第九話 おれだけに見える車
おれはジョリーンとの対決に備え筋トレをすることにした。するといい場所があるとミニミにつれられて原っぱにきていた。
正確に言うならミニミは『原っぱに連れていく』と言っていた。
しかし、おれの目の前にはたくさんの――。
「なあミニミここはなんだ? 車屋さんか?」
おれの目の前にはズラリと車が並んでいる。軽自動車にコンパクトカーにトラックやドイツ製の高級車。さらには、とても大きなアメ車もある。
テレビでしか見たことのないスポーツカーもある。
おれが知っている車と変わりない。
「くるまや?」
ミニミが首をかしげる。
「ああ、ここに並んでるだろ」
「んー? なんにもないよ」
ミニミは言った。
「え? まさか見えてないのかミニミ? そう言い張るなら、右に十メートルくらい走ってみろ」
「いいよ!」
おれはミニミにからかわれているのだろう。なんだこの世界には機械があったのだ。
今まで街中にいたときは目にしなかった家電や車があるのだろう。
でも、なぜ街で車が一台も走っていなかったのか疑問は残る。
「カズヤー?」
「は!?」
ミニミは車の間をすりぬけて走っている。まるでミニミが幽霊にでもなってしまったかのようだ。
いやこの場合は車の実体がなくておれの見た幻なのかもしれない。
「ちょっとまってくれ、おれもためしていいか?」
おれの目にだけ映っている幻か? おれに前の世界の未練なんてない。なぜ幻が見えるのだ?
おれは目の前の軽自動車へと歩く。
これは幻なのだ。
目を閉じて車の間をすり抜ける自分をイメージする。
ゴンッ!
「いたい!」
おれの膝は車のフロントに激突した。
「やっぱり車だ! 幻じゃない!」
「んー? なんにもないよ?」
ミニミが車のフロント部分に手を回す。その手は車をすり抜ける。
おれがフロントへ手をのばす。その手は車のフロントにふれた。太陽の光で熱くなっている。
「ミニミ? 本当に見えてないんだな?」
「うん。カズヤにはなにか見えてるの? 幽霊?」
「いや、ちがう。これは幽霊じゃない」
おれはニート時代に巡回していた不思議体験のまとめサイトを思い返していた。
そこには『クオリア』という概念があった。
『クオリア』っていうのはリンゴが赤く見える『主観』のことだ。
おれの見ている『赤色』とおれ以外の人が見ている『赤色』がどうなっているのか、究極的には誰もわからない。リンゴは赤いって知識があり、リンゴを見た時の『主観』を『赤色』と言っているだけ。
そんな理論だった。
もしかするとおれの持っている『クオリア』とミニミの持っている『クオリア』はちがうのかもしれない。こと、機械類を認識する『クオリア』が全然違うのではないだろうか?
「イリスさん! おれの考えてることあってますか?」
おれは女神さまに助けを求めた。
「ふふふ~、ひっさしぶり~。だいたいあってるよ~、だって佐藤さんが求めてた世界なんだもの~、だいたいが佐藤さんがわかる範囲で作られた世界なんだから~ふふふ」
「じゃあ、ミニミにはこのたくさんの車が見えないんですか?」
「そうよ~ふふふ~、ミニミちゃんだけじゃなくってこの世界にいる人々全員に認識できないわよ~。し・か・も~! わたしの特別の配慮で車も機械も壊れない世界にしてあるの~ふふふ。だから千年たっても車は動くし燃料だっていらないのよ~。
じゃあ忙しいからまたね~♡」
クオリア――世界中の物質は『認識』されてはじめておれたちの前に現れるのだ。
おれは軽自動車の運転席に乗った。
カギはささったままだ。
エンジンキーを回す。
ブルルルルウン!
勢いよくエンジンが点火した。
「カズヤー!? どうやって浮いてるの?」
「ミニミにはおれがどうしてるのか見えないのか?」
「うん! なんか空中で座ってる! 魔法!?」
ミニミは興奮して飛び跳ねている。
おっぱいがぷるんぷるん揺れて実にいい。
「そう、魔法だ。男は魔法が使えるのさ」
「おおー! カズヤは魔法使いなんだね!」
大丈夫だ、ミニミの魔法使いに他意はない。おれが三十五歳で童貞なのも関係ない。
おれは前の世界でも魔法使い!
この世界でだって――。
「そう、おれは本物の魔法使いなんだ! 男の中の男しかなれないという魔法使いだ!」
おれはこのクオリア――この世界で言うならば『魔法』を使えばすんごいことができるのではないだろうか?
もう、たっくさんのおっぱいとたっくさんの女の子と素晴らしい体験をエンジョイできる。そんな未来がみえる。
おれだけの魔法。世界中でおれしか使えない魔法。
なんてこった。この世界でならおれは世界唯一の男として重宝される。しかもその男にしか使えない魔法が存在するのだ!
歓喜。拍手喝さいが聞こえる。おれはこの能力で楽しませてもらおう。
「ミニミ、どこまでもついてきてくれよ!」
おれはミニミもメルミンさんもどのおっぱいも手放す気はない。素晴らしいものはおれの元にあってほしいのだ。
「うんー! すごいね!」
おれはミニミに前方をどくようにジェスチャーをし、アクセルを踏み込んだ。
「ひゃっほう!」
車は走り出した。
「まってー!」
ミニミが後ろで叫んでいる。
おれは車を止めてバックミラー越しにミニミを確認する。
ミニミは全力で駆けてくる。
そのおっぱいはぷるぷる揺れる。
最高だ。
今日はまず筋トレだったな。
今日はどんなメニューにするか考える。
筋肉対決なら腹筋と背筋だけでは心もとないな。もっと別のトレーニングも必要だ。
車から降りる。やってきて息のあがっているミニミに言った。
「今日はおっぱい腕立てふせだ!」