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Knight of the girl ~少女と黒い猫~  作者: きと さざんか
3:災難再び
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魔物の影

 トニ村には、静けさが漂っていた。

 畑に出る男たちがいない。洗濯物を干す女たちがいない。広場で走り回る子供たちがいない。

 いるのは、鎧を着た兵士ばかりだった。領主により派遣された、二十人程度の兵隊である。

 村人は、家から出ないように命令されていた。許可無く出ようものなら、むち打ちだとも。村から出ようとするなら、首を切るとも言われていた。

 兵士たちは、面白くなさそうに村を見回っている。互いに冗談の一つも言わず、命令通りに巡回しているだけだった。

 職務に忠実である、というわけではない。飽きているのである。

 トニ村は、どこにでもあるような、小さな村だ。産業といっても畑と、小さな牧場があるくらい。娯楽は無い。

 黙々と巡回するのも、話すネタが無くなっただけにすぎない。到着したばかりのころは化け物の話題で持ちきりだったが、それも二日とせずに語り終えてしまった。

 今は、ただ命令に従って歩くだけ。警戒など、とっくに忘れている。緊張感も何もない。

 この村でまだまともな、意味のある仕事をしているのは、隊長くらいなものだ。

 今日もまた、隊長であるネストールは村長の家にいた。盗賊団を壊滅させた化け物の話をするためだ。

 しかし、話をするため、と言っても、ネストールにも、村長にも話すことはなくなっていた。こちらも、数日前に、終わっているのである。


「まだ、お帰りにならないのですかな?」


 安楽椅子に腰かけた村長が、静かに語りかける。ネストールは、出された茶を飲み、大きく息を吐いた。


「戻れという命令がこないので」


 ネストールは、今年で四十三になる中年の男だった。鎧を着けていない体は細い。訓練は、最低限しかおこなっていない。武官ではなく文官だと、一目で判断できるだろう。

 ネストール本人も、自覚している。戦う相手は、文書と帳簿。獣や魔物と戦ったのは、新兵だったころの数年程度である。今の主な戦場は、机の上だった。


「そろそろ、食料の備蓄もなくなる頃合いでしょう。それを理由に、お帰りになることもできるのでは?」

「ああ、そうだな。私も、ここまで長く留まる意味を感じていない。化け物など、最初から信じてはいないよ」


 そう言って、カップを置く。

 ネストールも、早く城に戻りたかった。報告書に書く文面は、一日目で決まっている。問題無し、と白紙に大きく書いて、こんな任務など終わらせたかった。

 それができないのは、物的証拠というやつが存在するからである。

 皮肉にも自分の歳と同じ数、四十三の死体がトニ村付近の林の中で見つかった。どれも酷いありさまだった。首を捻られ、脳天を割られ、腹に大穴を空けたものもあった。

 どう見ても、ただの獣の仕業ではない。かといって、人にできるとも思えない。

 真犯人は、確かに化け物と呼べるモノなのだろう。どこにいるのかは知らない。ただ、盗賊どもを虫けらのように潰したことだけは間違いない。盗賊団は、名も姿も分からぬ化け物に殺されていた。

 だというのに、見張りを立てても、化け物が出たという報告は来ない。付近を捜索しても、ただの獣が偶然に見つかった程度だ。

 村の人間に聞いても、化け物など知らないと口をそろえて言うばかりだった。あのように人が殺された事件は、村長ですら初めてだという。

 村全体が、嘘を言っているとも考えた。しかし、化け物の存在を隠す意味など、どこにも有りはしない。そんなものがいれば、村人だって殺されてしまう。

 部下に調べさせたが、ここ百年の間、トニ村には何一つ問題はなかった。税も支払われているし、違法な薬を作っていることもない。村人同士のいざこざもなく、平和しか売りのない村だった。


「全く、どうしたら私は城に戻れるというのだ……」


 小さくぼやいたつもりだったが、村長に軽く視線を送られた。耳に入ってしまったようだ。

 領主からの命令は、トニ村に出た化け物の他に、もう一つあった。盗賊どもが持っていたであろう宝を探せと。

 領主の執着に呆れながら、ネストールは報告書を思い出す。先遣隊が見たのは盗賊の死体だけ。装飾品など、全く身に着けていなかったそうだ。

 金も持っていなかった。化け物が拾っていったのか、もしくは別の何者かが死体からはぎ取ったのか。

 気にはなるが、ネストールは事態を大きくとらえていなかった。死んだ盗賊から、仲間が拾って逃げかえったくらいだと思っている。

 村長の視線を咳払いでやり過ごし、空になったカップを茶で満たす。もう何度も飲んでいるので、味には飽きていた。それでも飲まねば、間がもたなかった。

 何度か、城へと使いを送っていた。何も問題はないと、領主に伝えている。宝も見つからないとも。それでも戻れと言われないのは、殺されたのが盗賊団だったからか。

 盗賊たちは、自分たちの縄張りを持っている。基本的には、そこから出ない。宝だが、今回の連中は、縄張りから遠くまで出張って来た。

 おそらく、狙っていた獲物は、王都へ向かう行商人の一団だ。この村は、ただの通り道でしかなかったと思われる。獲物にたどり着くこともなく盗賊たちは壊滅してしまった。

 領内に縄張りを持っていた盗賊団が潰された。となると、その話は、すぐに同業者に知れ渡るだろう。縄張りの空白地帯を求めて、新しい盗賊がなだれ込む可能性がある。領主はこれも警戒しているのかもしれない

 ならば、とネストールは考える。大規模な討伐隊を組んで、盗賊狩りをすればいいと。

 もっとも、あの金にうるさい領主に、そんな決断ができるとも思えない。平和に慣れ、兵の数も減らされている。文官である自分が引っ張り出されたのも、ただの人手不足が原因だった。

 どう対処したらいいものか。ネストールは今の領主に忠誠を誓ってはいない。それこそ、金のため。貧しい暮らしを脱したいがため文官をやっているにすぎない。

 またカップが空になった。話すこともない。もう引き上げようかと思った時だった。

 扉が、乱暴に叩かれた。村長と一緒に、そちらに視線をやる。


「入れ」


 短く言うと、慌てた様子の兵士が入って来た。信じられないモノを見た、と顔に書いてある。

 ネストールは、兵士の尋常ではない表情に、嫌な予感を覚える。まさか、と椅子を蹴って立ち上がった。


「何があった」


 確認すると、兵士は息も絶え絶えに言う。


「魔物が、現れました!」

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