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Welcome to wonder land

 心地の良い風が頬を撫で、小鳥のさえずりが耳な届く。

  暖かな陽射しが顔に当たり、かすかな草の香りが鼻をくすぐる。


「...ン...あぁ...」


  そこで俺は目を覚ました。

  何がどうなったのか良くわかない。確か俺は、さっきまで教室にいたはずなのに...

  色んな思いが頭の中でぐるぐると回っているが、とりあえずそれら全てを棚に上げ、ぼうっとした頭であたりを見回す。

  自分たちを囲むように生い茂る見たこともない種類の草木...頭の上から射し込む木漏れ日...何処からか聞こえる何かの鳴き声...そして樹々(きぎ)の間から僅かに見える空は、深い深い青に染まっていた。


「.....??..」


  もう訳が分からない。鈍い思考力の中で何か手がかりがないかと思い、とりあえず周りを探る。

  むにゅ...


「...ん?...」


  右手に柔らかく、なんとも好ましい感触が広がった。


「ひゃぁあっ...」

「??!?...」


  その感触と共に届いた声には大いに心当たりがあり、俺の意識は瞬時に覚醒した。


「っグホッ...!!」


  恐る恐る右を向き、目の前の光景に俺の心臓は一瞬停止し咳き込みながら再起動した。

  自分と同じく地面に横たわる薫、僅かに頬を上気させ、(あえ)ぎ声をあげている。

  その状況に、俺の思考は再び停止する。

  何とか思考を回復させ、油の切れたロボットのようなぎこちない動きで視線を動かし、自分の手を見る。

  俺の右手は、薫のふくよかな胸を鷲掴みにしていた。

  身体中から冷や汗が湧き出る。まずい、物凄くまずい。


「.........」

「...いつまで触ってるのよ...離せ!」

「ぐはぁっ!!...」


  案の定、正気にもどった薫が俺に威力・スピード共に素晴らしいストレートパンチを見舞い、俺の顔面に思いっ切りめり込んだ。


「..バカ...」

「..わ...悪ぃ...」


  薫が胸の前で腕を組み、俺を睨む。

  殴る間際、澪の顔が真っ赤だったのは仕方がないことだろう。


 



「......」

「.....」


  先ほどのちょっとしたアクシデントから数分後。

  俺たち2人は近くの大樹(たいじゅ)に背中を預け、並んで座っていた。

  普段ならばあり得ない至近距離で座っているのだが、気がついたら見知らぬ土地にいたのだ。それ位は大目に見て欲しい。

  何か情報はないか?...何か...

  何気なく近くの植物の葉をハンカチで包んで千切ってみた。

  その葉の色は、鮮やかを通り越して毒々しくすら見える赤。表面は滑らかで葉脈が見当たらない。

  光合成をして育つはずの植物としては、あり得ない葉の造りをしていた。


「......」


  その葉を黙って見つめながら、少しはマシになった思考回路をフル回転させ、この状況についていくつかの仮説を立てる。

  1つ、これは何かのドッキリで、あと少ししたらテレビスタッフが現れる...こんな事をしたら間違いなく警察沙汰なのでアウト。

  2つ、ここは外国。俺たちはかなり長い間眠らされてて、ここに放り出された...俺たちはそんな事をされるほどの価値も意味もないし、第一地球にあんな植物は存在するはずないから却下。

  地球には存在しない...地球には?


「ねぇ、樹...」

「ん?」

「ここ、何処だと思う?」


  少しは怒りが収まったのだろう。体育座りした薫が声をかけてきた。

  取り敢えず、何でもいいから情報を整理したいのだろう。


「......」

「...ねぇ」

「......」

「答えてよ...」


  不安で仕方がないのか、薫の声が少し上ずっている。

  俺はその声に答えない。いや、答えられない。

  さっき立てた仮説は、どれもあり得ないものばかりだった。

  3つ目に頭に浮かんだものは、もうすでに仮説とすら言えないものだ。

  だが、さっきの植物を見た時にふと思ってしまった。

  確かに、あの植物は葉脈も無いし葉の色は赤色だ。植物は赤い光を吸収できないから、あのままでは光合成も出来ない。

  だけどもし、もしもあの植物が取り入れているのが二酸化炭素と酸素、そして太陽光じゃなかったとしたら...

  何か大気中に存在する、地球にはない別の物質を取り込んでいるとしたら...

  そう考えると、3つ目の仮説が一気に信ぴょう性を帯びた。

  その瞬間、全身に悪寒が疾り、口から出ようとする声が喉の奥へと戻って行く。

  もしこれを言ってしまったら、もう取り返しのつかないことになりそうで、自分の心が壊れてしまいそうで、男のくせにみっともなく泣いてしまいそうで。

  それでも、この状況を見ぬふりをしていられるほど俺は子供ではなかった。


「多分ここは...少なくとも地球じゃない、と思う」

「......」


  俺は意を決し、はっきりと俺たち二人が思っているであろうことを口にした。その言葉に薫が絶句し、凍りつく。いや、思っていたとはいえその言葉の意味に耐えられなかったと言うべきか。


「私たち...どうなっちゃったの?」

「分からない...」

「今まで普通に街歩いてたのに...」

「うん...」

「そしたらなんか突然足元が光って...」

「魔法陣みたいだったな...」

「目が覚めたらなんか知らない所にいるし...」

「そうだな...」


  薫の言葉に、俺は単調な返事しか返せない。

  俺は自分の語彙(ごい)のなさを改めて恨んだ。

  もっとマシな返事が出来れば。少なくとも、薫が落ち着ける位の言葉を、と。


「明日の授業は?」


  行けるわけがない。


拓也(たくや)たちにご飯作ってあげなきゃいけないんだけど...」


  作れるわけがない。


「明日久しぶりにお父さんとお母さんが帰って来るんだよ?」


  会えるはずがない。帰れないのだから。


「なんで...なんでこんな事になっちゃったの?」


  突然訳のわからない場所に飛ばされて、不安に耐えられなくなったのだろう。

  薫の頬を一筋の涙が伝い、透明な(しずく)が地面へと落ちていく。

  滅多に泣かない薫が涙を流す。その姿は、俺の心を強烈に締め上げた。


「!!?...」


  気がついたら俺は、薫を抱きしめていた。


「ちょ...樹..何を...」

「嫌だったらゴメン...でも...ここまで来て強がるなよ。泣きたきゃ泣けばいいじゃん...」


  そう言って、俺は薫の頭をぽんぽんと優しくたたく。

  そうは言っているが、それは建前にすぎない。

  俺だって本当は怖いのだ。もしここに薫がいなかったら、泣きだしていたのは間違いなく俺だ。

  だから、だからこそ、今の薫の気持ちが俺には痛いほど解る。

  どうすれば一番楽になるのかも。

  薫の涙腺が決壊し、大粒の涙が(せき)を切ったように溢れ出した。


「ぅぅぅうっ...うっっ......」


  静かに、堪え切れない涙を少しずつ流すように泣く。

  俺はその頭を、いつまでも優しく撫で続けた。

  少し顔を上げれば、薫も気がついていただろう。俺の目にも大粒の涙が浮かんでおり、それを流すまい、と必死に堪える表情が浮かんでいたのを...


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ゴメンね...なんか...みっともなく泣いちゃって...」

「いいって、気にすんなよ」


  気がすむまで泣いて落ち着いた薫と、こちらも少し涙を流して感情の整理をつけた俺は、さっきと同じように、並んで大樹(たいじゅ)の幹に背中を預けて座っていた。

  不安なのは相変わらず変わってはいない。

  だが、こんな状況になっても昔からの心を許した友達が側にいる事が、俺の心を軽くしていた。


「これから、どうしよっか?」


  薫が俺に尋ねる。


「そうだな..まずは...ってここケータイ使えんのかな...」


  多分繋がらないだろうが、お約束の展開を言ってみる。

  その声とともに、同時に俺たちは携帯電話を取り出し、起動させる。

  ディスプレイに表示されたのは、


「....圏外..」

「...圏外....だね..」


  圏外も圏外、清々しいほどの圏外だった。それが何とも腹が立つ。この表示をデザインした奴を今すぐ殴りたい。


「...で、次は?」


  再び薫が話しかけてくる。声に若干の苛立ちが込められているのが感じられた。

  これ以上の株価暴落を防ぐため、俺は真面目に答えることにする。


「当たり前だけど寝られる所を探そう。後は...水と食料の確保だな」

「ここを動いて大丈夫なの?」

「逆に、動かなかったら確実に死ぬぞ。ここ何も無いんだから」

「あ~...確かに...」


  薫は辺りを見回すが、周りは木と生い茂る雑草...?だらけであり、食べられそうなもの、飲めそうな水のある水源、寝られそうな平らな場所も何一つ無い。

  近くにカエル?...のようなものもいたが、あれが果たして安全なのか甚だ疑問である。

 ...と言うか、たとえ食べられたとしても、全力で御免被(ごめんこうむ)る...


「どうせどっか飛ばされるんなら、もっとマシな所が良かったなぁ...」

「言うな...俺もだ。まっ、いっか。暗くなる前に最低周りの地形だけでも見に行こうぜ?」

「...それもそうね」


  どうせ飛ばされるならハワイがよかった。しみじみと思う俺であったが、今はそんなことを言っていても仕方ない。そう思い、俺たちは森の中を歩き出した。



【森は生命の宝箱である】

  かつて、どこぞの偉い生物学者が言った言葉だ。

  そんな天才どもとは一生分かり合える事はない。そう思っていた俺だが、この瞬間だけは、お偉い学者さんたちの気持ちが分かったような気がした。


「森...」


  歩き始めて、はや一時間。どこを見ても、森、森、森、そして目に入るのは見た事もない植物、動物のオンパレードだった。


「見たこと無いモノばっかり...」

「ここまで来ると流石に慣れちゃったよ...」


  もううんざりという表情で、薫がため息をつく。

  さっきから目に入るのはレインボーな色をなさったカエル、なぜかふわふわと大気中を舞うおたまじゃくし、変な生き物のオンパレードで、それらが、俺たちにここは異世界だと改めて思い知らせた。

  そしてピンクにハート柄、お前のセンスは大丈夫か?と疑いたくなる様な模様をしたトカゲまでいた。


「あ...樹あれ」


  すると突然薫は立ち止まり、右側に生えている木の辺りを指差した。


「何だあれ...?」


  その先には、奇妙な生き物が動いていた。

  青色の身体でどこが腕でどこが足だか解らない形をしており、正直生き物かどうかも疑わしいい。

  だが、身体がジェル状のそいつは動いてはいるので、一応は生きているようだ。


「スライム...?」


  俺たちのよく知っている生物。RPGではお約束となっているスライムが、こちらに向かって進んで来ていた。

  だが慣れとは怖いものだ。明らかに存在するはずのない生き物を見ても、俺はちっとも驚かなかった。

  薫もいいかげん慣れてしまったのだろう。口をポカンと開けただけで、特別驚いている様子はない。


「足遅...」


  それよりも、そいつの足が絶望的に遅いことに驚いている始末だ。これは重症だな。

  しかしあえて言わせてもらえば、スライムはレベル1の駆け出し冒険者でも倒せる最弱生物。この世界でもそうかは解らない。だが少なくとも俺の常識ではそうなっているので、驚けと言う方が無理なのだ。

  もうほっといて先に進もうと思い背を向けたところで、何だかとてつもなく嫌な予感がした。


「......っ!?」


  俺が後ろを向いたのと、スライムが何かをこっちに向かって何かを吐き出したのはほぼ同時だった。

  だが、かなり距離があるのに加え俺たちは決して反射神経が鈍いわけではない。なので、俺たちは危なげなくそれを避ける。


「...あっぶねーな...」


  しかし、そんな軽口を叩いていられるのはわずか数秒だけだった。

  吐き出した液体が当たった木が、まるで酸でも掛けたかのように白煙を上げながら溶け出し、音を立てて倒れたのだ。


「「......」」


  俺たちはその光景を呆然と見つめる。スライムってこんなに強かったっけ...?


「ハ..ハハハハ...」


  無理だ、こんなの倒せない。俺は乾いた笑い声を上げた。


「逃げろー!!」

「ふぇっ?ちょっと!?」


  俺は薫の手をつかみ、全速力でスライムから逃げ出した。俺たちが逃げ出したのがわかったのだろうか、スライムはさっきの液体を連続で発射してきた。当たれば無事じゃ済まない攻撃。それが俺たちの周りに次々と着弾する。


「いやぁぁぁぁぁ!」

「スライムめちゃくちゃ強いじゃねーかよ!」


  スライムが弱いっていう常識を広げたやつにあった時は、そいつを絶対に絞めるてやる。俺は逃げながら心からそう決意した。

 



「......」

「........」


  スライムからのみっともない逃亡からさらに数時間。俺たちは相変わらず森の中をさまよっていた。

  疲れと現実逃避で、二人の会話はだんだんと少なくなっていく。ネタは山ほどあるはずなのだが...


「これが、何も言えねぇ...ってやつか?...」

「それ多分違う...」


  薫が律儀(りちぎ)にツッコミを入れるが、その言葉にも疲れが見て取れた。

  スライムからの全力逃亡からの山歩き。俺たちの体力は限界に近づいていた。


「お...?」

「あ...」


  今までの日頃の行いの良さだろうか?俺たちの目の前に、そこそこ大きな洞窟が顔を出した。

  中はどうなっているか分からないが、とりあえず雨風はしのげそうだ。


「行くか...」

「それしかないわね」


  俺たちは頷き、洞窟の中に入っていった。


「うわぁ~」

「意外と広いな...」


  薫は驚きの声と共に天井を見上げた。

  中は外から見たよりも遥かに広く、高さは5.6mはあるだろうか。風も入って来ないし、適度に暖かかった。

  ふと、視界の片隅に何かが映る。

  それは、はっきりと残る焚き火の跡だった。どうやら誰かがいたらしい。


「樹、あれ...」

「ん?」

 

  樹のシャツを引っ張り、焚き火を指差す。


「...大丈夫だったのかな...勝手に入って...」


  急にそのことが頭をよぎる。

「不法進入」...こんな状況でもこんな言葉が出てくるのは、平和ボケした日本人の悲しい(さが)だろうか。と薫は真面目に思っていた。


「まぁ...こんな状況だったんだし、理由(わけ)話せば許してもらえんじゃないのか?」


  樹はそう判断したらしく、澪を焚き火の跡のある所に誘う。そして二人並んで腰を下ろした。


「とりあえず、持ってるもの全部出してみるか...」

「分かった」


  そう言って樹たちはカバンの中の物を、地面に並べた。

 ・教科書

 ・ノート×8

 ・シャープペンシル×3

 ・消しゴム×4

 ・シャープペンの芯×2パック

 ・電子辞書×2

 ・チューインガム一袋

 ・マーカーペン×8

 ・弁当の残り

 ・ハサミ×2

 ・(のり)×2

 ・付箋のセット


「...こんなので何かできるの?」

「まぁ見とけって..まずは、火起こしだな...」


  心配になり樹を見ると、樹は早速火起こしに取り掛かっていた。

  まず、チューインガムの中身を取り、銀紙の部分を細く裂き、2つに折る。

  電子辞書から単三電池を抜き取り、裂いた銀紙を両極にくっつける。

  すると、暫くして折り曲げた部分が焦げ始めた。ふぅ...ふぅ...と息を吹きかけながら藁をそこに当てると、そこに小さな火が灯る。それを焚き火の跡らしき場所に入れ、近くにあった薪を()べる。

  すると、火が暖かな光を放ちながら燃え始めた。


「すごい...なんでこんなこと知ってるの?」

「ただ電気回路のショートを利用しただけ」


  ただただ驚きだが、樹はさも当たり前と言うように答える。

  全くの余談だが、樹の成績は中の下。

  お世辞にもいいとは言い難い成績だが、それにはちゃんとした理由がある。

  こんな性格だが、樹は理系科目では学年トップクラスを維持しているのだ。

  特に理科。樹がたまに披露する豆知識も入れると、もはや高校2年生に成りたての男子が持つ知識量じゃない。

  その代わり、国語、社会は壊滅的。

  成績があまり芳しくなく、毎回のように赤点回避課題をもらっているのはこのせいである。

  今言うべきかどうかは解らないが、自分もかなり頭はいい方だとは思う。だが、理系科目では樹に勝ったことは一度もない。

  何だか、樹がいつにも増して頼もしく見えた瞬間だった。




「よし。これくらいか...」


  俺は、火起こしに使った道具を片付けて行く。

  焚き火には、炎が揺らぎながらも赤々と力強く燃えている。水でもかけない限り、消えはしないだろう。

  俺はそう判断し、焚き火の前に腰を落ち着けた。

  この方法は、父さんから教わったものだ。

  俺の父さんは自衛官で、よく俺はキャンプという名の訓練に連れて行かれた。

  これはその時に教わった方法なのだ。

  訓練に連れて行かれる度に、絶対に使う事がないはずの知識や覚えたくもない知識を大量に叩き込まれた。

  あの時は大変な思いをしたが、今回ばかりはその知識に感謝だ。帰ったら父さんには頭が上がりそうもない。

  寝床は確保した、火おこしも成功した、だとしたら次にやる事は...


「状況整理するか」

「そうね」


  俺の提案を薫が受け入れ、暫くして澪が口を開く。


「ねぇ、ここどこだと思う?」


  薫の率直な疑問。俺は頭の中から、さっきも言った一番有力な仮説を引っ張り出す。


「...ここは...確実に日本じゃないし、多分...地球じゃない」

「...」


  感情を爆発させたのが原因だろう。薫は落ち着いた様子で黙って頷き、俺に続きを促す。


「信じられないけど、ここは、俺たちのいた世界とは別の、一種のパラレルワールドみたいなところじゃないかと思う」

「うん...」

「そこから、飛ばされる直前に見た魔法陣みたいなあれで、俺たちはこの世界に飛ばされた...」

「そう考えるしかないよね...」

「それから...」

「「帰る方法が分からない」」


  俺たちはは息ぴったりのタイミングで口にし、ため息をつく。

  実際、異世界に飛ばされたことより、森の中で迷子になったことより、そっちの方が俺には何倍もこたえた。

  人は、目標がないと生きていけない生き物だ。取り敢えず当面の目標は元の世界に帰ることだが、帰り方が解らないのでは目標もへったくれもない。


「「...はぁ......」」


  森の中を歩き回ったことからの肉体的疲労と、突然訳のわからない状況に放り込まれたことからの精神的疲労で、俺たちはもう1度深いため息をついた。


「...ん?」

「どうしたの?」


  ため息をついた時、俺の耳が何かの音を捕らえたような気がした。


「いや、今なんか聞こえたような気が...」

「うそ...」


  薫も目を閉じ、耳を澄ませる。

  だが、わずかに吹き込む風の音、目の前で爆ぜる火、少し直ぐそばの草むらから聞こえる虫の声。再び耳を澄ましてみてもそれしか聞こえるものはなかった。


「...別に何も聞こえないけど...」

「気のせいかな...?」


  緊張と疲れという極限状態から来る幻聴だろうか。


「...ォォォ...」

「!!!?」


  いや、幻聴なんかではなかった。

  確かに、聞こえるのは洞窟に入り込むかすかな風の音がほとんどだ。

  だが、その音に混じって、かすかに、かすかにだが無視することの出来ない何かの雄叫びが聞こえた。


「......」


  今度は薫にも聞こえたのだろう。薫の顔が、彼女を全く知らない人が見てもわかるくらい青ざめている。

  音は、時間が過ぎるたびに少しずつ音量を上げていく。

  だんだんこっちに近づいて来る。

  俺たちは瞬時にそう悟った。

  だが、俺は冷静でいたようで本当は冷静じゃなかったらしい。

  こんな状況でなければ、俺は自分たちのいる洞窟の中の様子を見て、何かがここに向かって進んでいるかもしれないという事を容易に予想できたはずだからだ。

  洞窟内に散乱する何かの骨、直ぐそばにある干からびた排泄物、人が寝るには大きすぎる寝床。


「お..お化け?」


  大のお化け嫌いな薫は、俺のシャツをつかみ小刻みに震えていた。


  もしかしたら、お化けの方がよかったんじゃないか。


  俺はその時確かにそう思った。

  なぜなら、現れたのはそんな生易しい奴ではなかったからだ。


「「!!??」」


  明らかに人間でない大きさと色の手が、洞窟の入り口を掴む。

  そいつの握力で、洞窟の入り口の一部が砕かれた。


「「ッッッッッッ!!」」


  そして姿を現したそいつを見て、俺たちの時間が一瞬ではあるものの凍りついた。

  これは、現実なんだろうか。

  その瞬間、俺だけでなく薫もそう思っただろう。


「ニンゲン...ミーツケタ...」


  姿を現したのは、俺たちを見つめてニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべる、全長3mはあろうかという緑色の肌の巨大なゴブリンだった...

~次回予告~

偵察の途中、突如姿を現したゴブリン。そのあまりの非現実さに唖然とする樹と薫。逃げることは不可能。生と死の瀬戸際という緊迫した状況下で、樹は大きな決断をするのであった。


次回、異世界幻想曲、召喚編、「起」

「VS.バーサス」

闘え!大切な友の為に。


お読みくださりありがとうございます。

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