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【迷宮は】面倒事対処 その02【宝庫】

スレ２８ 番外篇：神剣勇者

「……お、おのれ勇者。なぜ貴様はそこまでして、我らを滅ぼしていくのだ」

　崩壊が進む城、そこでは二人の男たちが闘いを行っていた。

　片方は黒い力を操る者。

　片方は白い力を操る者。

　それぞれの色に合った剣を握り、剣戟を繰り広げている。

　彼らは──魔王と勇者、どちらも絶対的な強者として語り継がれる存在だ。

　その力のぶつかり合いが、今の崩落寸前の城を生みだしたのだった。

「お前のように、始めから一つのことだけに生きてきた奴には分からねぇよ」

　魔王の問いかけに、勇者は冷たく答える。

　……思い出したくもない。

　ただ誰かのためと思い、頼まれたことをこなし続けたあの日々など。

　そうして尽くした先に、いったい何が残ったのだろうか。

　平和？　──すでに自身を裏切った召喚国は、痛い目に合ってもらった。

　幸せ？　──何を手に入れようと、何をしようと満ち足りることは無かった。

　自由？　──そもそも勇者と言う立場そのものが、自分自身の足枷になっている。

　かつて失ったもの──あれほど嫌だと思っていても、己が気付かなかっただけで、最高に幸せだった日々を取り戻す方法は……たった一つである。

「お前には、俺の未来の礎になってもらう。拒否は認めない。だからこそ、俺は今まですべての魔王を殺して来た。──お前のように聡明な奴が一番面倒だ。力はあるクセにすぐに逃げ出す……殺すのに時間が掛かる」

「貴様ぁああああああああ！！」

「煩い──『閃光』」

　勇者は握り締めた剣を振るい、魔王を綺麗に両断する。

　すると、剣が描いた軌跡が眩く光り、内側から魔王を浄化していく。

「貴様は、絶対に地獄に堕ちるぞ！　たとえこの先に何をしようとも、我が国を……魔族すべてを滅ぼして来た貴様に、安寧など訪れるはずが無いのだぁあああああああ！！」

「俺はただ、間引いただけだぞ」

　魔王は最後に呪怨を残し、この世から消え去った。

　勇者は剣を鞘に仕舞い、ため息を吐く。

「終わった……終わったんだな。ついに、このときが来るのを待ち望んでいた。終わることなんてないと思っていた戦乱も、延々と意味も無いのに続いてた闘争も全部止めた。そして──すべての魔王を殺した」

　誰もいなくなった城の中で、勇者は一人独白していく。

　彼を止める者は誰もいない。

　いや、この場にはもう、彼以外の者存在していないのだ。

「アイツらは全員居場所へ返した。宝は全部迷宮に入れた。コイツは……まあ、記念に貰うことにしようか」

　勇者がそう言って撫でるのは、先ほどまで魔王を殺すために使っていた剣だ。

　いちおうは借り物だが、ここまで働いた報酬として貰うのが当然であろう。

「──ッ！　来る、来た、来たんだ！！」

　勇者の足元には、巨大な魔法陣が展開されていた。

　奇天烈で複雑で芸術的に編まれたこの魔法は、対象を異なる世界へと送る術式をこの地に刻んでいく。

　──彼は一度、この魔法を経験している。

　何の予告も無く、突然足元に現れたこの魔法は、彼をこの世界へと呼び出した。

　勇者としての役割を与えられ、自由に召喚できる聖なる剣を振るい、彼は何度も何度も血に塗れた闘争の世界へと身を投じ続けた。

　何事も無く、襲い掛かる事象すべてを乗り越えてきたわけではない。

　それでも彼は体を、心を捨てて先へと進み続けた。

　召喚を行った国が、自分と約束した条件を満たすため──帰還への道を探すためにずっと戦い続けた。

　──だが、その先には何も無かった。

　魔王を倒し国に戻った彼は、突然大罪人として扱われた。

　彼らにとって、勇者とは都合の良い道具でしか無かったのだ。

　自国に害を与える魔王はすでに死んだ。

　ならば、勇者が生きていることもまた、新たに生まれた害でしか無かった。

　今までニコニコ笑みを浮かべてと接してくれた国の者は、みんな彼を見る度に恐怖や絶望、憎悪や嫌悪を帯びた視線を向けてくる。

　耐えられなかった、耐えたくなかった。

　完全に心が凍てついた彼は、国を相手取って戦を行った。

　そして告げた──

『どうせお前たちは、俺がどれだけ手を費やそうとも必ず召喚を行うだろう。だから、それ自体を止めることはしない。……だが、もし召喚者たちに害がある行動をしてみろ。お前たちの王政はここで終わりになる』

　彼の力を知る王家は、すぐにこれを契約として未来の戒めとして刻んだ。

　……もっとも、狡猾な血筋は継がれ続け、今の物語へと繋がるのだが。

　　◆　　　□　　？？？　　□　　　◆

「俺は……俺は……帰ってきたんだ。この場所に──日本に！！」

　あの世界を管理する神に出会い、彼は強引に誓いを行わせた。

　魔王をすべて討伐したら、自身を元の場所へ返すと。

　誓いは果たされ、彼は再び地球へと帰還したのだ。

　時が流れて召喚された時よりも年も取ってしまったが、それでも世界間に時間の差はあまり無かった。

　行方不明にでもなっていただろうが、それでもまた家族に逢える！

　──この時はまだ、そう思っていたのだ。

「あの……家に『アキ』なんて子はいないんですけど」

「………………えっ？」

　彼は知らなかったのだが、世界を渡った者に関する情報は、その世界の神によって消滅させられる。

　あらゆる場所から、彼──アキの存在は消し去られていたのだ。

　それは血を受け継いだ親族も、共に長い時間を過ごした血縁者も同じであった。

　必死に説明をしようと、向けられるのは侮蔑の眼差しだけ。

　異世界で求めた、そしてかつて向けられていた暖かな瞳が……彼に向けられることは決してなかった。

「…………どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして──ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

　彼は壊れた。

　すり減らして来た体も、凍てつかせた心もすべて。

　今までしてきたことは、全部無駄だった。

　恨まれようとも憎まれようとも行ってきた結果が──何も無いなんて。

「…………い」

　これはきっと罰なんだ。

　自分の望む未来だけを選んだ自分への。

　彼はそう思い、ただただ地面に倒れて放心していた。

「…………おーい」

　遠くで誰かが呼ぶような声がするが、今の彼にそれへ応える力はない。

　何もかもすべてに絶望した今、返事を行う必要性を感じられなかったのだ。

　自分知る者などもういない。

　誰でもない自分を、与えられた本当の名を呼んでくれるものは二度と現れ──

「おーい、お前はたしか……『アキ』だったよな？　こんな所で何をしてるんだよ」

「────ッ！？　お前、今なんて言った」

「えっ？　いや、こんな所で何を「もっと前の部分だ！」……お前はたしか『アキ』だったよな？　あっ、もしかして人違いか？」

　首がもげるんじゃないかと訊いた側が驚くぐらいに、彼は首を高速で横に振った。

　自分を知っている者がいた！

　それだけで彼は再び気力を取り戻す。

　求めていた名を呼んだ者を見ると──いかにも平凡そうな容姿を持った男がいた。

　自分もかつては着ていた中学の制服を身に纏い、土がズボンに付くことも厭わずに彼に手を差し伸べてくる。

「こんな所で倒れていても、変な奴にしか見られないだろ？　ほら、どうしてお前がこんな所にいたかは訊かないからさ。とりあえずは……涙を拭こうぜ」

　彼はいつの間にか、目からボロボロと涙を流していた。

　絶望しきった直後に、こうして救済が訪れたのだ。

　彼の中では感情の波が激しく揺れ動き、その衝動は目から流れる熱い物として使われていく。

「お、お前の……お前の名前は？」

「あ、俺が一方的に知ってただけだもんな。俺の名前は────」

　これが、アキと朝政の最初の対話である。