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気まずい再会

 その日は朝からオフィスの雰囲気がそわそわとしていた。

 世間は明日からゴールデンウィークに突入するが、SCの面々が落ち着かないのは今日入っている大仕事のせいだ。先週通報のあった吸血鬼について、いよいよ捕獲作戦が遂行される。


「第二接触は今夜よ」


 環希たまきさんはそう言い切った。


 現代では過去の統計に基づき、被害者の人数や失血量から、二回目以降の襲撃の有無と時期を予想することが可能だ。しかしそれはあくまで大雑把な推測で、通常二、三日程度の時間的誤差が発生する。台風の進路予想と同じだ。

 なのに――なぜか、SC関東支部の読みは外れないのだという。

 来ると言った日に必ず来る。迅速、正確と称賛され、抜群の捕獲率を誇る秘密は、この予想の精度だった。

 いったいどうしてそんなことが可能なのか?


「それは企業秘密です。悪用されると困りますからね」


 九十九里つくもりさんは澄ましてそう答える。内部の人間とはいえ、事務アルバイトには明かせない機密らしい。

 ちょっと残念だったが、確かにそこまでの守秘義務は負えないし、追及は諦めた。自分の職域は踏み越えない方がよさそうだ。


 日下くさかくんは購入したばかりの改良型UVIの動作確認に余念がなく、地下駐車場で試射を続けている。九十九里さんは朝からいろいろな所へ電話をかけまくっていた。大捕り物の前の根回しをしているのだろう。

 環希さんはというと、まあいつも通り。ただ、露骨にウキウキした表情を隠そうともしない。無理もない、SCにとっては月に一、二度しかない稼ぎ時である。

 この前、伝票の整理中に見てしまったのだが、吸血鬼の生体一体が国産高級車一台分くらいの値段で国の機関に売却されていた。このNPO、実は物凄く儲かっているのではあるまいか……私の雇い入れも税金対策なのでは、などとつい勘ぐってしまう。いつか必ず決算書を見てやろう。


「何かお手伝いすることありますか?」


 担当のルーチンワークは四時までに片づいた。そう声をかけてみると、九十九里さんは首筋の辺りを揉み解しながら微笑んだ。


「今日のところは大丈夫ですよ。上がって頂いて結構です。連休明けに、役所に提出する報告書の作成を手伝って下さい」

「分かりました……あの、危険はないんですか? 捕獲作業中に怪我をしたりしたら……」

「その場合の手続きについてもおいおい説明しますね。労災保険に上乗せして民間の傷害保険にも入ってますから、死亡した場合の補償は最高で……」

「縁起でもないこと言うなよ」


 地下駐車場から戻って来た日下くんが嫌な顔をする。UVIのバッテリーを交換しつつ、


「怪我はしょっちゅうだけど死んだことはない。心配すんな」

「死んだことある人なんていないわよ。気をつけて下さいね」


 最後の一言はもちろん九十九里さんに向けて。彼は補助だと言っていたけれど、現場に行くのは間違いない。危険に変わりはないだろう。


「はい、気をつけますね。お疲れ様でした」


 余裕たっぷりの返事を聞いて、私は安心した。日下くんは不満そうに腕組みをしている。

 役員室に帰りの挨拶をしに行くと、環希さんはパソコンのモニターから顔を上げて、


「今夜はデートなんでしょ? 楽しんでね」


 と、軽くウィンクした。日本人でこういう仕草の似合う人はそうはいない。


「な、何で分かるんですか?」

「お化粧に気合いが入ってるもの。その赤いスカート可愛いわよ。裾があと二センチ短くてもいいけどね」

「ありがとうございます……でもデートじゃありません。友達と会うだけです」

「そ」


 会話は聞こえていただろう。オフィスに戻ると九十九里さんと日下くんの視線が気になった。

 ほんとにデートじゃないと言い訳するのもおかしな話なので、私はさっさと帰り支度を整えてタイムカードを押した。





 実際のところ、デートなどではなかった。大学時代のゼミの同窓生六人で飲むだけだ。


 久々に降りる都心のターミナル駅。約束は七時だったので、私はトイレで化粧直しをした後、駅ビルの中にある書店で立ち読みをして時間を潰した。

 オフィス街近くの繁華街は、連休前の金曜日とあって、スーツ姿のサラリーマンやちょっとおめかししたOLさんの姿で溢れていた。もう少し時間が遅くなればさらに賑わってくるだろう。


 時間ぴったりに予約のスパニッシュバルに行ったが、私が一番乗りだった。

 半個室になったテーブル席でぽつんと待っていると、十分ほど経ってから幹事の美咲みさきがやってきた。


「お待たせ! 久し振りだねーきぬぅ!」


 美咲は満面の笑みで手を振る。学生時代はほとんどすっぴんでジャージばかり着ていた彼女は、パンツスーツ姿のきりっとした社会人になっていた。

 ほどなく残りの四人も次々と現れた。その中には当然、岳大たけひろもいた。


「髪切ったんだな」


 眼鏡をかけた彼は、以前と同じ、眩しい光に目を細めるような表情で笑った。





 桐野岳大きりのたけひろはゼミの同級生で、大学二年の春から付き合っている彼――いや、元彼である。

 就職活動が忙しかった時期に擦れ違いが続いて、何となく距離ができてしまい、そのまま自然消滅状態だった。最後に会ったのは卒業式の日だったが、内定取消を受けて傷心だった私は謝恩会にも参加せずに帰ってしまったので、岳大とはろくに言葉を交わさずじまいだった。


 余計な気を回した周囲の皆に押しやられて、岳大は私の隣に座った。

 覚悟していたとはいえかなり気まずい。サングリアを飲みながら、久し振りだね、と私は小さく呟く。岳大も困惑気味に肯いた。ネクタイを締めた彼は髪型も眼鏡も変わっていて、何だか別人に見えた。


 私以外のメンバーは、みんなこの四月から新社会人になっていた。第一志望とは限らなかったが、それぞれ納得できる企業に入社したようだ。新入社員研修が終わったばかりらしく、お互いの職場の環境や上司への愚痴などを楽しげに話し合っている。

 つい数ヶ月前は卒論の進捗状況だの卒業旅行の計画だの、今考えると他愛のない話題で盛り上がっていたのに、まるで別の人間になってしまったようだった。

 しかし、たぶん私だってそんな会話に交ざれていたはすなのだ――みんなと同じなら。


「絹はさ、もう一年頑張るんだよな?」


 つい口数が少なくなった私に、岳大が話しかけた。彼は中堅どころの商社に入って営業部に配属されたらしい。ビールを何杯かおかわりしているが、顔は赤らんでいなかった。お酒に強いのは相変わらずだ。


「うん、そのつもり」

「そもそも何で内定取消になっちゃったの?」

「就職浪人するくらいなら留年扱いにしてもらえばよかったのに。うちの大学、そういう救済措置あっただろ確か」


 岳大を皮切りに、他の皆も質問を重ねてくる。きっと今まで訊きたくても訊けなかったのだろう。気まずいのは私だけではなかったみだいた。


「ええと……入社すぐに地方支社へ配属になるって言われて、そんなの聞いてなかったから内定を辞退したの。私、奨学金受けてたでしょ。学校に残るのはちょっと問題あって」


 内定がポシャった事情について、真実を答えるのははばかられた。


「ひでえなそれ。完全に後出しジャンケンじゃん。訴えるぞってゴネればいけたんじゃね?」

「そうだよ、私ならそうするよ。せっかく頑張ってきたのに」


 お酒のせいもあるのだろうが本気で怒ってくれて、申し訳ない気分になってしまう。あの銀行の就活サイトに悪い噂が広まっても、知らん顔をするしかない。私はわざと元気よく首を振った。


「いいんだ。そんな入社前にミソのついた企業なんてこっちから願い下げよ。一年遅れたってもっといい会社を見つけてやるわ」


 おおおっ、というどよめきが湧く。みんな酔っ払ってくれていて助かった。

 ひとり素面に近い岳大はテーブルに肘をついて私を見た。


「今は? まだあのコンビニでバイトしてるの?」

「あそこは卒業前に辞めたよ。今は、ちっちゃいNPOで事務のバイトしてる。時給が結構よくてね」

「そっか」


 彼は目を細めた。何だか、強がりを見透かされたような気がした。





 美咲たちは二次会に行こうよと誘ってくれたが、私は遠慮した。

 久々に友達と会えて楽しく、評判のパエリアも美味しかったが、やはり少し気疲れしていた。彼らが私を気遣ってくれるのが分かるから、なおさら居心地が悪い。懐事情が厳しいという理由もあった。


「俺ももう帰るわ。あんまり金ないんだ」


 岳大もそう言って辞退した。

 他の皆は顔を見合わせ、そうかそうかと納得したように肯く。気がつかなくてごめんねごゆっくり、と言って手を振られてしまった。


 四人と別れて駅の方へ歩き出してすぐ、岳大はさりげなく尋ねてきた。


「俺先月引っ越したんだけどさ、ちょっと寄ってく?」

「え、でも……」

「ずっと絹のことが引っ掛かってて……中途半端に終わったじゃん、俺たち。けじめつけるためにも、一回ちゃんと話しないか?」 


 彼の口調に茶化したり照れたりする響きはなかった。少し優柔不断ではあるが、優しくて性根の真っ直ぐな人だということを、私はよく知っている。

 岳大の住所を聞いて、私は驚いた。電車の駅からは遠いが、バス路線があるという。オフィス街から三十分ほどなので、家賃は結構高いのではないかと思う。


「え? そんなに意外な所だった?」

「あ、ううん、そうじゃないけど……知り合いの住んでる所に近かったから」


 私は適当に誤魔化してしまった。さすがに驚いた理由は口に出せなかった。

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