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武器商人

 株式会社ヤマムロ・テクノロジーのもりさんという人は、持って来たスーツケースをよっこらしょとテーブルに置いた。ネクタイを締めて作業着を羽織った姿は、営業マンではなく技術屋さんといった感じ。

 彼は応接に案内した私を見て、


「新人さんですか? どうぞよろしく」


 と、愛想よく名刺をくれた。私も挨拶を返しながら、本当に本当に失礼なんだけど、その頭部から目が離せない。ぺたりとした質感の黒い髪は、たぶん……というか、間違いなくかつらだった。

 前にエリーに鬘を毟られた被害者っていうのは、きっとこの人なんだな――そう気がついて、私は同情を禁じ得なかった。想像するだけで心が痛くなる惨状だ。

 奥から日下くさかくんが出てきて、こんちわーと会釈した。


「試作の段階でご指摘のあった点、さっそく改良して参りましたよ。今度はきっとご納得頂けるはず」

「前のはバッテリーがデカすぎたんですよね……手に馴染まなくて」

「ふふふ、これならいかがですか?」


 守さんは日下くんに自信たっぷりの笑顔を見せて、スーツケースを開けた。お茶を運んで来た私は立ち竦んだ――中に並んでいたのはどう見ても拳銃だったから。

 このおっさん、武器商人だ!


「バッテリーを小型のものに取り換えて、従来のグリップ幅に収めました。容量は同じです。通常出力の場合で約百回発射可能。平面照射の範囲も二割広がりました。あ、こちら仕様書ですね」


 守さんは説明しながら黒い拳銃をテーブルに出した。

 日下くんが手に取って細部を確認する。その手つきはとても慣れていて、私は見てはいけない光景を目撃してしまった気がした。


「確かに握りやすくて軽い」

「でしょう。照準を調整しますから、後ほど試射を。それからこっちが新型のネットランチャー。三連射まで可能になりました。網の銀含有率も上がって……」


 次に取り出されたのはやけに長い金属製の筒。真ん中辺りにグリップがついていて、肩に担いで撃つみたい。映画に出てくるバズーカ砲に似ているけど、もっとシンプルな形をしている。こんなの武器どころではない。兵器である。


 お盆を持ったまま呆然と眺めている私に、日下くんが気づいた。手元の銃と私を二度見比べて、それから慌てたように首を振った。


「あっ、こ、これは違うからな! 銃じゃないからな!」

「やっ……こっち向けないでよ!」

「落ち着けよ。ほら、これ」


 彼は銃口を自分の左掌に当てて、いきなり引き金を引いた。

 私は反射的に耳を塞いだが、カチッと小さな音がしただけで爆発音はしなかった。彼の手も無事である。


「弾……入ってないの?」

「だから銃じゃないって。街中でそんな危ないもん使えるかよ。だいたい、吸血鬼に普通の銃火器は通用しないの、常識だろ? これは単なる紫外線照射器!」

「単なるって酷いなあ……ご注文に応じてゴリゴリにカスタマイズしてますってば」


 顧客のリアクションには慣れているみたいで、守さんは冗談めかして笑った。


「弊社、普段は工業用の紫外線照射装置を製造してるんですよ。こちらは特注品で」


 そんな守さんに、日下くんはA4サイズの紙を押しつけた。さっき銃の仕様書と一緒にスーツケースから出てきたものだ。

 日下くんは席を立つと、玄関ドアの近くまで下がって距離を取り、片手で銃を構えた。その格好は実に様になっているのだが、銃口はぴたりと守さんを捕えているのが怖い。守さんは胸の前で紙を持った。


 引き金が引かれた――が、やはり音はしない。当然紙にも守さんにも穴は開かない。

 連射ができるモデルなのか、続けて二度、三度。玩具の銃で遊んでいるようにしか見えなかった。


「ほら、それ」


 日下くんは銃を降ろして紙を指す。守さんの掲げた紙の真ん中が、五百円玉くらいの大きさで紫色に変色していた。


「紫外線で色の変わる感光紙です」

「はあ……」

「こちらの照射器から照射される紫外線の標準強度は60W/平方メートル、A波とB波の割合は二十対一……ま、太陽光と同程度ですね。C波はいっさい含まれていませんので、人体に影響はありません。もちろん、長時間浴びるとシミソバカスの原因になりますがね」


 守さんはハハハと笑って頭を掻いた。鬘がずれるんじゃないかと、一瞬ヒヤリとする。


「吸血鬼にはそれで十分有効なんだ。あいつらの弱点は、つまるところ紫外線だからな。照射された箇所が燃える――そりゃ見事に」


 日下くんはちょっと楽しそうに言って、拳銃……ではなく紫外線照射器(UVイラディエータ)をテーブルに戻した。その光景を想像すると凄惨極まりないのだけれど、守さんもウキウキとした様子で話に乗っかってくる。


「脚を撃って動きを止めて、その後このネットランチャーから捕獲網を飛ばします。ネットの繊維は強化ポリエステルに銀糸を編み込んでまして……何でも、吸血鬼は銀にも弱いらしいですな。動きを封じる効果があるとか」

「知識としては知ってましたけど、へええ……こんな装備をねえ……」


 私はようやく納得して、緑茶の茶碗を並べた。

 吸血鬼撃退グッズで一般的なのは大蒜にんにくスプレー――つまりアリシン成分入りガスで、これはホームセンターでも販売されている。吸血鬼に対しての効き目は催涙効果どころではなく、一時的に知覚を麻痺させることができるらしい。もっとも、手軽なグッズではあるがさほど売れているわけではない。人間の犯罪者や交通事故に遭遇する確率の方がずっと高いわけで、常に吸血鬼を警戒している現代人は少ないのだ。

 このぶんじゃ、業務用アリシンガス噴霧器なんて代物もありそうだ。ボンベを背負って吸血鬼を追いかける日下くんを想像してしまって、私は笑いを堪えた。


「……何だよ?」

「いいえ……ごゆっくり」


 私はお盆を抱えてオフィスの方へ戻った。仕事用のメモ帳にヤマムロ・テクノロジーと守さんの名前を書き加えておく。電話の取り次ぎも業務の内なので、取引相手の情報はきちんと記憶しておかねば。


 パソコンに向き直ってさっきのリストの修正を始めてすぐに、電話が鳴った。

 警察の担当課から、吸血鬼被害が発生したという連絡だった。





 出先から戻って来た九十九里つくもりさんと、日下くん、それに午後出勤の環希たまきさんも交えて作戦会議となった。

 電話で第一報が入った後、詳細はメールで送られてきた。

 事件があったのは昨夜、被害者は二十代の女性と三歳の娘さん。たまたま出張中だったご主人が今日になって帰宅したところ、妻子がいきなり襲いかかってきて事件が発覚したという。


 三人は環希さんの役員室に集まって、資料を読みつつ意見を交わしている。ドアは開けたままだから、オフィスにいる私にも会話は聞こえてきた。


「今回は、二人とも直接の被害者と考えて間違いなさそうですね」


 九十九里さんの指摘は当然すぎるように思えて、実は重要なこと。最初に襲われた者が錯乱して他の人間を襲うケースも少なくないらしい。その場の負傷者が全員吸血鬼被害者とは限らないのだ。


「被害者の自宅療養は……ご主人から承諾を得ているのね」


 環希さんの問いに対し、九十九里さんが淀みなく答える。


「はい、鎮静剤の投与で初期症状は治まっているようです。報告の通りなら、数日内に第二接触が予想されますね」

「捕獲の準備を整える時間は十分あるわね。九十九里くん、すぐに被害のあったお宅に行って状況を確認して。日下くんも同行して、現場を下見してきなさい。それから捕獲プランを立てましょう」

「了解しました」


 打ち合わせは簡潔に纏まり、みんなが立ち上がる気配がした。つい聞き耳を立てていた私は急いでパソコンに向き直り、まったく進んでいない仕事を再開する。


「僕と日下くんは出かけてきます。蓮村はすむらさんは、通常通り四時になったら上がって下さいね」


 九十九里さんはそう言って、ジャケットと鞄を手にオフィスを出て行った。日下くんも早足に後を追う。手ぶらなところが彼らしい。

 しばらくして、白いミニバンが走り去って行くのが窓から見えた。SCの社用車である。捕獲作業の際は車移動が多いみたいだ。


きぬちゃーん、コーヒー淹れてくれる?」


 役員室から環希さんが顔を覗かせた。


「それと、肉」

「はい、ただ今」


 私はキッチンに立って、電気ケトルのスイッチを入れた。湯が沸くのを待つ間、先に冷蔵庫から小さなタッパーを取り出す。


「ありがと。エリー、ごはんよ」


 環希さんは私からタッパーと割り箸を受け取って、部屋の隅で目を閉じているエリーに近づいた。

 タッパーの中身はラム肉である。週に一度纏めて購入し、小分けにして保存している。環希さんがその一切れを割り箸で摘んで差し出すと、エリーは途端に目を覚まして勢いよくくちばしで引っ張った。ガツガツという擬態語がぴったりの食べっぷりだ。


「ミミズクの餌ってネズミや昆虫だと思ってました」


 フクロウって飼えるのかなと思って調べたことがあるのだが、餌を見て諦めた。冷凍マウスや冷凍コオロギに冷凍庫を占領されるのは、さすがに……。

 環希さんは次々とラム肉を与えながら、


「こいつ羊しか食べないのよ。夜の間に自分で獲物を獲ってるのかもしれないけどね」


 と、グルメなミミズクの羽を撫でる。エレガントなシフォンワンピース姿で、血の滴る生肉をミミズクに与える美女――シュールな光景である。

 彼女は事もなげに給餌しているが、何度かやらせてもらったところ、箸ごと引っ張られたりタッパーの中に頭を突っ込まれたり、なかなかコツが必要な作業だ。

 タッパーはたちまち空になった。


「さ、お腹いっぱいになったらちょっと働いてもらうわよ」


 満足げに毛繕いを始めるエリーに、環希さんはよく分からない言葉をかけた。意味を問おうとして、私はとっくに湯が沸いていることを思い出す。

 ハンドドリップはまだ慣れなかったが、私の出したコーヒーを環希さんは文句を言わずに飲んでくれたので、まあ合格点だったのだろう。事件の資料を読み直しながらカップを傾ける彼女の向こうで、エリーは再びうたた寝を始めていた。





 九十九里さんと日下くんは帰って来ず、定時になったので私は退勤した。

 彼らの本業である吸血鬼の捕り物が近いみたいだけど、私にはあまり関係がない。バイトの分際で軽々に首を突っ込んではいけないと思えた。


 長く伸びた自分の影を見ながら、駅へと急ぐ。

 子供を自転車の荷台に乗せたお母さんたちが私を追い越していった。これから夕食の買い物をして帰るのだろう。遠くで小学校のチャイムも聞こえる。ごくごく穏やかな日常風景なのに、新参者の私は別の世界に迷い込んでしまったような疎外感を覚えた。


 電車を待つ間スマホをチェックすると、登録している求人サイトから新着情報が数件届いていた。

 それから――メッセージの通知欄に意外な人の名前を見つけて、私は軽く瞬きをした。


「連絡ないけど元気にしてる? 今度ゼミのみんなで集まるの。久々に飲もうぜえ」


 楽しげなキャラクターの画像とともに送られてきていたのは、気軽な挨拶と飲み会へのお誘いだった。送り主は美咲みさき――大学時代の同級生だ。

 私は既読ボタンをタップしてから、返事に迷った。

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