メイ
メイは、王都にある貴族の名門、シュトローム家の次女として生まれた。
シュトローム家は、王都では知らぬものがないとまで言われる、法術師を多く輩出する名家である。
当主、ジン・ラ・シュトローム、その妻、リディア・シュトロームも、王家に仕える優秀な法術師だった。
メイの姉、シンシア・レ・シュトロームは幼少の頃からその頭角を現し、わずか九歳で、優秀な法術師のみが通う王立学院に入学。成績は常に一位。実技も学科も、同級生、さらには上級生を超える資質をみせていた。
メイも、将来を期待された法術師として、小さな頃から英才教育を受けていた。姉ほどではないにしても、そこいらの法術師よりもはるかに優秀で、王家にゆかりのある貴族との婚約まで決められていた。
メイは、そんな自分の人生を全て受け入れていた。誇らしい父と母、そして姉。皆がメイに優しく、裕福な生活をおくっていた。
それが失われたのは、メイが十歳になるころだった。
父と出かけた王都の一角。新しい杖を買いに出かけた時である。
道端で倒れた、一匹の黒猫を見つけた。メイは、すぐさま馬車から降り、黒猫を抱き上げた。服が汚れるのにも構わず、助けようと、法術を使った。
だが、どんな傷でも癒してきたメイの法術が、その黒猫には通じなかった。一生懸命、力を振り絞っても、猫は死ぬ寸前のまま変わらない。
父は、そんな猫など捨ててしまえと言った。薄汚れた獣などのために法力を使うなど、意味がないと。
それでも、メイは父の言葉に反して、法術を使った。どうしても効かないと悟ると、黒猫をサーヴァントにしようと試みた。
サーヴァントにしてしまえば、法術師と結ばれ、法力が黒猫に直接伝わる。そうすれば、黒猫は助けられると信じた。
父は怒鳴って来た。シュトローム家の子供に、猫程度の低級なサーヴァントなどいらないと。家名に泥を塗ることになると。
それでもメイは、黒猫をサーヴァントにした。
それからである。メイの法力が急速に失われていった。一流の法術師に成れると信じられていた資質が、そこいらの三流並みになってしまった。
父と母は激怒した。シュトローム家の娘が、ただの黒猫をサーヴァントにしたくらいで力を失うなど、ありえない。お前は出来損ないだと、ののしられた。
姉のシンシアだけはメイをかばってくれた。朝だろうと夜だろうと構わず、父と母を説得しようと頑張ってくれた。
しかし、姉の努力は報われず、黒猫を拾ってから一年後、メイはついに家から追い出された。たったの十一歳で、絶縁を叩きつけられた。
メイは泣くしかなかった。大好きだった父と母が、今や自分を愛していない。唯一、家でかばい続けてくれた姉が、学院で家を空ける隙をついたかのように放り出された。
最低限の荷物だけ持たされ、門の外に独り、置き去りにされた。どれだけ泣いて、叫んでも、門は二度と開かなかった。
衛兵が、メイを家から遠ざけた。顔には、申し訳ないと書いてあったけれど、助けてはくれなかった。
泣きじゃくるメイを助けてくれたのは、サーヴァントにした黒猫、ジークムントだった。家を追い出され、行き場を失ったメイに懸命に助言し、ノートスの街まで離れるように促した。
ジークムントは、猫らしいしたたかさで、行商人を口説き落とし、メイをノートスまで運ぶよう頼んでくれた。
王都で有名なシュトローム家の次女様が、世界を学ぶために旅に出る、などと言っていたか。
数少ない小遣いをやりくりしてメイをノートスまで運んでもらうと、今度は宿も探してくれた。
サーヴァントを持つ以上、メイはやはり法術師であるとすぐに理解された。法術師という肩書は便利だ。三流であるということだけ隠せば、受け入れてくれる場所は多い。
ジークムントがネリーの父親を説得したくれたからこそ、今の寝床がある。家賃は払わねばならないが、格安だ。
ジークムントは、ねぐらを確保すると、ノートスの街を駆け巡った。メイを修行中の法術師だとふれこむためだった。
簡単な仕事から請け負い、徐々にメイを外の生活に慣らしていった。そして、メイが冒険者になるまで育ててくれた。
ジークムントが、どこでこれほどの話術を身に着けたのかは、教えてもらっていない。サーヴァントとはいえ、ただの野良猫が、年端もいかぬ少女を育てるなど、聞いたこともない。
今でこそ生意気でふてぶてしい黒猫は、メイの命の恩人だ。生活が落ち着いてきた頃、ジークムントに礼を言ったことがある。すると、あの黒猫は、
「お前も、オレの命の恩人だからな。これで貸し借りなしだ」
そう、わずかに照れながら言ってくれた。
サーヴァントは主人に従うもの、とは言うが、メイとジークムントは、どちらが上とも下ともいわない。ただ、対等の相棒という形で付き合っている。




