は、近づいてきてる」
「負けそう、ってこと?」
「それ以上にマズい。妙にデカい足音は……、巨人族だな。一匹二匹じゃないぞ、これは」
ジークムントが、メイの肩から跳び下りた。そのまま、窓から飛び出そうとする。
「やっ、ダメ、ジーク!」
メイは急いでジークの尻尾を掴んだ。
「う、うおっ、何すんだ、メイ!」
「どこいくの!?」
「様子を見てくるんだよ! 兵隊どもがしくじったら、今度は村だ。状況を知らなきゃ、逃げるかどうか決められないだろ」
「でもダメっ」
「おい、メイ。……メイ?」
ジークムントは、こちらを向いて、固まった。
「お願い、ジーク、一緒にいてよお」
「メイ……」
おそらく、とんでもなく酷い顔をしていたのだろう。
涙があふれて止まらない。鼻水だって、流れっぱなしだ。
メイは、ジークが飛び出そうとした時、強烈な焦燥感に襲われた。いなくならないで、と。一人は嫌だ、と。
ジークムントは、もうメイにとって唯一の家族なのだ。様子を見るなどと言っても、戦いに巻き込まれたら、もう戻ってこられないかもしれない。
それは、考えただけでも、胸が締め付けられるように痛くなる。
捨てられた記憶が、鮮明に思い出される。親に見放され、門番に押しのけられ、一人ぼっちになってしまったメイを、唯一助けてくれたのがジークムントだった。この生意気な黒猫がいなければ、自分はきっと生きていられなかった。
ジークムントは、メイの命の恩人だ。いつも、一緒にいて欲しい。危ないことなど、して欲しくない。
黒猫が、ため息を吐きながら、メイの肩に戻って来た。
「んなに、泣かないでくれよ……」
「泣いてなんか、いないもん」
ジークムントが、メイの頬を撫でる。涙を拭おうとしてくれているのだろうが、猫の肉球では難しいらしい。だが、ふにふにした感触は、メイの心を落ち着かせてくれた。
「仕方ねえ。万が一の時は、オレがこの村を守ってやるよ」
「無理だもん。ジーク、猫だもん。龍族じゃないもん」
「オレがその気になれば、龍族だって倒せるぞ」
そんな強がりも、今は嬉しい。




