一安心
ギリアムの家で一晩を過ごしたメイは、朝早くから、荷馬車を待っていた。
マーシーはメイの出発を心から惜しんでくれた。弁当を渡して、なお、何度も何度も引き留めようとしてくれた。
嬉しくてたまらなかった。とはいえ、自分は冒険者だ。後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、村の入り口でジークムントと一緒に荷馬車を待っている。
「今日は、どうだろ?」
荷馬車はなかなか来ない。
「ジーク」
「んあ? そのうち来るだろ」
「うん、だと思うんだけど……。昨日のこともあるし」
肩に乗ったジークムントは、盗賊団のことを、あまり重くは受け止めていないようだ。メイを安心させるためか、飄々(ひょうひょう)としている。
しばらく、他愛ない話が続いた。ネリーに謝らなきゃ、とか、エムは喜んでくれるかな、とか。
心細さを誤魔化すための会話だった。それを知ってか知らずか、ジークムントは短いながら相槌を打ってくれる。
いつもと変わらぬ態度を見ていると、気が安らいできた。昨日のことが、遠い昔のように感じてくる。
話が、マーシーの作ってくれたシチューに移ろうとした。そこでやっと、馬のひづめの音が聞こえてきた。
馬車が来たようだ、と音の方を向く。しかし、来たのは馬車ではあるものの、
「あれっ、ギリアムさん?」
先ほど別れたばかりのギリアムを先頭に、村の男たちが三人ほどやってきた。
「どうしたんですか? 今からお仕事?」
尋ねると、ギリアムは何故か困ったように頭を掻いていた。
「ああ、メイ。定期便、まだ来てないのか?」
「あ、はい。来てません」
「そうか。ノートスに帰るんだよな?」
「そうですけど……」
「んじゃ、一緒に行くか。俺たちもノートスに行かなきゃならん用事があって」
そういえば、ギリアムはメイより早く出かけていた。見送ってくれたマーシーがそんなことを言っていた。
「いいんですか?」
「おう、いいぜ。いつもの乗合馬車よりは座り心地が悪いが、そこは我慢してくれ」
「えぇ、大丈夫、ですけど……」
昨晩の様子を思い出す。家で食事を取っていた時も、ギリアムは妙に静かだった。どうやら、かなり大切な用事があるようだ。
聞いてみたいが、ギリアムの表情からして、教えてもらえないだろう。ならば、あれこれと詮索せずに、素直に馬車に乗せてもらった方がいいだろう。
お願いします、と馬車に乗り込む。ほろが無いので空がよく見えた。
「それじゃ、行くぜ」
ギリアムが言うと、馬車が動き出した。村男たちも、付いてくる。
珍しいことがあったものだ。こんなに大人数で街に行くとは。
ガラガラと揺れる馬車に乗りながら、メイはぼうっと空を見ていた。いつもはおしゃべりなギリアムが、何も言わず馬に乗っている。暇があれば、自分の話をしたがるのに。
メイは痛くなる尻を気にしながら、空と風景を意味もなく眺めていた。ジークムントは馬車の乗り心地などどうでもよいとばかりに寝ている。
街には、何事もなく着いた。
礼を述べて、メイはねぐらとしている宿に戻る。案の定、ネリーが心配していて、こちらの姿を見るなり抱きしめてきた。
「もう! 連絡くらいしてよ!」
そうは言われても、事態が事態だ。早馬を飛ばすこともできなかった。
メイは、差しさわりのない程度に、昨日の話をする。盗賊団が村を襲おうとしたが、何事もなかった。ギリアムの家に泊めてもらい、半時前に、ギリアムたちと一緒に村を出たと。
盗賊団、のあたりでネリーが顔色を変えたが、無事だったと念を押すと、やっと安心してくれた。
「そう、無事ならなによりね。でも、なんで盗賊たちはいなくなったのかしら」
「分からない……。ジークが様子を見に行ったらしいけど」
ちらりと視線をやると、ジークムントは部屋へと行ってしまった。寝直すつもりなのだろう。
ともあれ、とネリーと話終えると、メイはギルドへと向かった。
エムもまたメイを気にかけていた。薬草調達など、受けたその日に終わるような簡単なものだ。なのに、メイが帰ってこないので落ち着かなかったと言ってくれた。
「ごめんなさい、エム。お仕事、邪魔しちゃったかな?」
「いいの。メイが無事なら、仕事なんてどうでもいいわ。忙しくなかったしね」
エムの微笑みが嬉しくて、メイも顔をほころばせた。薬草を渡して、報酬である銅貨十枚を貰う。ついでに今日のクエストを確認したが、メイが受けられそうなものはなかった。
残念だと思う反面、今日は体を休めたいのでありがたいとも思う。
メイは報酬を片手に、宿へと戻った。やはりジークムントは、わらの上の寝床で丸くなり、寝ている。
ローブを姿見にかけて、杖を置く。自室の空気を目いっぱい吸い込むと、やっと心が安らいできた。
ギリアムやマーシーと過ごした一晩も嬉しかったが、やはり自室の安心感は良いものだ。
気が緩むと、眠気が一気に襲い掛かってくる。メイは寝間着のワンピースに着替え、ひと眠りすることに決めた。今日くらいはダラダラと過ごしても罰は当たるまいと。
ベッドの硬さを懐かしいと感じながら、メイはゆっくりと眠りについた。




