予感的中
盗賊の一件から、五日が経った。
メイは最初の一日こそ体を休めたが、二日目からは、いつもの生活に戻った。
朝からギルドに行き、クエストを確認。自分でも出来そうなものがあれば、積極的に受けていく。さすがに、盗賊団の恐怖が抜けきっていないので、受注したのは簡単なものばかりだったが。
メイから恐怖が抜け切ったのは、それこそ五日経ってからである。街の近くは、安全だ。その街から離れていない場所で仕事をしていたので、やっといつもの調子が戻って来た。
ジークムントと他愛ない会話をしながら、日々を過ごした。事件らしい事件など何もない。せいぜいで、生活費のやりくりに頭を悩ませたくらいか。クエストだけではなく、街でも働くべきか悩んだ。
それはともかく。
調子を取り戻したメイが、宿で食事をしていた時である。とある冒険者たちが、噂話をしていた。
なんでも、近くの村に兵隊が来ているらしい。目的は不明で、様々な憶測が飛んでいた。
曰く、領主が重い腰を上げて魔物の討伐隊を組んだ。
曰く、他国から要人が来るので護衛するために待機している。
曰く、税を払わない村を焼き払いに来た。
どれも荒唐無稽な話ばかりだ。ただ、兵隊と言われると、メイはギリアムの村が気にかかった。
ノートスの近くにある村、というと、真っ先に思いつくのが、あのトニ村だった。先日、盗賊騒ぎがあったのだから、兵隊が来ていてもおかしくはない。
もっとも、盗賊は来ず、結局は何もなかったのだが。今更、村に来てもやることは何もないだろう。すぐに引きあげていくのだろうと考えた。
その考えが間違っていたと判明したのは、噂話を聞いてから三日も経った頃である。
冒険者だけではなく、耳ざとい行商人までもが噂話をするのだ。
宿で食事をしていた時には、
「なんでも、盗賊騒ぎがあったらしいが、あんなにたくさんの兵士をよこすなんて、領主様は何を考えているんだろうね?」
「護衛じゃねえか?」
「バカかお前。あんなちっぽけな村、守ってどうする。出費がかさむだけで、うま味なんかどこにもありゃしねえ。ここの領主が金にうるさいのは知ってるだろうが」
「ああ、そういえば、そんな話を聞いたことがあるな。ということは、何が理由なんだろうな?」
「小耳にはさんだ話じゃ、なんでも村にはお宝があるって話だ。盗賊も、その宝を狙いに来たんじゃないかってな」
「宝ぁ? あんな村にか? 痩せた村のどこにそんなもんがあるんだよ。宝があるなら、領主にすぐさま貢ぐだろう」
「村に伝わる秘宝とか、兵士は言ってたな。村長が宝を渡さないから、兵隊が送り込まれたんだと」
「ふうん。あるんなら、とっとと渡しちまえばいいのに」
「だなあ。兵隊に監視されてちゃ、食い物もまともに喉を通らねえだろうよ」
行商人たちは憶測を適当にしゃべっただけ。食事が終わると、何事もなかったように店を出て行った。
話が、大きくなっている。メイは、トニ村に宝があるなど聞いたこともない。いつだったか、暇に飽かしたおしゃべりで、村で一番の宝は牧場の牛だ、とギリアムは笑っていた。
気になってしかたがない。メイはギルドで、トニ村方向にクエストが無いか調べてみた。クエストという理由があれば、村に入っても怪しまれないだろう、と。
しかし、数日間張り付いてみても、クエストは無かった。トニ村方面のクエストが、一つも貼られない。
メイの疑念はさらに大きくなる。まるで、トニ村を孤立させようとしているようだ、とも思う。
ギリアムやマーシーのことが気にかかる。無事に過ごしているだろうか。
今朝も、トニ村近くでのクエストは見つからなかった。盗賊騒ぎから、もう二週間が経っている。
兵士の噂を聞いたのは一週間前。話が真実ならば、兵隊は一週間もトニ村にいることになる。
いくらなんでも、おかしい。
「ねえ、ジーク?」
ジークムントに相談しようとして、また姿がないことに気づく。
メイはため息を吐いた。
「もう。また散歩かしら」
仕方がないので、先日見つけた仕事、雑貨屋の店員をしに出掛けようとする。法衣ではなく、麻の仕事着を着る。味も素っ気も無い服だ。可愛くない。
それでも、仕事中はこの服を着るように言われている。
先ほどとは別のため息をついて、扉を開けようとした時、窓の方から小さな音がした。
ジークムントが帰ってきた。
「ジーク、出かける時はちゃんと言って……」
少しばかり怒りながら、相棒に向き直った。
「メイ、面倒な話になったぞ」
「ふえっ?」
叱りつけようとした、その前にジークムントが低い声で言ってくる。
「トニ村のことだ」
いつになく、声が固かった。
「噂は本当らしい。兵隊が居座っていやがる」
「え? え?」
「この前の盗賊騒ぎがマズかったらしい。逃げおおせた奴が、村の林に化け物がいる、なんて話をしたそうだ。そんな話が領主まで伝わって、村の中に何かいるんじゃないかと探ってる。いや、村の連中を監視してる」
「じ、ジーク? 何の話?」
「村だよ、トニ村。お前、最近思いっきり気にしてただろ」
どうやら、ジークムントは散歩ではなく、情報収集のために出かけていたようだ。
いきなりの話だったので、メイは面食らってしまった。
「調べて、くれたんだ」
「ああ。オレも知りたかったしな」
ジークムントは、寝床の上にいながら、しっかりとメイの瞳を見つめている。
ジークムントが言うのだから、嘘ではないのだろう。冗談は言っても、決して嘘は言わないのが、メイの知るジークムントである。
話を胸の中で繰り返して、メイは自分の顔色が悪くなっていくのを感じた。
「ど、どうしよう……」
反射的に呟いたが、メイにできることは何もない。冒険者とはいっても、しょせんは子供。自分の未熟さは、まさに先日、痛感させられた。
しかも、今度の話は、領主が絡んでいるという。
「でも、村に、そんな……。化け物、なんていないよ……」
化け物と呼ばれる人も、動物もいない。
「それに、林! 林は私たちだって、何回も通ってる! 化け物どころか、普通の動物だって、見かけないじゃない」
メイが訴えても、ジークムントは何も言わなかった。
「何かの間違いだよ。きっと、逃げた盗賊が、変な話をしているだけだよ……」
メイは、言いながらクエストのことを思い出す。トニ村方面にクエストが無かったのは、おそらく領主の命令だろう。
ギルドのせいではない。ギルドは、どこにおいても中立を貫いている。しかし、依頼者が来なければ、ギルドもクエストを作成できない。
トニ村の皆は兵隊に監視されて、外に出られなくなっているのだ。
必死に考えても、良い案は思いつかなかった。もし、村へ入れたとしても、領主の兵隊をどうこうするだけの力は、メイにはない。
ギリアムとマーシーは無事だろうか。何か、酷いことをされていないだろうか。
別れ際の笑顔が、目に浮かぶ。マーシーのシチューが恋しくなる。
「あれっ?」
そこで、メイはふと思い出した。
盗賊騒ぎの後、メイは、ギリアムと一緒にノートスに戻った。ギリアムたちは何か大切な用事があるようだったが、それが今回の件と関係していないだろうか。
「ねえ、ジーク」
「なんだ?」
ジークムントに、ギリアムたちの話をする。
「ああ、そういえば、そうだな。なんだか落ち着かない雰囲気だった」
「ジークも感じてた? なんだろう? 街に着いたら、すぐに別れちゃったけど……」
あの時、強引にでも内容を聞いておけばよかっただろうか。もはや後の祭りだが、聞いておけば、メイにも事件を判断できたかもしれない。
そのまましばらく知恵を絞っていた。雑貨屋の仕事よりも、ギリアムたちの方が大切だ。ジークムントも、目を閉じ、思案しているようだった。
「……ダメ、何も決められない」
メイの方が、先に結論を出した。自分にできることはない。何かしてあげたいと考え抜いても、メイは村に入る方法すら見いだせなかった。村を、兵隊から解放するなどできない。領主に意見を言うなど、全く不可能だ。
「ジークは……?」
返事は無かった。ジークムントにも、良い考えは出なかったのかもしれない。
目を閉じた黒猫は、真っ黒で影の中に溶けて行きそうだ。これで外が夜ならば、まず人の目では見つけられないだろう。
そうだ、夜ならば、と思いつき、
「メイ、オレが一人で村に入っても、意味が無いぞ」
「あう」
確かにその通りだ。ジークムントは、サーヴァントといっても、猫。兵隊に見つからなかったとしても、役には立たない。伝言くらいが関の山だ。
「なんとかしたいってのは、オレも同じだ。ただ、今、オレたちにできることはない」
ジークムントも、打つ手が見つからなかったようだ。
「くそっ、しくじった……」
呟きを聞いて、メイも悲しくなった。
盗賊騒ぎの次は、化け物騒ぎ。しかも、領主の兵隊付きだ。
着替える気力も湧かず、メイはベッドに寝転がるしかできなかった。




